&T12.勇者の剣
逃げた。逃げ出した。水色髪の女の人から、魔族から、イスリンから逃げた。
ただただこの場所から離れることだけを考えて体を動かした。何も見ないで、何も聞かないで、走り抜けた。
「――タロウ。タロウ。タロウ!」
「ッハイ!」
アイの声にハッと我に返った。周りを見渡すと森の中だった。無我夢中で走ったから、ここがどこか分からない。
「アイっ」
「タロウ、もうすぐ日が暮れる。今は隠れる場所を探すのが最優先」
「う、うん」
アイが言った通り太陽が沈みそうだった。夜になると包丁に襲われる。どこか、早く家に入らないと。
右を見ても左を見てもあるのは木だけ。それはそうだ。だって森の中だもん。必死になって森の中を駆け回る。
町の外には家が点在している。それは包丁から身を守るためだ。誰かの家ではない。誰が建てたかもわからない。町の外には家がある。それがこの世界では普通のことだとスミさんが言っていた。
洞くつを見つけた。でもここじゃダメだ。魔族なら魔法で壁を作れるけど、今はスミさんがいない。おれのせいで……て、ダメダメ! 落ち込むのは家に入ってからでも遅くない。
空を見上げるともう暗くなり始めていた。ここから夜になるまでは早い。焦りで呼吸が早くなる。
家、家、家……!
「っ……あれは!」
開けた場所に出た。そこにあるものに目を奪われた。家を探すとか夜になるとか焦りを忘れて、それから目が離せなかった。
「勇者の剣だ……」
ポツリと呟いた言葉が自分の耳に入る。それで目の前の光景に現実味が湧いてきた。
剣が地面に突き刺さっている。これって勇者にしか抜けない特別な剣だよね。勇者の剣でしょ。やったぁ! 三種の神器を見つけたよ。
「竹刀……?」
アイが呟く。なるほど。勇者の剣は「シナイ」って名前なのか。シナイ、シナイ……なんかカッコイイ!
剣に近づいて、剣の周りをぐるぐる回って色んな角度から眺める。斜めに突き刺さったシナイ。丸くてゴツゴツしてる。
ゴクリと唾を呑み込んで、持ち手の部分を掴んで引いた。
「ぐぬぬぬ……!」
ぬ、抜けない!?
体勢を変えても持ち方を変えても抜けない。ねじってみても回らないし、隙間を作るように動かしたら曲がった。勇者の剣は地面にガッチリ刺さってた。
おれ勇者なのに。こういうのって勇者なら簡単にスポッて抜けるんじゃないの? 今は鬼族だからダメなの?
「タロウ、タロウ。夜になる。竹刀は置いて早く家を探して」
「でもっ! 神器がここに……」
一回離れて、また戻ってこれる気がしない。今取らないと、多分もう見つけれないと思う。
「それは神器ではない」
「……え?」
アイの言葉に引っこ抜く姿勢のまま固まる。どういうこと? これは探してる神器の剣じゃないの?
「っ、タロウ避けて!」
「ぇ……わぁ!?」
顔を上げると目の前がキラリと光った。森の中に街灯なんてない。夜だけど、森の中だけど、開けた場所だからか月明かりでよく見える。
それは月明かりが反射して光った包丁だった。包丁がものすごいスピードで飛んでくる。
慌てて頭を抱えてしゃがむ。その上を包丁がビュンって通り過ぎた。
「あっ……ぶな〜」
ふぅっと息を吐いて後ろを振り返る。
「まだっ、気を抜かない!」
アイが叫ぶ。視線の先にまたキラリと光った。
「わわわっ!?」
包丁がまた飛んできた。前に飛んで避ける。なんとかギリギリかわせた。けど――
「タロウ!」
手とひざが地面につく。頭だけで振り向いて包丁の方を見る。宙に浮かんで、狙いを定めるように刃の先がこっちに向いた。
「あ……」
これ、避けられない。
包丁が向かってくる。体が動かない。目をぎゅっとつぶって体に力が入る。
「………………?」
待っても待っても痛みが来ない。ゆっくりと目を開けて、びっくりして尻もちつく。包丁が目の前にあった。後ちょっとで当たる、そのところで止まっていた。
ドックンドックンと心臓が大きな音を立てる。なにこれ……ビックリ? もしそうだったら、とても意地が悪い。
「……っ、タロウ無事!?」
「う、うん。おれはなんとも……」
怖くて後ろに下がりながら答える。離れても包丁は止まったまま。ピタリと動かない。でも宙に浮いてるし、いつまた動いてもおかしくない。
「うひゃっ! ……ぇ、ああ」
背中に何かが当たって体が跳ねた。振り返るとシナイだった。ビッッックリした〜。胸に手を当ててホッと息を吐き出す。
その後ろで微動だにしなかった包丁がカタカタと振動する。そのことに気づいていないタロウの視線は再び竹刀に向いている。
