&78.温度差すごい
「あれぇ?」
「あれあれー?」
「あれれぇ〜?」
もうすぐでエストファに着くというところでファータに出会った。ファータの名前は喉に書いてあるカタカナ一文字に「ン」を足す。簡単に思えてこれがすっごく難しい。だって、文字が記号みたいで読めないんだ。
「オーク種がなんの用?」
「ノロイスト種も居るよ?」
「変なのー」
キャッキャと笑い合いながら私たちの周りをぐるぐると旋回する。今はフシギに思って様子見をしているだろうけど、いつ歌い始めるか分かったもんじゃない。そうなったら面倒だ。
「レズレズに用があるんだけど、どこにいるか分かるか?」
「わかるよー」
「こっちこっちー」
「着いてきてー」
三人は顔を見合わせて、それから手招きして先導する。小鬼族は扱い方が分かればとても頼りになる。
ファータの後をついていくとヨイチが近寄って小声で耳打ちする。
「ナギサ、コベルが見当たらない。どこかではぐれて迷子になったかも」
ヨイチが言う通り、同行していたはずのコベルの姿がない。でも、迷子ではない。
「コベルならファータが現れる少し前に離れてったぞ」
「えっ、気付いてたん!? てか離れるなら一言ぐらい言ってけよ。別れの挨拶ぐらい言わせろー」
この自由さが小鬼族らしいと言えばらしいから、ヨイチは不満をぼやくだけで受け入れる。
「とうちゃーく!」
「レズレズー!」
「出ーておーいでー!」
穴ぐらに向かってキャーと甲高い悲鳴を発する。普通に呼ぶだけじゃ物足りなかったらしい。私とヨイチは耳を塞いだまま顔を合わして肩を落とす。
「ちょっとぉワンちゃん、テンちゃん、バンちゃん。そんな風に叫ばなくても聞こえるからもっと静かに……」
顔を出したレズレズと目が合う。レズレズの目が見開かれていく。
「きゃああああああ!?!?」
三人分のファータよりも高く大きな悲鳴を上げた。耳を塞いでいるのに手を貫通したように頭に響く。
レズレズは中に引っ込んで、ドタバタと慌ただしい音を響かせ、少しすると飛び出してきた。息を切らして、でも視線は私に……シズクちゃんに向いている。大きく開いた瞳の前にはさっきはついてなかった眼鏡がかけられていた。
「し、しし、シズクちゃあああんっ!! きゃー、どうしよう。可愛すぎて目を合わせられないわ。嬉しい〜。会いたかったわシズクちゃん! 会いに来てくれてありがとう! 元気だった? アタシよ、レズレズよ。覚えてる? やーん、可愛い〜」
うん、予想通りの反応だ。声がデカい。
「ワン、テン、バン。案内ありがとう。助かったよ」
「どういたしましてー」
「お安い御用だー」
「良きにはからえー」
手を振って三人と別れる。その後ろではレズレズの止まらないマシンガントークがBGMのように流れている。いつ息継ぎしてるんだろうかと頭の片隅で疑問に思った。
「ねーねーナギサ。レズレズって何してんの?」
あっ、そうか。ヨイチはシズクちゃんが見えないんだったな。ノロイスト種でもシズクちゃんが見えてるのはノーフォだけだった。シシーも、同じロイヤルノロイストであるノーワンですら見えていなかった。
コナキはまあいいとして、なんでファータは見えてるのかが本当にナゾだ。
「レズレズは……恋に盲目になってんだよ」
「ふーん?」
よく分からんと首を傾げて、でもそれ以上は聞いてこなかった。程よく適当、やっぱりギャルだな。
「――……ねー、ここまで来ると怖いんだけど」
「分かる。なっがいよなー」
げっそりした顔でヨイチがぼやく。きっと私も同じような顔をしていると思う。
レズレズの語りが始まってもう十分は経ったと思う。それくらい長い。その間ずっと喋ってる。早口で途切れなくて感心すら覚えるほどだ。
シズクちゃんの姿が見えてないヨイチからしたら恐怖でしかないだろう。何もない場所に向かってずっと喋り続けてるんだ。何それホラーじゃん。
見えてる私ですら引いてる。だってシズクちゃんは一言も発してない。なんならレズレズじゃなくて周りの景色に興味を向けている。
多分、このまま放っておいたらいつまで経ってもこの状況から変わらないだろう。そんな気がヒシヒシと感じる。
人を黙らせるにはどうすればいいか。
一つ、強制的に口を塞ぐ。それでも止まらなさそうだ。イラついて呼吸を止める気がするから止めておこう。
一つ、気絶させる。レズレズは仮にも恩人だ。穏便に済ませたいからこれもパス。
一つ、声を出せない状況を作る。うん、これが一番だな。
シズクちゃんを見上げるとタイミング良く私の方を向いてくれた。なんてベストタイミングなんだ。心が通じ合ってるな。視線が合わさると笑みが浮かぶ。人差し指を立てて口の前に持っていく。
静かにというポーズの意味が分からないシズクちゃんはとりあえず真似をする。レズレズを指差せば誘導されたように振り向く。それから勝手にコテンと首を傾げた。
「ングッ!?」
レズレズは声にならない声を漏らして心臓を打たれたように胸を抑える。作戦成功! レズレズは静かになった。オーバーキルのような気がしたけど気のせいか。
「落ち着いたか? レズレズ」
視線を遮るようにシズクちゃんの前に出て顔を覗き込む。瞬きを数回繰り返すとようやく視線が合うようになった。
「誰……ってあら? そのお面、もしかしてさめじぃ?」
最初の誰の声がすっごく低かったな。そんなドスの効いた声も出せるんだね。
「この前はどうもありがとう。助かった」
ドクロをズラして頭を下げる。するとレズレズが間抜け面を晒して固まっている。どうした?
