&76.何も起きない
ノック音に体を強ばらせたノーフォは開いた扉の先にいる人物を見て体の力を抜いた。誰だろう?
「シシー」
名前を呼ばれて、客人は礼をする。
「ノーフォ様、ただいま帰還しました事をご報告致します。こちらは土産の玉になります。どうぞご活用ください」
丁寧な物言いで腰に下げた袋を手渡す。ノーフォが袋の中身を見ると目を見開く。
「こんなに……! ありがとうシシー。玉も……体も。それと言い忘れました。おかえりなさい、あなたが無事で良かった」
「もったいないお言葉です。私はノーフォ様の手足、ノーフォ様のためならなんなりとこの身をお使いください。私はノーフォ様が笑ってくださるのならそれ以上の褒美はありません」
ワーオ、忠臣だー。自分から下僕発言しちゃう重々信者だよ。なんか、犬の耳と尻尾が見えてきた。ブンブン振って喜んでるよ。花も飛ばしてるじゃん。
……でも、お互いが信頼し合ってるのが伝わってくる。なんだ、ノーフォにも味方はいるじゃん。
にしても、なんか見覚えのある顔なんだよなー。
「紹介します。彼女はシシー。私の直属である第四部隊の副隊長、グレイスノロイストのシシーです」
「シシーといいます。以前は挨拶もせずに立ち去ってしまった無礼をお許しください」
やっぱりどこかで会ったことがあるのか。
「初めてお二人とお会いした時に私が借りていたのがシシーの体だったのです」
ああ、それでか。納得がいってスッキリした。
「私はナギサ。オークマーシャルだけどよろしくな」
軽く手を上げて挨拶する。
「つくもしずくはつくもしずく。……よろしく」
シズクちゃんが真似して手を上げる。元気いっぱいなシズクちゃんは頭上までピーンと腕を伸ばす。可愛い。あと言う事が思い浮かばなかったのも可愛い。
挨拶を受けてシシーが礼をする。本当に丁寧なヤツだな。どっかの誰かとは大違いだ。
「よろしくお願い致します、ナギサ様」
「うえぇ様付けぇ!? やめろやめろっ、ナギサでいい」
「かしこまりました、ナギサ」
本当はその仰々しい言葉遣いもやめて欲しいけど、シシーの場合は言っても直らないだろう。これが多分素の喋りなんだろう。
というか、もしかして……シシーにはシズクちゃんが見えてないのか?
「それではノーフォ様、シオ隊長にも一度顔を出してきますので、これにて失礼させて頂きます」
「うん。疲れているのに呼び止めてごめんなさい。しっかり休んで……あ、シシーも一つは持っていて。何かあったらすぐに使いなさい。絶対に」
袋の中から玉を一つ取り出してシシーに握らせる。袋、結構厚みがあるけど一体どれだけ玉が入ってるんだろ。
「……はい、はい! 不肖シシー、必ずやノーフォ様のお望みのままに」
頬を紅潮させてうっとりと顔が緩む。むーん、愛だな。
シシーは表情を正してから退出した。扉を閉める前にも礼を欠かさない彼女に手を振って見送る。
「タイミング良く玉が手に入りました。つくもしずく、これを使ってみてください」
ノーフォが玉を一つドクロの中に入れる。シズクちゃんがその様子をキョトンとした顔で見ている。
シズクちゃん……玉の使い方分かるのかな。私はルービックキューブで知れたけど、そういえばルービックキューブの情報ってシズクちゃんも共有されたのか? あの時もドクロは持っていたけど……どうなんだろ。あっ、でもさっき使ったって言ってたな。
「シズク……」
「おーだー」
オウム返しのような拙い声が落ちる。ドクロが手から離れて宙に浮かぶ。シズクちゃんの姿が見えなくなって、触ろうと伸ばした手をしかし途中で引っ込めた。
「…………」
宙に浮いたドクロがベコッと音が出そうなほど勢い良く潰れた。わー、ビックリー。
どういう原理か、ちゃんとお面の形になったドクロはゆっくり降下して手の中に戻った。ドクロに触れるとシズクちゃんの姿が現れる。自信満々に目を輝かせて私を見ていた。その顔は「どう? いい感じ?」と言ってるように見えた。あぁ、なんて可愛いんだっ!
