&77.言ったもん勝ち
まだ日が明けきっていない暗さが残る早朝、目が覚めた。早起き過ぎるだろ。老人じゃないんだから。
上体を起こすとお腹のとこからにょーんとシズクちゃんが出てきた。し、心臓に悪い。そういや前もあったな。
「おはようシズクちゃん。よく眠れた?」
「おはよう」
二度寝する必要がないほど快眠だった。頭スッキリ視界良好!
思えば、この世界に来てから疲れ知らずだ。それも恐らく「粉骨砕身」の力故だろうか。鬼力が続く限り動き続ける事が出来る。逆を言えば鬼力を使い過ぎると疲れて泥のように眠る事になる。うん、気をつけよう。
さてと、早く起きちゃった。何しよう。早起きすると良い事あるって言ってたけど本当か?
エストファに行くにもノロイストを連れて行くって約束したし、ノーフォに挨拶してから行きたい。それまでの間、何して時間潰そう。ずっとシズクちゃんを眺めてるのも悪くない。至福の一時だ。色々あって忙しかったから、のんびりした時間も必要だ。息抜き大事。
「ここの散策でもしようか」
でも、ただジッとしているのは性にあわない。せっかく時間があるんだし、シズクちゃんと楽しいデートでもしようじゃないか。
ノロイスト種の領地はノスターに位置している。その中でもノロイスト種が住んでいる住居を丸と呼ぶ。丸は白を基調として全体的に丸みを帯びている。海外のお城みたいだ。中央の上には丸い……なんてったけ? 海外版四阿みたいなのがあって、そこからの眺めが良い。夜は綺麗な星空が……ないんだったな。
隔てる壁や扉は少なく風通しが良さそうだ。それなのにどこか寂しく閉鎖感を感じるのは家主であるノーフォの心情を表しているのか。
静かな朝に誰の気配も感じない。廊下には私の足音だけが響き、シズクちゃんの感嘆の声が私の耳を癒す。
暫くすると雑音が混ざる。聞こえなかった事にしていたけど、シズクちゃんが気にするから音の方に向かうと思いがけない光景を目にした。
「おやおや」
手すりに肘をついて眺める。集中しているのか向こうは私に気付いてない。まあちょっと離れてるしな。上から見ているから気付きにくい……いやぁ? これぐらいの距離だったら感知出来るか。視野が狭いのか。
「なぎ」
「うん、いいよ」
手すりを跨いで下に飛び降りる。華麗に着地しようとしたのに、下方不注意だった。ちょうど降りた真下に屋根があって打ち身する。ズルりと滑って今度こそ地面に落ちた。確認不足だった。痛ー……くはない。けど、華麗な着地がぁ〜。
なぜかこの体になっても痛覚は感じないらしい。よく分からないけど、痛みに邪魔されず動き回れるから良いか。
フワフワとシズクちゃんが下降する。地上に舞い降りる天使みたいだ。可愛い。見惚れているとシズクちゃんが笑みを浮かべる。その笑顔にドキッと心臓が高鳴る。
と、いつまでも情けない姿を晒すわけにはいかない。起き上がって土を振り払う。
雑音は鳴り止まない。まだ気付いてないのか? 私としては恥を晒さずに済んで良かったけど、警戒心の無さに心配になる。
近くに落ちていた枝を拾って近付く。距離にして十メートルぐらいか。特に気配を消したりはしてない。むーん。斜め後ろだとしてもこの距離で気付かないって深刻じゃないか?
