&71.悪い男
おじいちゃんが死んだ。私が殺した。組同士の抗争があって、他にも死者が出た……と思う。
私が捕まったせいだ。私のせいでみんな死んだ。みんなが死んだのは私のせい。私がみんなを殺したんだ。
「ナギ」
お母さんを殺した。お父さんを殺した。おじいちゃんを殺した。次は……おばあちゃん?
「ナギ!」
ハッと意識が戻る。目の前におばあちゃんが居る。手を伸ばすと握られる。温かい。まだ、生きてる。まだ……まだ?
「おばあちゃん……おばあちゃんはっ、死なないよね? 居なくならないよね?」
何か言ってよ。うんって言って、頷いてよ。肯定してよ。笑って、バカだねって笑い飛ばして。
「人はいつか死ぬ」
まっすぐ目を合わせて静かに言った。
目を逸らすなと視線で射抜く。
耳を塞ぐなと両手を握られる。
言い聞かせるようにハッキリと通る声で告げる。
「生まれてから死ぬまでが人生だ。終わりは必ずやってくる。幸せの絶頂にいようが不幸のドン底にいようが、ガキでも老人でも男でも女でも関係ない。どれほど嫌だと拒んでも、朝日が昇るように死もまた平等に訪れる」
それが当たり前だから、だからしゃーないなって受け入れなきゃいけないの?
それが自然の摂理だから、そう決まっているから、悲しくても前を向かなきゃいけないの?
元の生活って何!? 家族が減ったのに、前と同じ生活なんて送れるわけないじゃん! どうしてっ、幸せになんて……なれないよ。
「振り返るのが悪いわけじゃない。立ち止まったって構わない。故人を想って泣いたっていいし、感傷にひたってもいい。だけど過去に囚われるな。哀しむなとは言わないし、ムリに笑わなくていい。休んでも怒らないし呆れない。想いの丈も感情の大きさも人それぞれだ。同じ人に対してでも家族だからと言ってアタシとナギが同じなわけがない。それが当たり前だし、受け入れる方法も時間だって違う」
う、嘘だ! 前におばあちゃんは怒った。お父さんが死んだ時、怒ったじゃん! ムリヤリ受け入れさせたじゃん!
「けどね、見当違いな自責だけはするな。自分がとか、自分のせいでとか、勘違いも甚だしい。生きたいのは当たり前だ。誰だって死ぬのは怖いし、死にたくない。それでも故人の想いを勝手に代弁するな。勝手に決めつけるな。それは一番やっちゃいけない事だ。人の気持ちは当人だけのものだ。恨みも憎しみも不幸も哀しみも他人が勝手に推し量っていいものじゃない。それを復讐のダシに使うのは一番のクソッタレだ」
「じゃあ……じゃあっ、おばあちゃんは憎くないの!? 大好きなっ、おじいちゃん……殺した、私がっ今、目の前にいるのに! おば、おばあちゃんの気持ちは……っ」
抱きしめられて、それ以上言葉が出せなくなった。
「どこに愛してる我が子を恨む親がいる。ナギが生きててくれて嬉しいよ。どれだけアタシが安心したか分からないだろ」
「でもぉ……でもっ、おじいちゃんが!」
おばあちゃんに縋りつく。誰がなんと言おうと事実は変わらない。私がおじいちゃんを殺した事実はなくならない。
「……キミちゃんが、いつかこうなる日が来ることは覚悟していた。籍を入れた日から、想いを自覚した瞬間からずっとだ。極道だから敵は多いし恨みも買う。組長なんてしているから尚更だ。進む道はイバラだらけで、死と隣り合わせの日々を送って、明日は居ないかもって不安な夜を過ごしたのだって数え切れない。不安でいっぱいで眠れない日もあった」
そんなおばあちゃん、考えられない。だっておばあちゃんは強くて、おじいちゃんとだってカッコイイからって……。
「どうしてアタシは結婚しちまったんだろうって後悔した日もある。だってそうだろう? 置いていかれるのは分かりきっている。苦労するのは目に見えてるし、極道でいい事なんてない。寂しい思いはさせないなんて言われた時はすぐに嘘つきだって言ってやったさ」
きっとお父さんも同じ気持ちだっただろう。私は極道しか知らないから、普通が分からない。けれどきっと、多分絶対、普通の生き方の方が幸せなんだろう。
「でもね、それ以上に好きなんだ。愛してるんだ。見つかったのが運の尽きさ。まっすぐ純粋な愛を向けられて嬉しくないわけがない。気にしないのはムリだった。悪い男だよキミちゃんは。悪くて、良い男でっ、とってもカッコイイ」
声が震えている。泣いている……?
