&7.ビバ肉体
飛べなかったー。
かーなーしーいー。
いけると思ったんだよねー。
一瞬、飛んでる! って思ったんだよ。本当に一瞬だったけど。
なんだよ期待させんなよ。本当に喜んじゃったじゃん。
草って軽いんじゃないの? 風に吹かれて転がるくらいには軽いよね。
塊だから? まとまってるとその限りではない? でもウエスタンではそれで転がってるよね。
…………いやいやいや。
にしては重量ある落ち方だったぞ。重い物が落ちる鈍い音も聞こえてきたけど。
なんだろう、この感覚。
触れている感覚がないのに覆われているような感覚がある。むーん?
まあでも、どこも凹んでないから大丈夫だけどね〜。痛覚ないし。草だし。
にしても、ウエスタンって乾燥地帯だから草がパサパサしてるのかと思ってたけど、そうでもないみたい。弾力あるし、ぺたぺたしてる。密度高めで、草って感じがしないな〜。
……ん?
…………んん?
パサパサ? 弾力? ぺたぺた?
……………………んんん?!
触覚だ……。
触覚がある。
元からあった。けど、違う。同じだけど、違う。
触ってる。
私が、私の手が、頭を触っている。
から、だ。私の……っ、体。
体が…………あるぅーーー!!!!!
きゃーやったー体だー体があるよー!!
わーい、わーい!
嬉しくて小躍りする。
転がるじゃない。動いている。私、ホントに動いてる……!
手がある!
足がある!
目線が高い!
うわぁーーい!
握った拳を頭上に思いっきり突き上げてバンザイする。
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
……え? なにこれなにこの声!?
も、もしかして……私の、声?
いやぁあああ!
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
……うわー。マジだー。私の声だー。やだー。
なにこの気持ち。嬉しいとショックがせめぎ合ってる。純粋に喜べない。すっごい幸せだったのに水を差された気分だ。気持ち悪ーい。
いや。いーや!
こんな事で私はしょぼくれない。忘れよう。私に声はない。
きゃっほーい! 体〜!
ようこそ胴体。待ってたよ胴体。私胴体やっはー!
嬉しい嬉しい嬉しい!
体があるって素晴らしい。ビバ、肉体!
見よ、この美しい私の体を!
しなやかに伸びる腕。空気を撫でるように細かく優美に動く指。大地を踏み立つ足は安定し、どこまでも歩いて行ける。
はあー、体があるっていいわ〜。
胸に手を当てて感動に打ち震える。心臓がちゃんとあ……ない?
…………あれれ?
胸、脈なし。手首、脈なし。首、脈なし。
あっれー?
どういう事? 私死んでる?
いやでも草だし。……いや、顔がある。
目も鼻も口も耳も、ちゃんと付いている。
はっはーん。分からん!
まあ、いい。とりあえず今は、体がある事を喜ぼう。
バンザイしたままクルクル回る。喜びの舞。わーい嬉しいー!
回っても目が回らなーい。気持ち悪くなーい。たーのしいー!
なんか体より頭が多く回っている気がするけどきっと気のせい。回転止めても視界がぐるぐる回っているけどこれも気のせい。
……じゃないだろ!
あっぶねー。つい気持ちが緩んで気のせいで済ますところだったぜ。
頭を掴んで止める。
…………。
両手で挟んだ頭を上に上げる。スコーンって簡単に持ち上がった。
うん。首繋がってないのね。
なのにどうして感覚は繋がっているんだろう。全く謎だね。意味が分からないね。
もう驚かなくなってきた。だって最初から意味が分からないの連続だったしね。
これが慣れというものか。うん。嫌な慣れだな。
むーん?
なんだろう?
斜め上を見上げて首を傾げる。何かが居る感じがしたんだけど、視線の先には何もない。
空中だしね。鳥の羽ばたき音とかもなかったから、何もないのは当たり前だよね。
……当たり前なんだけど、でも、なんて言うのかな。
んと、視線を感じた?
変な話だけど、ここでは変な事しか起こってないからね。例え幽霊が居たとしても不思議じゃないって受け入れてしまいそうだよ。
うん。考えたって仕方ない。
今は踊ろう。喜びの感情のままに踊り明かそう。
あははー体があるってホンット素晴らしい〜!
感謝、感激、感動フィーバー!
これならプチッみたいにあんなに大きくならずともぶん殴れる気がする。私の鉄拳が火を噴くぜ。シュッシュッ!
むーん。体を動かすのにちょっと違和感があるな。
こう動きたいって思い描いて、ワンテンポ遅れて体が動く。胴体がなかったこれまでの弊害だろうか。
まあ、動かせれるだけ良しとするか。
よーし、まずは片っ端から近くに見える人を倒しまくるぞー。足しか見えなかったから誰がーとか知らないからね。とりあえずこれまでの鬱憤を晴らしたい。
そこ、八つ当たりとか言わない!
意気揚々に歩き出した私の栄えある一歩。
新生私の偉大なる一歩目は、ぐにゅっと糞を踏んだような感触がした。
はあ!? 幸先悪くね!?
出した足はそのままに顔を歪める。俯いて足元を見下ろす。その折、ポロッと首が離れて頭が落ちていく。
落ちる最中で視界に映ったのは、皮膚がドロリと爛れているような溶けているような生首だった。それが半分足に踏まれて潰れていた。
グッロ!
ボトッと地面に落ちて数コロリ。辺りを見渡す。
私の周囲には何も無かった。私の胴体も踏み潰した生首も、何も無くなっていた。