&75.頼りになる頭脳
『コウ、センレン』
名前を呼ばれて、その場にいた三人が声の方に振り返る。
『オウガン、ゲドウガン。おかえり』
歩いてくる二人に一人が手を上げて迎える。
『センレン、まだナツクスの後ろに隠れているのか』
『ご、ごめんなさい』
女が少年の背中に隠れる少女を見て眦を上げる。青ざめて体を小さくする少女が震えた声で謝罪する。
場面が変わった。
『兄様っ! 兄様ぁー!!』
涙を流す少女の前には少年が倒れていた。血を流して動かない少年の先には岩のような大きな男が立っていた。
『いつまで不毛な事を続けるつもりだ。コレはお前より弱い。それを兄などと呼び慕うなど言語道断』
『いやっ、兄様! 兄様!』
男の言葉も耳に入らない少女はひたすら少年を掻き抱く。絶命した少年が少女の声に反応する事はない。悲しみに暮れる少女の姿を見た男はなおも冷酷だった。
『もはや改心の余地なし。ならば、共に逝け』
男の殺意が少女に迫る。悲しみは怒りへ、後悔は絶望へと変わる。怒りと絶望が合わさり憎しみとなって、敵意を露わにした少女の瞳が男を鋭く射抜く。
再び場面が変わる。
『オウガン! 考え直してくれ。どうして……』
『拒む者は不要だ。わたくしはこの世界をあるべき形に戻す。邪魔をするなら容赦はしない』
そう言い残して黒いローブを翻して女は立ち去る。必死に説得していた女が悲痛に顔を歪めたのは数秒のことで、すぐに前を向き直した。
『私はあの子を守る! 悪いがオウガン、きみの思い通りにはさせない』
聞こえるように大きな声で宣言する。女の姿が見えなくなった後、ため息をついて頭を抱えた。
『センレン……すまない。仲直りは無理そうだ。きみは……いや、なんでもない』
少女の白い頭を撫でた女は悲しみの残る笑みを浮かべると少女の前から立ち去った。そして少女は一人になった。全てが変わって、自らの変化にすら置いてけぼりにされている。現実を見るのが怖くて、暗闇に閉じこもって瞼を閉じた。
* * *
むーん。どうしよう。困った。非常に困ったぞ。
「私は兄様を裏切る事だけはしたくありません。私のせいで……兄様は巻き込まれただけで悪い事は何もしていません。だから私は、私だけでも兄様の味方でなければいけないんです。でも、兄様の望みと私の願いは相反する。私は……どうすればいいのか分からないんです」
「んー」
ノーフォの独白に生返事を返す。言いたい事は分かる。でも悪いけど、今はそれどころじゃないんだ。
「ナギサは……ナギサ? 何か考え事ですか?」
顔を上げたノーフォはそこでようやく異変に気が付いたらしい。自分の悩みを打ち明けてるのに聞いてくれなくて、反対に人の悩みを請け負おうとする。なんて優しいヤツなんだ。
「そうなんだよ。あっ、ノーフォも一緒に考えてくれ!」
そんな心優しいノーフォを私は利用する。
ノーフォの前にドクロを持ち上げた。
「どうやってシズクちゃんを持ち運べばいいと思う!?」
困り果てて助けを求めたら、素っ頓狂な顔をして首を傾げた。こっちは真剣に悩んでるんだぞ!
ルービックキューブによってこの世界、ファン・シーに関する知識を得た私は同時に自分の状況も理解した。
この体はオーク種オークマーシャル、名前をイシクマドゥーシと言う。さっき戦ったオーク種、同じくオークマーシャルのハチライドゥーシが言った通り、イシクマドゥーシは敬愛するオークジェネラルのユウドゥーシを殺した。そして、オーク種の頂点に君臨する戦鬼王であるオークエンペラー、シュドンドゥーシによって殺された。
オーク種は死ぬとオーク骸となって地下に送られる。そこで地下の階層主に殺される事で浄化されて地上に帰化し、新たな生へと成形される。
けれどイシクマドゥーシはオーク骸にはならず、オークマーシャルのまま存在している。それもこれもユウドゥーシの鬼力、不障礙の能力と身自在の能力のお陰で。
それともう一つ、地球での最期の記憶、死の真相を思い出した事で私は自分自身を理解した。
まず一つ目。この世界に鮫島渚という存在が確定した。今の私は本来の姿に戻っている。さっきまでは心と体が離れているような状態だったが、今は完璧に合わさった感じだ。
簡単に言えば違和感が常識になった。レムレムが言っていたように鮫島渚という名前はオーク種のルールに適してない。だけど今なら、ルール外であるこの名前でも違和感すら芽生えずに受け入れられるという事だ。
二つ目は余所者特典と言うべきか鬼力でも魔力でもない第三の力を有している。私に備わった能力は「粉骨砕身」。骨が粉になっても身が砕かれても力がある限り生き続ける。つまり、鬼力が残ってる間は不死身の状態という事だ。
オークマーシャルはオーク種でも上位種に位置する。だから必然的に宿っている鬼力も高い。加えて睡眠時はもちろんの事、活動時でも鬼力が回復するもんだから簡単には死ねない。
もう一つ皮肉満載の嫌味な特典もあるが、今そんな事どうだっていい。問題なのは一つ目の姿が変わってしまった事だ。それによって前の体のようにシズクちゃんを体に埋め込むって事が出来なくなった。
さてこのドクロをどうやって持ち運ぶかだが――
「被る……のは無理。持って歩くにしては不安が残る。ヒモを通して首にかけるか? いやでもちょうどいい穴は空いてないし……うーん?」
ドクロを回して色んな角度から観察する。ドクロが器と言ってもシズクちゃんである事に変わりはない。痛覚が通ってなくても手荒に扱いたくはない。
でも触ってないとシズクちゃんが見れない! なんでなんだ!? 存在が確定してるなら見せろや。
「つくもしずく、形を変える事は出来ますか?」
理不尽に憤りを感じているとノーフォが何か思いついたらしい。でも質問の意図が分からなくてシズクちゃんが首を傾げる。私も分からなくて同じように首を傾げた。
「それは亡くなったノロイスト種の残骸なのでしょう。私はノロイストの死が分かります。鬼力が戻ってくるから、分かってしまう。以前、私の目の前でノロイストが死にました」
ノロイスト種はノーフォの血を摂取する事で鬼力を得る。ノーフォは死なないからいくらでも血を搾取出来るわけだ。無限のパワーアップ。けれど、そんな簡単な話ではなかった。
供給源は枯渇しないが、摂取する体が与えられた鬼力に耐えられなかった。鬼力の許容量が決まっていた。その許容量を超えると自我は崩壊して暴走、最後は死に至る。
「その時、亡くなったノロイストの鬼力は私の元に戻ってきました。けれど体は瞬く間に消滅してしまいました。その様子がオーク種の死に様に酷似していました。きっとオーク骸のように地下に送られたと考えられます」
「確かに……あそこには骨がうじゃうじゃと転がってたな」
ピラミッドの内部を思い起こす。鬼力が抜き取られてるから残骸なのか。骨だし。
……あれ? それにしては意思が感じられるけど……?
