&74.ややこしい事情
「兄、様……」
ノーフォの掠れた声に耳を疑う。
えっ……ハァ!? ニイサマってアニキってこと!? アレが!? 家族ぅ!?
「お前、言ったよな。どこにも行かねぇって。なに外に出てんだよ。お前の居場所は檻の中だろ! 勝手に逃げてんじゃねーよ。お前如きが何かを望んでいい立場かァ」
上から押さえつけるように圧をかける。えー、これがアニキぃ? マジで?
アニキがノーフォの腕を掴むと強引に引っ張って部屋のど真ん中にある鳥籠に向かう。おい待てって、それは……違うよな!?
「……ッ、アァン?」
ノーフォの腕を掴む手を掴んで動きを止める。振り向きざまに殺気ビンビンの目で睨んでくる。
おーコワ。短気だねぇ。でもさぁ、私もイラついてんだよね。
「さっきからお前お前ってなんなの? 妹の名前も呼ばないヤツが彼女を好き勝手扱うなんて都合が良すぎるだろ。俺様気取りもいい加減にしろ。見苦しいぞ」
グッと手に力を込める。痛みに呻き声を漏らし、誤魔化すように睨みを鋭くさせる。私の発言に怒りが増幅したのか図星だったのか、顔を赤くさせる。
「なんだテメェ……オークがなんでここにいる」
空気が一段と冷える。ノーフォの時より声が低くなった。怒りに憎悪が加わった。受け流すように笑みを浮かべる。
「ノーフォは恩人だからね。彼女と共に行動する事になったんだ」
笑みを消して冷たく見下ろす。
「だから、たとえ兄だろうとノーフォを侮辱するなら許さない」
気圧されてたじろぐ。でもそれは僅かな間で、すぐ持ち直して牙を剥く。
「なんでテメェに許されなきゃいけねーんだ。これは俺とコイツの問題だ。無関係なヤツは引っ込んでろ。そこの黒いヤツみたいにな」
横目で黒い人を見やる。確かに我関せずで傍観者のようだ。というか顔が見えないどころか全身見えないけど。逆光というか、もはや影そのものだよ。
その流れでノーフォに視線を移す。目が合って小さく首を横に振った。何か事情があるのか? まあ、確かに私には関係ないな。
「お前の言い分は一理ある。だけどね、言っただろ。ノーフォは私の恩人だと。過去に何があったか知らないし興味はない。だけど私は現在、彼女の味方だ。それだけで助ける理由は十分だ」
なぜ、他人と比較するのかが分からない。
なぜ、他人と同じ対応を取らせようとするのかが分からない。
黒い人が見てるだけだから私も見ていろと? 本当に意味が分からない。私は私がやりたいようにやる。
それに、他人がどうだこうだと言われたところで所詮は他人事だ。それは私ではないし、だからといってわざわざ言動を改める理由も必要性も感じない。
「……チッ」
あからさまに舌打ちして手を離し、音を鳴らして部屋から出ていく。最後に首だけで振り返ってノーフォにガンを飛ばして立ち去った。横槍の私ではなくノーフォにだ。だいぶ執着しているように見える。
「あれ、本当にアニキ?」
誰もいない扉を指差して尋ねる。俯いているノーフォは縦にも横にも首を振らなかった。ややこしい事情でもあるのか。
なんだかなー。パッとしないなー。後ろ向きというか、塞ぎこんでるというか、とにかく釈然としない。アニキが現れてからは人が変わったようにどんより暗い。ジメジメして鬱陶しい。ハッキリしないのは気持ち悪い。
「ノーフォ、これだけは確認させてくれ。死にたいという願いは何を犠牲にしてでも成したい願いか?」
視線を合わすためにしゃがんで下から顔を覗き込む。反応はしている。即答しないのはまだ迷いがあるからか。揺れ動く瞳がそれを如実に表している。
中途半端は良くない。悩みを抱えたまま進むには願いのタネが厳しい。断固な決意でないと手を貸すに貸せない。
胸に前で手を握る。最初に黒い人を見て、次いでシズクちゃんに視線を移す。何かに堪えるように顔を歪ませて、落ち着こうと深呼吸する。