枝を顔面目掛けて投げる。頭に当たる前に拳で撃ち砕いた。よしよし。とりあえず反応出来てるので安心した。問題は私を感知出来ていたのかどうかだ。全く反応している様子がなかったから分からんな。
「…………なんの真似だ。オーク」
苛立ちを隠そうとしない低い声。ノーワンの鋭い眼光が突き刺さる。
「ちょっとした挨拶だよ。全然気付かないんだ、無視された意趣返し?」
笑って答えると舌打ちをして再び石柱に拳を突き出し始めた。うーわ、また無視された。嫌なヤツ。ムカつく。
ノーフォが自分で解決するって意気込んでたから口出しはしない。二人の関係に関しては、ね。
「一つ聞きたい事があるんだけどさー」
「……」
「ノーワン? 難聴か?」
「……」
「うっわー、無視しやがる。生意気だーこの意気地無し」
ヒーンを抜いて斬りかかる。死角からの不意打ちだ。卑怯とか言うなよ。無視するお前が悪いんだから。
ノーワンは危なげもなく躱して睨みつける。攻める手を休ませずに流れるように突きを繰り出す。ノーワンはそれも躱して反撃に拳を突き出す。
ノーワンの拳が私の顔に当たる寸前で止まる。私も、ヒーンの短い切っ先が首に当たる寸前のとこで止めている。睨み合うこと数秒、示し合わせたようなタイミングでお互い拳を収めた。
「オークがなんの用だ」
話をする気になってくれたようだ。ヒーンをしまって腕を組む。
「だーかーらー、聞きたい事があるって言ったじゃん」
「オレはねえ」
「私があるの! はぁーあ、こんな頭デッカチが兄とかノーフォは苦労するな〜」
大袈裟にため息つく。けれどノーワンは予想に反して冷静だった。バカにして、ノーフォの名前でも出せば激昂すると思ってたけどムッと顔を顰めただけだった。まあ、だからといって聞く内容は変わらないけどね。
「お前はさ、何がしたいの?」
「あ?」
「目的だよ。お前が目指す先が見えない」
「テメェに関係……」
「あるんだよ。昨日も言った通り、私はノーフォの味方だ。だからノーフォに関係ある事は私にも関係あるんだよ」
うっわ、すっげーイヤそうな顔してる。ヘリクツは言ったもん勝ちなんだぞ。知らないのか?
「とにかく、足枷になられちゃ困るって事」
「オレが……足枷だと?」
「そうだよ。中途半端は足手まといにしかならない。そんなヤツに出しゃばられちゃコッチにも飛び火がくるってもんだ」
以前の私がそうであったように。
「だからこそハッキリさせたい。お前は何がしたいんだ? シュドンドゥーシへのリベンジか? それとも、ノーフォへの誓い立てか?」
「……アイツが言ったのか」
驚いたように目を見開いた後、忌まわしいと顔を歪める。そんな怒るなって。名前も呼んでられって。恥ずかしいのか? タイミング逃してズルズル来ちゃったから呼ぶに呼べないとか……?
「違う。私が勝手に知っただけでノーフォはお前との事なんか喋ってない。アニキなんだろ。少しはノーフォを信用してやれよ」
「……知ってんだろ」
ボソリと呟く。耳を澄ませてないと聞き取れないほど小さな声。
ノーフォとノーワンは本当の兄妹ではない。いや本当は兄妹なんだけど、家族だけど今は家族じゃなくて…………あーもーややこしいな! コッチとかアッチとか。
とにかく、二人の関係はノーフォがノーワンを兄と呼んでるだけだった。弱い自分を守ってくれる味方が欲しかった。ノーワンがどんな引け目を感じてるかは分からない。でも、分かりにくいけど、すっごく不器用だけど、ノーワンもノーフォを大事に思ってる……んだと思う。本当の兄妹じゃない? だからなんだ。
「本物のとか偽物のとか、関係ない。二人がお互いを家族だと想うんなら、それはもう家族だ」
私の家族は多かった。血の繋がりがなくても、確かに家族の絆はあった。盃を交わせば家族になれる。そんな極道の世界で私は生きてきた。
それを言えばノーフォとノーワンには血の繋がりがある。不可抗力でも鬼力で繋がっている。ノロイストは家族だ。証拠が欲しいなら十分揃ってる。後は認めるだけ。
「逃げるなよ。目を背けても事実は変わらない。お前はノーフォが居ないと強くなれない。ノーフォより強くはなれない。だからどうした! お前はノーフォのアニキなんだろ。守るって誓って、そのために強さを求めたんだろ! だったら前を向けよ。卑屈になって他でもない妹に八つ当たりするなよ。これが、今がっ、お前の望んだ姿か!?」
ノーワンの怒りはノーフォに向いていたようには見えなかった。自分を嫌って、でも感情のつけ所がなくて、傍にいるノーフォに向けてしまった。
認めたくない。自分が劣っている事を、妹の力を借りないと強くなれない事を、妹の重荷になっている事を。否定したい現実にもがき苦しんで、努力しても変えられなくて、自らの首を締める事になっても時間は巻き戻ったりしない。やり直す事は出来ない。前に進む以外の選択はない。
「お前に……何が分かるっ! お前にオレの……何が分かる!?」
初めてノーワンと目が合った気がする。ようやく心の内が覗けた。だから今から、それを叩き折る!