抱きしめる手が強くなって、おばあちゃんの愛しい想いが伝わってくる。
そうだ。考えれば分かる簡単な事だ。おばあちゃんがカッコイイだけで結婚するほど単純じゃない。結婚は好き同士が一生一緒にいるために交わす誓い。
「アタシは死なないよ。ナギを置いて死んでたまるか。アタシが強いって知ってるだろ。強いヤツはしぶとく生き残るんだよ。だから安心しな。ナギを独りにはさせないよ」
抱きしめる力の強さが意志を物語る。目頭が熱くなったと思ったらすぐに涙が出てきた。涙腺ゆるゆるだ。
私も強く抱きしめ返す。おばあちゃんを離さないように、離れないように、連れていかれないように、しがみついて、引き留める。
「うん……うん! 私もっ、おばあちゃんを独りにはさせない。ずっといるよ。おじいちゃんが嫉妬するぐらい一緒に長く!」
「ははっ、そりゃあ良い。キミちゃんが羨むほどたくさんの思い出をつくろうな」
そう誓った日から、数日後におじいちゃんの葬式が執り行われた。やっぱり悲しくて涙が出たし、手の感触は消えてなくならなかった。
喪に服した間も塞ぎ込んだ日があったし、おばあちゃんと一緒に寝てもらった日もある。情緒が不安定で、何もかも嫌になった日は死にたくなった。
おばあちゃんはあれ以来、弱音を吐かないし涙も見せなかった。
それともう一つ変化があった。男に対する苦手意識が芽生えてしまった。意思とは関係なく体が強ばってしまうし、少しでも肌が触れると激しい嫌悪感を抱く。あの日の出来事がトラウマになって男性恐怖症に陥ってしまったらしい。
ウサちゃんは私の身は純潔だと言った。だから安心してと言われたけど意味がよく分からなかった。女が股から血を流すのは普通だって言われた時は気持ち悪くて吐きそうだった。
「ナギ」
「……っ、ぁ……ワカ。なあに?」
声が聞こえただけで息が詰まる。そんな自分が嫌で、震える体を戒めるように強く掴む。
隠すように笑って応える。
「今から買い出しに行ってくるけど、何か欲しいものはないか? なんでも言っていいぞ。金はあるからな」
「それこの前も聞いた。そんな頻繁に欲しいものなんか出てこないよ。前も言っただろ。思い浮かんだら言うって」
「絶対だぞ。ナギに限って遠慮はしないと思うけど、変な気は回すなよ」
「おい待てっ、どういう意味だ。あっ、言い逃げするな! ワカーっ!」
「行ってきまーすっ」
逃げるように走り去っていく背中に向かって叫ぶ。姿が完全に見えなくなってから息を吐き出す。手が震えているのを自覚する。ちゃんと振る舞えただろうか。おかしくなかったか。
でもこれも、ワカにはバレてるんだろうな。ずっと一緒に居たからお互い分かってる。それでも苦しくて不甲斐なくなる。
男性恐怖症になってから接し方が分からなくなった。みんなの理解力や気遣いは上等なもので不注意は生じなかった。お互い警戒しているような気まずさはあるものの、表面上生活には困らなかったと思う。
あれ以来、家の外に出ていない。囲いにも近寄ってない。だから当然だけど学校には行ってないし、道場も行けてない。
外は怖い。安全な場所はここだけだ。引きこもりと言われようと構うものか。怖いものは怖い。敷地内でも十分運動は出来るし、不便はない。元々外に知り合いはいないし、なんら問題はない。
でも、そうだな。一つ問題があるとすれば、それは願いが叶えられない事。閉じこもってたら好きな人に会えないし、出先での思い出作りも出来ない。
……あぁ、それは寂しいな。悲しいな。嫌だな。そう思っても一歩が踏み出せなかった。
そうして、おじいちゃんの一周忌がやってきた。