頭に浮かんだ疑問に答えるようにノーフォが頷く。
「ヒーンもハクレイも僅かにですが鬼力を感じます。完全に死んでいるわけではないのでしょう。元々は違った形だったんですよね? それなら繋がったつくもしずくの意思で思い描いた形に変えれるのではないでしょうか」
「なるほど……?」
つまりヒーンが変な形なのは私のせいという事か。いや真剣を見た事はあるし。なんなら扱ってたし。構造は十分理解してるけど?
まあそれは一旦置いといて。シズクちゃんのドクロの元の形って人体模型だったよな。他の骨はなくなったけど、形は頭蓋骨のままだ。形を変えたというより、気に入った形を選び取ったの方が近いか。
これはあれだな。想像力が物を言う的な……よし。
「シズクちゃん、お面に形を変えれる? こう……ここをペチャッと潰して……」
「……?」
「うっ……えーっと、ぺったんこの皮みたいな感じで……」
だ、ダメだ。説明力がなさすぎて伝わらない。実物でもあれば一番なんだけど。
「あ、もしかして……」
ノーフォが何か閃いたようだ。さすが頼りになる頭脳!
「ナギサ、玉を持ってますか?」
「持ってな……あー、一個だけあるな。硬玉だけどドクロに入れてた……あれ? ない」
玉とは鬼力の解放に欠かせない大事なアイテムだ。例えばオーク種だと十の能力があって、それぞれオーク毎に使える能力は限られている。けれど玉を使えば、使えなかった能力も使えるようになる。
玉は緑色の石で宝石みたいな丸い形をしている。レムレムが使っていたのも玉だ。魔族の核みたいなもので、魔族を倒すと手に入る。
硬玉というのは玉のワンランク上の物。デルタを倒した時に手に入れたピンク色の石が硬玉だ。あの時はドクロの中に入れたけど、どこかに落としたか? だとしたら可能性として高いのは激しい戦闘があったサスマーになる。うえー、探しに行くにしても遠いし、またシュドンドゥーシに見つかったら今度こそ殺されそうだ。それだったらイスリンにでも行って調達する方が早いし楽だ。
「つかった」
「あれ、そうなの?」
いつの間に使ったんだろう。まあ、シズクちゃんにあげた物だからいつ使っても自由だけど。
でも鬼力の解放ってどんなだったんだろ。ノロイスト種もだけど、成鬼族の鬼力っていまいちピンとこないんだよね。
「ぎゅー」
「ナギサを落ち着かせる時に使っていました。実体があったでしょう? でも、そうか……あれは硬玉だったから」
「うえぇぇぇえええ!?!?」
うそうそウソでしょ!? そんな、そんな……っ、もったいない事したぁー!!
せっかくのシズクちゃんの生肌だったのにぃー。触れ合える絶好の機会を逃したァ。うわー、悔やむー!
こんな事ってないよ。残酷だー。何やってたんだよ私。絶望の淵でそれどころじゃなかったよ。そうだとしてもシズクちゃんが優先だろ。無茶言うな。クソぅ、やり直してー。
……ハッ、そうじゃん。そうだよ。もう一回やってもらえばいいんだよ。硬玉があればいいんだろ? だったら話は早い。もう一個取ってくればいいだけの話だ。
「気合いを入れてるところ申し訳ありませんが、硬玉は貴重な物なので無為に使用するのはやめた方がいいかと」
私の思考を読んだかのようにノーフォが待ったをかける。
……分かってるよう。硬玉を出すローズはそうそう居ない。だからこそ硬玉での解放は計り知れない切り札となる。それを私利私欲のために易々と使うのはバカのやる事だ。
そんな疑いの目を向けなくてもしないって。一回だけだから。一回でちゃんと満足するから。
「……それでは、今は手持ちにはないという事で合ってますか?」
うん、と頷く。
「私もシュドンドゥーシに使ったのが最後の一つだったので……ッ!」
コンコンコンと扉のノック音が聞こえて、ノーフォが硬直する。全員が扉に視線を向ける中、応えもないのに扉が開かれた。




