&73.いっしょ
名残惜しぬように一度強く抱きしめてから体を離す。
シズクちゃんに話した。話してしまった。私の罪を。許されない無かったことにしたい過去を。
怖くて顔が見れない。どう思ったんだろう。拒絶されたら嫌だ。嫌われたくない。どうか、憐れんだ目を向けないで。
臆病な私は笑顔を作って顔を上げた。そうすれば顔を見ないで済む。そうすれば心配させる事はない。そうすれば、心を守れる事を知っている。
「これが私の全部だよ。どう? 私の事、怖い?」
何事も無かったように明るく振る舞う。哀しい気持ちを少しでも見せたら伝染する。だから拍子抜けするぐらい明るく……笑い飛ばすぐらいの勢いで。
「怖いなら正直に言ってね。そしたら私はもうシズクちゃんに執着しないから。同種がいるから安心だよね。アハハッ、それにしてもここが死後の世界か。じゃあ家族はどこかに居るのかな……」
シズクちゃんから離れて立ち上がろうとした。けれど頭を抱えられて立つ事は出来なかった。
頭を抱きしめられて身動きが取れない。強引に抜け出す事は出来るけど、傷付けるような事は出来なかった。したくなかった。
「シズクちゃん……?」
顔を上げようとしたらさらに強く抱えられる。痛くはない。それよりもいい匂いがして、シズクちゃんの体温を感じて、心臓がドキドキ鳴ってる。絶対、今感じるような感情じゃない。けど、心は正直で、場違いにも歓喜に舞い上がっている。
「いっしょ。つくもしずくと、さめじぃ、いっしょ。いっしょ。うれしい」
全身の血が沸き立ったように体が熱い。何この可愛い人は……! 本当にもう……もうっ!
私の話を聞いていたのかとか、理解出来てるのかとか、そんな疑問もシズクちゃんの可愛さの前では全てどうでもよくなる。あぁ、可愛い。なんて可愛いんだ。最高か。最高だろ。……離したくない。離れたくない。
「ひと、ころした。ひとり、さびしい。つらいと、こわい。いっしょ」
身悶えてたのが次の言葉で固まった。目を瞠り、シズクちゃんを見る。
もしかして、境遇が同じだと言っているのか。カルトのせいで人が目の前で殺されていったシズクちゃんと、生まれてしまったから家族が死ぬことになった私が同じだと。
無関係の大多数と親しい家族。蚊帳の外と元凶。立ち位置なんかは正反対なのに、知られないよう隠された事や誰にも心の内を打ち明けれなかったところは似通っている。
私とシズクちゃんとでは罪の重さは全く違うけど、業の深さはきっとさほど変わらないのかも。まあ、そもそも測って比べるようなものじゃないけど。
「ずっと、いっしょいる。やくそく」
……いいの? こんな私でいいの?
強くない、強くなれなかったっ、卑屈で弱い私でも一緒に居ていいの?
肌の感覚が消えて頭が下がる。体を支えるために床に手をついた。手の上に雫が落ちる。
涙で霞む視界の端に白い物が置かれた。拭っても止まらない涙の合間に見えたのはドクロだった。リアリティの欠片もないほど白くキレイなドクロは作り物の様で、そんな姿ですらシズクちゃんだと愛しく見える。
手を伸ばす。躊躇いなく拾い上げて、胸に抱く。壊れないように優しく、でも離さないようにしっかりと。
顔を上げて前を見る。シズクちゃんの姿が見える。
私の可愛い人。心の底から欲する想いが溢れて止まらない。蓋をするなんて無理だ。見て見ぬフリなんか出来っこない。欲しい。一分一秒でも長く視界に入れたい。どんな言葉でも紡ぐ言葉が愛おしい。笑って。それだけで私の心は天にも登るほど嬉しくなる。
喉が詰まる。声が出なくて喘ぐように呼吸する。目から鼻から水が垂れる。唇を噛んで高ぶる感情を落ち着かせて、腔内に溜まった唾を呑み込む。
「シズクちゃん、好き……大好き!」
作り物じゃない笑みが勝手に浮かぶ。聞かなくても分かる。嬉しくて、心の底から笑ってる。
絶対に離さない。私と一緒に堕ちよう。私が手足となってイバラの道を突き進むから、極道になってくれ。
「さめじぃ……」
頬を赤く染める。照れた顔が可愛くて頬に手を伸ばす。でももう触れる事は出来なくなっていて、だから触っているように手を宙に留める。
「ナギと呼んで? シズクちゃん」
「な、ぎ……なぎ」
「うん」
シズクちゃんに名前を呼んでもらえた! やったー! 嬉しいー!