そして再び包丁が動き出す。振り下ろすような軌道を描いてタロウの背を襲う。けれど刃はタロウに届く前に止まる。何度か繰り返された包丁の挙動をアイは静かに観察していた。
一方、そんなことが起きているなんて知らない気づかないタロウは近くに落ちていた木の枝を拾って地面を掻いていた。ガリガリと竹刀の際を穴掘るように。
タロウは勇者の剣を諦められなかった。どうしても手に入れたい。神器じゃないと言われた言葉は包丁に襲われた恐怖で頭から抜け落ちていた。
竹の部分を掴んで揺らしながら枝で地面を掻き掘る。すごく地味だ。スコップがあればもっと早く掘れるのに。そう思いながらも一心不乱に掘り進める。全ては勇者の剣シナイを手に入れるために。これが魔王になるための第一歩と信じて疑わない。
カクっとシナイが傾く。木の枝を放って、両手でシナイを掴んで体重をかけて抜く。ズ、ズズ……と少しづつ抜けていく。綱引きの要領で引いていると、スポンっと抜けた。勢い余って尻もちついた。
けれど痛みは感じなかった。それよりも達成感が湧き上がる。目を輝かせてシナイを空に掲げる。
「と……取ったどーっ!」
喜びのまま声を上げる。
夜に大声を出せば近所迷惑になる。けれどここは森の中。そんなことを気にする必要はないほど人も家もない。
嬉しくなって笑みが浮かぶ。口が開いたままだということすら忘れるほどシナイに釘付けだった。
「カッケー……ん?」
ポツリと呟く。でもその後にフシギに思って首を傾ける。なんか、そんなにカッコよくない……?
『命名プロセスの実行を承諾』
すると突然声が聞こえた。周りを見渡して、真後ろにあった包丁に驚いて、アイを見つめる。
「アイ?」
アイの声だと思った。頭の中に直接語りかけているようで声音が似ていた。でも少し違う。膜を張ったような声だけじゃない声。
『旧名クリア。新名インプット。メモリー消去……不能。オーガニズム変更……不能。チャネル接続……不能。システム構築……不能。命名プロセスの実行不可により強制しゅ』
混乱する頭を突き放すように次々と声を投げ入れられる。口を挟むヒマすらなくて、海外の言葉を聞いてるみたいだった。聞こえてくる声がブツンと途切れた。
それから声は止まった。目をまばたかせる。シナイを掲げたまま固まっていた体を動かして腕を下ろす。声は剣を取ってから聞こえた。この剣が何かした?
指で突いて、なぞって、ぺたぺた触る。うーん? ブンブン振り回してると包丁に当たった。
「あ……」
包丁の刃がシナイに刺さった。わー、どうしようっ!?
あたふたして、包丁を抜こうと手を伸ばした時に再び声が響いた。
『ショートカット完了。命名プロセスの完了を確認』
シナイが強く光った。眩しくて目を瞑ってるのに瞼を貫通して突き刺すような光だった。片方は剣を握ったまま、もう片方の手で目を隠す。光が収まった直後だった。
「イヤァァアアアアアア!!??」
女の人の甲高い悲鳴が耳を突き抜けた。キーンと響いて、目を開けると強い光のせいか視界がぐにゃぐにゃ歪んでる。まばたきを繰り返すと今度は絶望に満ちた呟きが聞こえてきた。
「嘘だ。嘘だと言って。これは嫌だ。こんなの……最悪だ」
視界が元に戻って周りを見渡す。でも近くに誰も居なかった。じゃあこれは、誰の声?
「何すっとぼけたように首を傾げてるんだ! 君のせいなんだぞっ!」
責めるような声がかけられる。でも、どこから?
「鬼綿、カッケーン」
「ヤメテ! そんな名前で呼ばないで」
アイの言葉に沈痛な泣き言で返す。
「……一凜華」
「っ私の名前!?」
驚いたように声を上げる。くるくると表情が変わる人だ。顔は見えてないけど。ていうか本当に誰が喋ってるの?
「アイの知り合い?」
「クラスメイト。剣道部所属でクラス委員長」
学校の人か。そんな名前の人いたっけ? それに剣道部? ……うぅ、学校のことを思い出そうとすると頭が痛い。考えちゃダメ。
「ところでその……人はどこにいるの?」
「目の前」
アイの言葉に前を見る。でもどこにも人は居ない。
「居ないよ?」
「手に持ってる」
手に持ってるのはシナイだ。……うん? なんか形が変わった?
「竹刀が一凜華」
シナイがニノマエリンカ。シナイがニノマエリンカ?
シナイ、は勇者の剣。ニノマエリンカはクラスの人。勇者の剣がクラスの人。……剣が人?
「え、ええぇぇぇえええ!?!?!?」
「タロウうるさい」
「声デカっ」
「っ、ごめんなさい」