笑顔で頷いてから早速お面をつける。あっ、固定するヒモがない……って、あれ? 落ちない?
首をブンブングルングルン回してもお面は取れなかった。わー便利ー。
「とってもいい感じだよシズクちゃん!」
「ハクレイはこれで解決ですね」
「うん。ノーフォもありがとう」
「ありがとう」
「いえ、お役に立てて良かったです。……と、そうでした。ナギサ、申し訳ありませんが一度エストファに行ってくれませんか? レズレズに顔を見せるよう伝言を頼まれています。お二人を助ける事が出来たのは偏にレズレズの助力あってこそでした。私からもどうかお願いします」
レズレズかー。シズクちゃん目当てだろうな。でもまあ、助けてもらった手前、無下にするわけにはいかない。借りはきっちり返して早めに精算しよう。
「了解。あっ、ノーフォも一緒に行くか?」
名案浮かんだぞ! またいつノーワンが来るか分からないし、何より一緒に行動した方が勝手がいい。
だと言うのに、ノーフォは申し訳なさそうに笑って首を横に振った。
「私はここに残ります」
まだ遠慮してるのか?
「ノーワンなら私から……」
「いいえ、兄様には私から……私の言葉で伝えたいです。身勝手ですみませんがどうか……もう少しだけ待っていてくれませんか?」
家族の問題に他人がグチグチと口出しするもんじゃないか。
「そう……分かった。私も別に急いでるわけじゃないし慌てなくていい。落ち着いて、ノーフォの歩幅で進むといい。エストファでゆっくりしてからまたここに戻ってくるよ」
「すみません。代わりと言ってはなんですが、一人こちらの者を付けます。護衛や案内は必要ないかもしれませんが連絡の中継にはなりますので、不測の事態があった時に役立つと思います」
「ありがとう。じゃあ……あー、出立は日が昇ってからにしようか」
窓の外に目を向けるともう夜だった。いつの間に、そんな時間が経っていたんだ?
今から出てもナイフに襲われて面倒なだけだし、別に急いでないからいいか。
「そうですね。部屋を用意させますので今日はゆっくり休んでください」
「ありがとう。ノーフォもね」
手を振って部屋を後にした。その時になってふと気がついた。最初の一回以来、コナキは一言も声を発していない。それどころか、ノーワンが現れてからはピクリとも動いていなかった。全身真っ黒で影みたいなくせに影が薄いってどういう事だよ。全然、気にも留まらなかったし。
コナキ……ルービックキューブにも大して情報は載っていなかった。分かってるのはコナキ種の最上位種で堕鬼王だって事だけ。どんな鬼力なのか、強さも性質も未知数だ。どうやって生まれたのかも不明。
………………ま、いっか。よく分からないけどノーフォの味方なのは確かだ。今はそれだけでいいし、もし敵ならその時はぶっ飛ばせばいいだけの事。考えるの終ーわり。
「こちらの部屋をお使いください」
今はそれよりも何よりもこの状況だっ!
シズクちゃんと二人きりの同室!
何も起きないわけもなく……ん?
「それで隠れているつもり? ノロイストはもう居ないから姿を見せなよ」
落胆を隠しもせずに吐き捨てるように言う。最悪だー。
「スゴいねー! さすがオーク種と言うべきかなー」
タンスの下の扉が勝手に開いて、中から狭そうにヨイショヨイショと這って出てくる。
「ジャジャーン! ドッキリ大成功〜」
両手を大の字に広げる。即バレでドッキリも何もないけど?
