&68.いつも通り
「よろしくお願いしますッ!」
道着に着替えて礼をしてから中に入る。先に着替えて待っていたおばあちゃんが振り返る。
わー、木刀持ってる。肩にかける姿がすごく様になっててカッコイイ。
「来たね……って前が反対だよ。帯の結び方も雑」
「えー、右前にしたよ?」
おじいちゃんの浴衣を直してるから自信あったのに。おばあちゃんがささっと直してくれた。
ここはおばあちゃんの親族が所有している道場だ。剣道、柔道、弓道の三道の教室を開いている。学校が終わってから教室が始まるまでの間は貸してくれることになった。
おばあちゃんは武術の天才だと言う。もう一つの三道である剣道、居合道、杖道で範士号を有し、その他多くの武道も齧っては段位を取得している。
「いいですかナギくん。武道とは武術を修練する事で心技体を鍛え、道徳や礼節を身に付ける事をいいます。ですから偏に強くなると言っても……」
「ゴチャゴチャ煩い!」
説明してくれていた先生に拳骨を落とす。すごい音がした。先生は涙目になって頭を押さえてる。すごく痛そう。
でも持っている木刀じゃなくて素手でまだ良かったと思う。木刀で叩かれたらもっと痛いだろうし。
「ったく、んな理屈はどうだっていいさ。武術ってのは合法的に相手をボコれるから楽しいんだ。強いヤツが勝つ。それがカッコイイ。理由なんてそれで十分さ」
「ちょっ、姉さん!」
「あーあー、ウマは何歳になっても頭が固いままだね。ま、だからこそ型に嵌った武道がお似合いなんだろうけど」
先生はおばあちゃんの弟でここの道場主だ。名前が燈馬だからウマ。おばあちゃんの弟はなんて呼ぶんだ? おばてい? ……おじじか?
「わー、ショウちゃんの道着姿は久しぶりに見た。やっぱりカッコイイ〜」
「なっ……んであなたまでいるんですか!? お義兄さん!」
私の隣にいつの間にかおじいちゃんが座っていた。最初はいなかったのに、いつ来たんだろう? 全然気付かなかった。
おばあちゃんの名前は翔虎だ。カッコイイだろっておばあちゃんに自慢されたことがある。私もカッコイイって思う。
「やー、だってオレだけ仲間外れみたいで寂しいもん。だから来ちゃった」
「来ちゃった……じゃなくて! あぁ、神聖な道場にヤクザが……」
先生が頭を抱える。背中を摩って慰める。
「おじじ先生。私もおばあちゃんも極道だよ」
「ナギくん……それは言わないでください」
あれ? もっと落ち込んじゃった。
「どうせここに居たってやる事ないし、寂しいなら組のヤツらと遊んでりゃいいじゃないか。大切な家族なんだろう?」
「大切な家族でも優先度は違うよ。当たり前じゃないか。オレの一番はショウちゃんだし、その次がナギだ。アイツらはどうしたってそれ以下だよ」
「はいはい。居ても構わないけどジャマするんじゃないよ。そん時ゃ追い出すからね」
「ふふっ、可愛いな〜。見てみてナギー、ショウちゃん照れて耳真っ赤だよ!」
おばあちゃんが怒っておじいちゃんを叩き出した。どうして言うんだろう? 黙っていればいいのに。
おばあちゃんに目の前に座るように促される。正座して聞く姿勢をとる。
「さて、ナギ。アタシが教えるのはなんでもありの格闘術だ。実践で使える技をバシバシ叩き込むからね」
うん、と頷く。競技に出るわけじゃないから武道である必要がない。それにケンカにルールは存在しないから、道徳や礼節も必要ない。空手とか柔道とかの枠にとらわれず、手当たり次第に実用的な技や動きを教わる。
「それじゃあ一番初めは居合術からだ」
居合術は刀が鞘に収まった状態で構え、抜刀の勢いで一撃を加え、納刀するまでがセットの武術だ。使うのは日本刀……真剣だ。
「実践……?」
首を傾げる。サムライみたいに普段から日本刀を持ち歩けという事か?
「居合術は一番実践からかけ離れた武術だよ。日本刀なんて持ち歩いたらまず銃刀法違反で捕まるよ」
じゃあなんで?