「なぎ!」
「なあに、シズクちゃん」
「えへへ、なぎ!」
何度も何度も私の名前を呼ぶ。照れたように顔を赤らめて、でも嬉しそうに頬を緩ませて、宝物のように名前を紡ぐ。あぁ、どうしよう。とても幸せだ。幸せで死にそう。あっ、もう死んでるか。
顔が緩む。嬉しさで今なら空を飛べそうだ。
「0」
声が聞こえる。横目に声の方を見れば黒い人と白い人がこちらを見ていた。敵対意思は感じられない。放っても問題ないかと判断して再びシズクちゃんに視線を戻す。
「あの……」
はぁ〜シズクちゃん可愛い! 存在するだけで癒される。可愛い。可愛い過ぎるぞ。変な人に連れ去られないか心配だ。あっ、でもこのドクロを取られなければいいのか。それなら良かった。絶対離さないし渡さない。
「あのっ! お話してもよろしいですか。さめじぃ、つくもしずく」
名前を呼ばれたシズクちゃんが振り向く。うあー、意識が逸れた。もっと見つめ合っていたかったのに……残念。
渋々、私も声の方に振り向く。注目してもらえて安心したのか、白い人がホッと小さく息を吐く。
「改めまして、私はノーフォ。以前はご無礼を、謝罪します。これが偽りなき、本来の姿になります」
白い人が軽く頭を下げる。ノーフォ、この世界の事を教えてくれた情報源。慌ててのお別れになった少女。あの時は体を借りてると言っていた。
ノーフォの姿に目を瞠る。彼女の姿はシズクちゃんとそっくりだった。一つだけ、瞳の色が違った。シズクちゃんは瞳まで白いのに対して、ノーフォは血のように赤い。逆にそれ以外は全く同じだ。目を閉じたらどちらか分からなくなるだろう。
……うん。外見は同じでもシズクちゃんしか可愛いと感じない。どんだけ外見が似通っていても中身が違えば別の人。どんな姿でもシズクちゃんだから可愛いんだ。
「それで、話って? この前の続き?」
て言っても半分も覚えてないけど。
「いいえ。以前はただ確認するだけで、説明はこの世界に来てしまった情け故の手向けでした。今回は折り入ってお二人にお願いがあります。どうか私に力をお貸しください」
「うん」
ノーフォが頭を下げるのと同時にシズクちゃんが頷く。
「シズクちゃん!?」
躊躇いを感じさせない即答ぶりに目を瞠る。内容も聞いてないのに安請け合いしちゃダメだよ。というか相槌……じゃないよね?
ほら、頼んでるノーフォも驚いて呆けているよ。
「え……えっと、詳しくご説明を」
「のーふぉ、たすける」
わーお、やる気満々だー。しかも話聞かなーい。アハハ、ノーフォが困惑して私に助けを求めている。そんなチラチラ視線を送ってこなくても大丈夫だって。私も困ってるから!
どうしちゃったのシズクちゃーん!?