「さめじぃ……?」
プルプルと震えた手で指を差す。うん、と頷くとガシッと顔を掴まれて引き寄せられる。
「さめっ、さめじぃ!? ウソでしょ!?!?」
近い近い。顔が近い。圧が強い。唾が飛んできそう。
顔を掴む手を引き剥がそうとしたけど腕の数が足りない。ノームの四本腕、厄介だな。
「なんでウソつかなきゃいけないんだ?」
「だって……だってっ! あんなおっさんがこんな可愛い子になるなんて思わないじゃない!」
「お、おぅ……?」
なんかキレられてる。なんで?
「なんで教えてくれなかったの!? なんで隠してたのよ! こんなっ、こんな可愛い素顔を……なんて罪深い。なんであんなおっさんだったのよ〜」
今度は泣き出した。どうした、情緒不安定か?
というかいい加減、顔を離せ。泣き顔を間近で見る趣味はないんだ。おい涙を飛ばすなよ、ばっちぃから。
「い、色々あって……?」
「言い訳しないで一から教えなさいよ! シズクちゃんの事も、さめじぃちゃんの事も!」
地味にシズクちゃんを付け加えるとか、欲深いというかちゃっかりしているというか。執念か?
それにしても、面倒くさいな。そんな気軽に話せるような内容じゃないし、第一説明すると超長い。
「ムリ」
「は…………はぁぁあああああ!?!?」
地を這うような低い声が腹に響く。レズレズの化けの皮が剥がれた。変貌っぷりに感心していると下から睨めつけられる。
「何言ってんの? なんなの? アタシだけ仲間ハズレ? は? 嫌だけど? 言いなさいよ。ほら、早く、教えて!」
「逆ギレしてんだけどー」
レズレズが無表情で詰め寄ってくる。その後ろではヨイチがケラケラと笑っている。温度差すごいな。挟まれてるのヤダ。
しかし、これでキレられても困る。ムリなものはムリだし、諦めて欲しい。
「女はヒミツが多いほど魅力的、だろ?」
殊勝に笑って言う。お父さんが教えてくれた女のイロハ。口を噤んだレズレズを見るに正解だったみたいだ。ありがとうお父さん。教えてくれたのが役に立ったよ。
「〜〜っ、分かったわよ。もう聞かないわ。それじゃあ別のお話しましょ。それなら良いでしょ」
顔を赤らめて誤魔化すように声を荒らげる。やっと顔を離してくれた。中腰の体勢から解放されて、とりあえず伸びをする。痛くないけど色々キツかったー。
レズレズは拗ねたように口を尖らせて、でもすぐに元の調子に戻った。切り替え早。
「いいけど、なんの話?」
「そこの可愛い子ちゃん、名前は?」
聞いちゃいねぇ。レズレズのターゲットはヨイチに移った。
「ワタシ? ワタシはヨイチ。よろしく〜レズレズ」
「ヨイチちゃんね。アタシの名前を知ってくれてるだなんて光栄だわ」
「ノーフォ様が感謝してました」
「まあノーフォちゃんが!? あら、しまったわ。立ち話でごめんなさい。さっ、入って入って! すぐにお茶とお菓子を用意するわ! 女子会よ、楽しくなるわ〜」
レズレズが意気揚々と穴の中に入っていく。
女子会……か。やったことないな。女が少ないってのもあったし、女子って年齢でもなかった。おばあちゃんとウサちゃんと三人でいた頃は私の状態が不安定で楽しむ以前の問題だったし。
「レズレズチョーおもしれ〜。ノーフォ様も気を許してたし、ノームだけど良いヤツだな!」
「……そうだな」
ヨイチもレズレズが気に入ったようだ。まあ、悪いヤツではないな。耳が痛くなるだけで。
「何してるのー? 早く入ってきなさいよ」
「はいはーい。おっじゃま〜」
レズレズにせっつかれてヨイチが穴ぐらに入る。その後に続こうとした時、横から声がかかった。