「不甲斐ない姿をお見せしてごめんなさい。正直、まだ怖いです。私が背負った命を、犯した罪を考えると足が竦みます。覚悟しても簡単に揺らいで悩んでしまう。でも、それでもっ、私の願いは変わらなかった。あの日から一度も変わった事はありません」
まっすぐ目を見て言った。弱気で自分を信じきれなくてすぐに折れてしまいそうなほど脆い。彼女の性格柄、意思表示するだけでも多くの葛藤と勇気がいっただろう。辛くても諦めきれなくて、必死に足掻こうと努力する人をどうして見捨てれるか。
微笑んで立ち上がる。
最初はシズクちゃんがやる気だから、ただそれだけだった。でも今はノーフォの事を気に入ったから、私自身の意思でも助けたいと思った。決して同情なんかじゃない。利害の一致だからってだけじゃない。
「分かった。改めてよろしく、ノーフォ。もし堪えきれなくなったら正直に言ってくれ。聞くぐらいなら私にだって出来る。それで責める事はしないし怒るなんて論外だ。私が味方なんだから大舟に乗ったつもりで頼りにするといい」
「さめじぃ……」
「ナギサと呼んでくれ。それと堅苦しい敬語もなしだ。気張っていこうぜ、ノーフォ」
拳を差し出す。拳を合わせるのは親交の証だ。
「……、ありがとうナギサ!」
笑顔を見せて拳を合わせる。そこにもう一つ拳が合わさる。シズクちゃんの手だ。笑いあって場が和む。
「1011」
そこに変な声が割って入る。そうだっ思い出した!
この声、暗闇の時のだ。あの黒い人か?
「紹介が遅くなりました。ナギサ、彼はコナキ。コナキ種で堕鬼王です」
王……コイツも王なのか。レムレムといい、王は変なヤツしか居ないのか。なんか気安く手を振ってるし。
しっかし、確かにこんな真っ黒じゃあ暗闇で姿が見えなかったのも頷ける。シズクちゃんは見えてたようだけど。目がいい、とかの問題じゃないな。
「ノーフォはコナキの言葉? なんて言ってるのか分かるのか?」
暗号みたいで私にはさっぱり。長い付き合いっぽいし、だんだん分かるようになるのか?
でもよく一緒にいられるな。嫌悪感を感じないのか? 声を聞くだけで鳥肌が立つんだけど。それも慣れ?
「正確に、とまではいきませんがニュアンスでもいいなら分かります。今は一緒に喜んでくれてます」
確かにバンザイしてるようなシルエットだ。
「普通には喋れないのか?」
分かりづらいったらありゃしない。ノーフォが困ったように笑って頷くから、それ以上は聞かない事にした。
「話が逸れましたね。本題に戻しましょう。私たちの願いを叶える方法は一つだけ、創造主にお願いする事です」
………………はあ?
「神頼み?」
「神……ではありませんけど、似たようなものですね。彼女自身に特別な力はありませんが、この世界に必要不可欠な存在です」
「ここがその創造主のための世界だから?」
「はい。これは説明するより直接理解してもらう方が早いでしょう。ナギサ、これを」
そう言って差し出されたのはカラフルな立方体。マス目がついてて色が揃ってる面と一列だけ違う面がある。なんだこれ。
「ルービックキューブと呼ばれる立体パズルです。六面全て色を揃えれば完成になります」
揃えればって後一手で完成じゃん。こんな簡単なパズルを解いて何になるんだ?
「パズルを解くことで『解』を得る事が出来ます。ルービックキューブは知識の照合。中に世界の情報が詰まっていると捉えて構いません」
つまり、このパズルを解けばこの世界の事を知れるというのか。眉唾物だけど、この世界じゃ有り得る話だ。あれこれと聞くよりかはこっちの方が効率が良いか。だったら最初の時に渡して欲しかったけど。
「これを回せばいいのか?」
色が違う一列を捻って回す。軽い力で動いたパズルは面の位置で正確に止まる。六面全ての色が揃ったルービックキューブはたちまち黒色に染まった。