「武術の中でアタシが一番カッコイイと思ったのが居合術だからさ。スパっと斬るのは最高に気持ちいいんだ」
おばあちゃんはカッコイイが好きだ。カッコイイと思えば躊躇いなく行動する。それで昔は不良学校で一年経たずにトップに君臨した伝説のスケバンとなった。
ちなみに当時トップを張っていたのがおじいちゃんだ。結婚まで紆余曲折あったらしいが一番の決めては単純で、「虎が鮫を喰った」という響きがカッコイイかららしい。それを教えてくれたおじいちゃんはしたり顔をしていた。
お父さんが死んで一年が経った。喪が明けて、元の生活に戻らなければならない。
一周忌が終わるとおじいちゃんに呼ばれた。部屋に行くとおじいちゃん、おばあちゃん、ワカの三人が座っていた。
ワカは組で一番賢い人だ。腕っぷしが強くて頭も良い。だから経営の管理や難しい事は全部一任されている。おじいちゃんと気安い関係なのは幼馴染みだから。でも本部長まで登りつめたのはワカの実力だ。
ちなみにワカは若頭じゃない。名前が若劉士郎だからワカ。前は名前で呼んでたらしいけどおばあちゃんがカッコイイ名前って言ったからおじいちゃんがいじけて、それからワカ呼びだ。
三人の視線を受ける。大事な話ってなんだろう。一つ確かなのは楽しい話じゃないって事。そんな雰囲気じゃないし、なんだか気分が悪い。……あ、そうか。前と同じなんだ。お母さんの時と同じ。あの時も呼ばれてこんな雰囲気だった。
「ナギー! おいでおいで、オレのお膝に座って?」
と思ったけど違った。いつも通りに笑って胡座をかいた膝を叩く。
おじいちゃんの膝の上に座ると後ろからギュって抱きしめられて頭を撫でられる。
「気ぃ張って疲れたね。お腹空いてない? お菓子あるよ。落雁、大福、最中、羊羹。どれがいい……って大福だよね! はい、あーん」
「あー……んっ」
「美味しい?」
「ん!」
味は未だにあまり感じない。前みたいに美味しいから食べる事はなくなった。最初は味のしない物を無理やり飲み込んで気持ち悪かったけど、そうしないと心配させるから頑張った。食欲はないし美味しいと感じることはない。今はだいぶ良くなって、食事として食べれるぐらいにはなった。
口の中が無くなると前に運んでくるからまた口を開ける。するとワカが頭を押さえて大きなため息をついた。見るとずいぶん疲れた顔をしている。何かあったのかな。最中でも食べて元気だすといい。
「……苦手だからあげているわけじゃないですよね?」
指の隙間からジトーっとした目で覗き見る。さては疑っているな。そんなわけないじゃないか。皮の部分が張り付くからあまり食べたくないってだけだ。
「渚?」
「チガイマス」
またため息をついた。眉間のシワが前見た時より深くなってる気がする。ホントにおじいちゃんと同い歳?
「あっ!」
どら焼きだ。ワカがどら焼きを食べてる。机の上にはなかったのに。さては隠し持ってやがったな。ズルい!
「おじいちゃん……」
「ワカ、ナギがどら焼きを食べたいって。それ寄越せ」
「お断りします。それより仁、忘れていませんよね? 翔虎さんも傍観していないで諌めてください」
どら焼きの取り合いが始まるとワカがおばあちゃんに助け舟を出す。
「キミちゃんステイ」
「わん!」
「三人して遊ばないでくれ……」
ワカが再三ため息をついた。聞き捨てならない。私は遊んでないぞ。奪取したどら焼きで膨らんだ頬でワカを睨みつけた。
気を取り直して大事な話。私をおじいちゃんとおばあちゃんの養子にする話だった。
両親が亡くなって親権者が居なくなった。そうなると後見人が選定されるわけだけど、母方と父方ではどちらが選ばれるかは一目瞭然だ。
ワカがうんたらかんたら説明してるけどよく分からない。小学生の頭舐めんなよ。
ワカの話が一区切りついたっぽい。黙ってこっちを見ているから口を開く。
「いいよ。養子」
「そんな簡単に……。話の内容を理解出来てますか?」
「ううん。全然。でも大事な事なんでしょ? 三人でたくさん考えて、それがいいって思ったんでしょ? だったら、私はそれに従うよ」
「阿呆っ! 難しいからって人任せにするんじゃない。考えるのをやめるな。理解出来ないからって諦めるな。努力する意思ぐらい見せな!」
おばあちゃんから喝を入れられる。
そう言われても、分からないものは分からない。
「要約すると、外面上渚の両親は仁と翔虎さんになります。苗字も石熊ではなく鮫島になります。だからと言って今の関係性は何も変わりません。渚が桜と文哉さんの子である事実が無くなるわけではありません」
全然分からないけど。ワカの頭の中どうなってんの?