「……ノーフォ」
「は、はいっ」
「そういうわけだから力貸すよ」
「はい! ……え? え、あのっ……えぇ?」
シズクちゃんがやる気に満ち溢れている。可愛い。それが他人に向けられているってのは面白くないけど、シズクちゃんのやりたい事は私のやるべき事だ。シズクちゃんがノーフォを助けたいと願うのなら、私は精一杯力を尽くそう。シズクちゃんの悲しむ顔は見たくない。
予想外に呆気なく承諾されたから、頼む側であるノーフォが受け入れられないで混乱している。何かワナがあるんじゃって疑っちゃうくらい怪しいよね。
でもね、私もシズクちゃんも理由は違うけど、あるのは裏表のない純粋な気持ちだよ。なんたって私たちは単純だからね。
「助ける代わりと言ってはなんだけどさ、ノーフォの知恵を貸してほしい」
だけどタダで力を貸すほど私はお人好しじゃない。見返りはちゃんともらうよ。要は助け合いだ。
「知恵、ですか」
安心したように落ち着きを取り戻す。もらってばかりだと気が引けるのだろう。願ってもない提案に喜びが見え隠れする。表情があまり顔に出ないタイプかと思ったけど、案外分かりやすい。気を張って固くなってるだけか?
「そう! 前にノーフォの話を聞いた後に決めたんだ。私は家族に会いたい。そしてシズクちゃんを自慢したい。この世界に家族が居ないのならシズクちゃんと二人で出ていく。私はその方法が知りたい」
要は二人揃って死ぬ方法だね。私は不死身だし、シズクちゃんは実体がない。まずどうすれば死ねるのかってところからだ。それが分かれば確実に同じタイミングで死ねる方法を検討する。
「それなら、話は早いです。私の願いも死ぬ事ですから」
自虐混じりの笑みを浮かべる。その眼を知っている。全てを諦めたような悲しみの眼。絶望してそれでも生きなければともがき苦しんで疲れた顔。
「以前にもこの世界は変わったとお伝えしました。元々、種族と言った垣根はありませんでした。それどころか、たった六人しか存在して居なかった。それが変化点によって今や管理が出来ないほどに増えた。純鬼族だった私はノロイストに成った」
ノーフォが机の引き出しから包丁を取り出した。すごいところに隠してんじゃん。ていうかちょっと気になったんだけど部屋のど真ん中を陣取るデッカイ鳥籠って何? 邪魔じゃね?
「っ、ノーフォ!?」
一呼吸置いてから、ノーフォは目を閉じて、握った包丁で自分の首を掻っ切った。
血が飛び散る。放物線を描くように血痕が跳ねて部屋を彩る。容赦なく切った首は傷が深くて出血多量で死に至る。けれどノーフォの体は倒れてない。首を押さえてるけどフラつく様子はなく立ったままだ。
「……このように、私は死ぬ事が出来なくなりました。どんな傷を負っても立ち所に治ってしまう。それこそ、原型が留めないほどの損傷だったとしても」
首から手を離す。覆われていた場所には切り傷がなかった。傷付けたという事実すら無かったかのようにキレイさっぱり元通り。飛び散った血だけがその過去を物語っている。
そういえば、首を切った後は切り傷から一滴も血が流れてなかったな。
「っ!?」
床に散った血が浮いてノーフォの元に戻っていく。手を翳すと吸い込まれるようにして血を吸収した。これで傷付いたという事実は一切なくなった。完全犯罪じゃん。
「それどころかこの血を摂取してしまった鬼族はノロイスト種に変わってしまいます。名前も性質も丸ごと。元から存在していないかのように消えて、後に残るのは忠実な下僕としての生」
むーん。なかなか酷な事になってるな。それなら死にたくなるのも納得だ。ノロイスト種が増える度にノーフォの心の傷が増えていく。
……うん? てことはシズクちゃんも……?
「ノーフォ……」
尋ねる前に部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。言葉が遮られて、思わず扉に視線を移す。
「これは、どういうつもりだぁ?」
静まり返った室内に怒気のこもった男の声が響く。いや、どういうつもりも何もこっちが聞きたいよ。急に入ってきたくせに何怒ってるの? てか誰だよお前。
男の無遠慮さに苛立ちが募る。口を開こうとして、視線の先に気がついた。男の視線はまっすぐノーフォに向かっていた。そしてノーフォは怯えたように小さく震えていた。
「兄、様……」