あっ、シズクちゃんが拍手をしてあげてる。優しい可愛い。
「それで? なんの用だコベル。ただ遊びに来ましたってんなら怒るぞ」
せっかくシズクちゃんと二人きりの時間だったんだ。軽々しく水を差しておいて、殺されても文句は言えないよな。
「遊びに来ただけだよ?」
ヒーンを抜く。
「わーごめんっ、待って待ってぇ! 遊びに来たのは本当だけど、用があるのも本当だよ。だから物騒な物はしまってー! 拳じゃなくて口で語ろ! ねっ?」
ため息を零してからヒーンを仕舞い、ベッドに腰かける。コベルは胸に手を当ててホッと安堵の息を零し、イスを引きずって前に座る。
さて、目の前にいるコベルだが……エストファであったコベルたちとは違う存在だ。種族は同じ。かおも服装も変わりないけど一つだけ、名前がない。この世界では名前が存在を確定させる大事な要素になっている。反対に名前がなければ存在してないのと同じ意味になる。
「で? 何が聞きたい」
膝を立てて肘をつく。見下すように視線を向けてもコベルは嬉しそうな雰囲気を晒し出している。きっと顔が見えていれば、ニコニコの上機嫌だったろう。想像しただけでイラッとした。顔が見えなくて良かった。
「率直な感想を教えて欲しいんだ。この世界を知って、どう思った?」
「独り善がり」
「アハハ、即答だね。そっかそっか、そうなんだね〜そうだよね〜。あなたからすれば全くの無関係で巻き込まれてるだけだもんね〜」
嫌悪感を抱くほど胸糞悪かった。ただ、少しだけ気持ちは分かる。でもだからと言って、許すかはまた別の話だ。自己完結で終わればいいのに、不可抗力だとしても大事にし過ぎだろう。こんな夢まで創って逃避行したくせに報われてないのも無様なものだ。
思い出しただけで苛立ちが込み上げる。視線をコベルからシズクちゃんに移すと目が合って微笑む。癒される。
「一つだけ感謝してるよ。でもそれだけだ。彼女に同情はしないし、目的も変わらない。邪魔をするなら誰だろうとぶっ飛ばすだけだ」
「潔いね! 一度死んで一皮剥けた? それとも好きな人に出会えたから一新した?」
「……満足したろ」
「アハハ、スルーされた。でもうん、十分だよ。ありがとう!」
コベルはイスから飛び降りると、律儀にイスを元の位置に戻した。
「あなたは大丈夫だと思うけど……小鬼族の性質上、敵になっても恨まないであげてね」
鬼族にも派閥というか対立がある。秩序を保とうとする純鬼族と己の野望を叶えようとする成鬼族。小鬼族はどちらでもないけど、気に入った者に付く個人加担だから厄介ではある。
「立ち塞がるなら容赦しない」
「アハハ、うんうんそうだね、そうだったね! 邪魔してごめんね。またねー!」
コベルは手を振って元気よく走り去って行った。自由奔放で厚顔無恥、まさに子どもらしい性格だ。嵐のように無遠慮に荒らして過ぎる。しーんと静かになると疲れがどっと出た。
長い一日だった。夜通しノーフォの説明を受けて、レムレムと出会ってエストファに行って、かと思えばサスマーに飛ばされて自分の記憶を思い出す。濃い一日だった。本当に。濃すぎるだろ。一日に凝縮しなくていいよ。もっと小出しでいいから。
明日はエストファに行って……また騒がしいだろうな。考えるだけで疲れる。
「なぎ」
それでもシズクちゃんがいるから頑張れる。
『一皮剥けた?』
コベルの言葉を思い出す。確かに、前よりも前向きになった気がする。あの時は変わってしまう現実を受け入れるしかなかった。抗いようもなくて、でも受け止める事も出来なくて、半ば諦めもあったと思う。みんなが前に進む中、一人取り残されて置いてかれてる感覚がずっとしていた。
あれかな。ドン底に落ちたから、後は上がるしかないってやつ。荒療法過ぎるけど。それでも、やっぱりシズクちゃんに会えたのが一番の要因かな。そうだよ。そうに決まってる。
「シズクちゃんありがとう。いっぱいいっぱいありがとう」
ちょっと視界がぼやけてきた。目頭も熱くなってきた。泣くつもりないのに、どうした。涙腺がバカになってるのか。一回、目の周りを壊せば元通りになるのかな。
「うれしい」
「うん! 明日も楽しい事いっぱいあるよ。楽しみだね」
目を輝かせる可愛いシズクちゃんをずっと見ていたいのに、瞼が重くなって閉じていく。
「おやすみ、シズクちゃん」
「おやすみ」
体が傾いてベッドに横になるとすぐに目が閉じた。
その日は夢を見なかった。