「知らん。私はお前じゃないし、仮に同じ体験をしても感じ方は違うからな。お前は悩んで悩んで、自分で答えを見つけるしかないんだよ。だから……その手向けとして、今から稽古をつけてやろう」
自分が一番苦しんでますって感じで、見ていてイライラするんだよ。世界は自分が中心で回ってるとか、自分が主人公だとか、思うのは個人の勝手だし別にいいけどさ、それを他人に押し付けるのは違うよね。人生は他人と比べるようなものじゃないよ。私の方が苦労は多いし、シズクちゃんはもっと凄惨だった。
「…………は?」
理解が追いつかないのか、ノーワンが呆けた顔をする。
懐かしい。私もよくおばあちゃんに扱かれたものだ。体を動かせば余計な事を考えなくて済むし、悩みも晴れる。頭スッキリ、心身共に鍛えれて良い事尽くしだ。
「構えろ。鬼力は使わないし手加減もしないから、安心するといい」
素手での武術の心得はある。なんなら剣術より多く鍛錬した。武器を持っている時の方が稀だからな。素手が一番現実的で可能性が高いんだ。
ノロイスト種の鬼力は血を纏う。各々武器の形に血を形成するらしい。ノーワンが拳を打ち付けてたってことは武器はグローブみたいな物だろう。
「ま、待て! オレはやるとは……」
「問答無用!」
半ば強制的に始まった稽古は、ノーワンが地面に倒れ込む昼前まで、休みなく続いた。
* * *
「え、なんで居るの……」
ノーワンとの手合わせで体が温まって気分ルンルンだったのに一気に落胆した。
「エストファまで連れてってもらう事にしたから、よろしくね!」
なんで、なんでコベルがここにいるんだ!?
またねってこういう事? はぁー?
コベルから悪気は感じられずニッコニッコで手を振ってる。いや顔は「かお」で見えないけど楽しい雰囲気が漂っている。迷惑とか考えて……ないだろうな。コベルだし。
「ナギサ様、私がこの度お供させて頂きます第四部隊所属ロードノロイストのヨイチといいます。ご厄介になります事、よろしくお願い致します」
あー、固い〜。肩が凝りそう。この体に限ってはないけど、精神面で。
「ナギサでいいし、もっと気安くていい」
「……マジーぃ? いやー、肩肘張るの大変でさー。これなら楽でサンキューって感じー。ありがとーナギサ」
わー、一気に態度が変わった。これが素なのか? 予想以上に言葉遣いが砕けて驚いた。これがギャルってヤツか。なんか新鮮だ。
「ヨイチ! すみませんナギサ」
「いや良いって、問題ないよ。それに、ノーフォが人選したんだろ? 信頼してる」
シシーみたいな硬っ苦しい性格じゃなくて安心した。肩の力は抜けないし、落ち着かなかっただろう。
……一個余計な者がくっついてるけど。
「ナギサ……ありがとうございます。ヨイチはすばしっこさならグレイスノロイストに劣りませんので邪魔にはならないはずです」
「ノーフォ様酷〜い! ワタシの良いとこはもっといっぱいあるよー? ワタシ、褒めて伸びるタイプだよー?」
「ナギサ、つくもしずく、どうかお気をつけて」
後ろでわいのわいのと騒ぐコベルとヨイチを無視してノーフォが挨拶する。ノーフォってまあまあ冷たいところあるよな。丁寧で気弱なのに辛辣。
「ノーフォもね。何かあったらすぐに言えよ? 遠慮はなしだからな。それじゃ行ってくる」
「いってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
ノーフォとコナキに見送られてエストファに向かう。シズクちゃんとのしっとり二人旅とは打って変わって、騒がしい道中だったけどシズクちゃんが楽しそうで何よりだ。
まあ、何度かうるさ過ぎて手が出たけど。