「オーク種がいるって言われてきてみれば、やっぱりアンタだったのね。まったく、懲りないのね。なんの用で来たのよ」
騒がしいのがまたやってきた。こちらに向かってくるファータの気配。さっきとは違う面子だな……て、この声――
「やっほーさめじぃ。元気ー……い?」
「わーいさめじぃだ。生きてたー……あれ?」
振り返るとすぐ傍まで寄ってきていたポンとタンがフシギそうに顔を傾げる。そのすぐ後に瞳をキラキラと輝かせる。
「わー、わぁー……! さめじぃが変わった!」
「さめじぃが別人だ!」
興奮したように顔を近づける。ポンとタンが代わる代わるに口を開く。質問してくるのに、口を挟むヒマがない。苦笑を零すとヒートアップした。
「ポン! タン! 離れなさい! 何オーク種に構っているの? オークなのよ!? おっさんよ!? 近づいたらナニされるか分かったもんじゃ……」
ポンとタンが振り返る。前が開けてアンの顔が目に入る。それは向こうも同じで、目を大きく見開いて固まる。おいおい、なに人の顔をバケモノみたいに見やがるんだ。
「アン〜、怒らないでー。ドードー」
「仲間ハズレが寂しいならこっちおいでー。あんよ、あんよ」
煽らないと生きていけないのかこの二人は。しかもアンって妖鬼王だろ? 同じメンツといえど随分気安い、というか容赦ないな。
「な、ななな、なな、なあっ」
アンの顔がどんどん赤くなっていく。え、なに、怒るの? そんなに許せない?
「ちょっとぉ、さめじぃちゃんまだぁ? ……あら? ポンちゃん、タンちゃん、それにアンちゃんも来てたのね。ちょうどいいわ。今から女子会やるけど参加しない?」
「「するー!」」
様子を見に来たレズレズが新しい客を見て誘う。ポンとタンは元気よく手を上げて誘いに乗った。即答である。
「でもこれじゃあ窮屈になるわね。……そうだ。ピクニックにしましょう! ヨイチちゃん場所を変更するわ。――レフレフ! 寝てないで手伝いなさい!」
レズレズの態度の差がすごい。バタバタと慌ただしい音が聞こえる中、シズクちゃんが土の中からすり抜けて出てきた。
「シズクちゃん、楽しい?」
レズレズの家を見学してきたシズクちゃんが興奮したように首を縦に振る。可愛いー。そっかー、楽しかったんだね。良かった良かった。
ちなみにこの穴ぐらはノーム種の家だ。土を掘って中に空間を作っている。外観が自然に馴染んでるから見つけづらいんだ。そのため案内が必要だった。
「アン、どうしたの?」
「謝るんじゃないの?」
ポンとタンは固まって動かないアンに近寄って心配する。
ワン、テン、バンからオーク種の話を聞いた時、すぐにさめじぃだって分かった。だから駆けつけて来た。
アンは謝りたかった。『通りゃんせ』で飛ばしてしまった事、怒りに任せて八つ当たりしてしまった事を謝りたかった。でも素直に謝罪の言葉が出なくて、言いたくない言葉だけが口から漏れ出る。焦って頭がいっぱいになった。それに――
「アン?」
「……あーっ! へー、そっかー。ふーん」
「ポン、何か分かったの?」
ニヤニヤと楽しそうに笑うポンに未だに分からないタンが尋ねる。
「んふふ〜、アンはね〜乙女になったんだよ」
「おとめ?」
「そう! 恋に落ちたんだよ。相手は〜」
視線で誰かを指す。それで察したタンはポンと同じような笑みを浮かべる。
「さ、みんな行くわよー」
「「はーい!」」
レズレズの合図に元気よく答える。ポンとタンは混乱して固まっているアンの腕をそれぞれ掴んで、強引に連行する。二人はいつにも増して上機嫌でとても愉しそうに笑っていた。