「うん。いいよ」
とにかく苗字が変わるってだけでしょ? 熊が鮫の着ぐるみを着るようなもの。だったら何も変わらないし、それでこっちにメリットがあるならそれでいい。
なのにどうして、そんな悲しそうな顔をするの。いい事なんでしょ? 必要な事でその方がいいんでしょ? なら喜んでよ。笑ってよ。
「なーに湿気た顔してんだ。ナギがいいってんだからいいじゃねえか。合意があれば出来るんだろ?」
「それは、そうですが……」
「ナギだってガキじゃねえ。ちゃんと考えてるよ。な、ナギ」
「おー!」
さすがおじいちゃん、分かってるー。
ワカはカゾクの中で一番私を子供扱いしてくる。カミナリもオバケも怖くないし、暗い所高い所だって平気なんだぞ。鍛えて強くなってるし、学校での勉強だって頑張ってるんだ。
それに今更、会った事もないお父さんの家族の元になんか行かない。一周忌にも来てないのに図々しい。
私の家族はここなんだ。極道だろうがなんだろうが、大好きなみんなが居るこの場所が私の居場所なんだ。絶対に離れるものか。
その数日後、ワカが手続きを終えて私は石熊渚から鮫島渚になった。
「よし。晴れて問題は解決したし、硬っ苦しい式で疲れたし、夜も遅いし……ナギ、一緒に寝よう!」
おじいちゃんは立ち上がると同時に私を高く持ち上げた。手を横に足を真っ直ぐ伸ばして飛行機のポーズをするとぐるぐる回る。楽しくて笑い声が出る。
「おばあちゃんと寝るー!」
「んなっ!?」
「よっしゃ二人で寝るぞナギ」
「ななっ!?」
支えがなくなって落ちる。受身をとって華麗に着地! ……失敗した。
「ダメだダメだ。ショウちゃんはオレと寝る! 誰にも渡さないぞ。おやすみ!」
おじいちゃんが取られないように素早くおばあちゃんを抱きしめるとそのまま抱えて連れ去った。バイバイと手を振って、残った菓子を食べる。
「夜遅くに食べると太りま「太らない」」
失礼な! 太ってないもん。デブじゃ……お腹を摘む。摘める。…………デブじゃないもん!
やかましいワカの口に最中を突っ込む。ふふん、これで共犯だもんね。ワカだけぶくぶく太るといい。
ワカが咽せた。バチが当たったんだ。ざまぁ。優しい私がお茶を注いで渡してあげる。あっ、どら焼き発見! もーらいっ。
「……っ、本当に良かったんですか?」
落ち着いたワカが真剣な顔で言ってくる。そんなに大事なのか。何度も何度も聞いて確かめるほど、大事な事なのか。
「うるさい。二言は無い」
一回で分かれよバカ。いいって言ってんだからいいんだよ。このわからず屋。
「だからいつまで経っても独り身なんだよ。それでじじぃになって、おいたわしい」
「なんだとゴラ渚ァ! もっぺん言ってみろや」
ワカがキレた。独り身だって気にしてるのか。今の今まで女っ気が全くなかったけど。結婚する気はあるのか。
「何度だって言ってやるよ。私の心配より自分の心配をするといい。歳を取るごとに結婚は難しいって聞いたぞ。年増女は全員難アリなんだぞ」
「おまっ、いや……それはどうかと……。いや、うーん。まあ……」
ハッハーン、論破したり。ワカを言い負かすのは気持ちいいな。
「そんなワカにこの私が直々に女心というものを教えてやろう! 泣いて感謝してあがめるといい」
「いや、いい」
「アァ?」
「恋も愛も知らないガキが何言ってんだ。女気もねえし、調子に乗るな」
「言わせておけば。私はお父さんに女のなんたるかを教わってんだ。あなどるなよじじぃ!」
「テメェ誰がジジィだ!!」
押し入れを開けて枕を掴むとワカに向かって投げる。罵倒と枕の投げ合いをしていると騒ぎに気付いた組員がやってきて嬉々と枕投げに混ざる。
そうして夜は更けて、いつの間にかみんなで雑魚寝していた。翌朝惨状を見たおばあちゃんに叱られたのは言うまでもない。
法事の時に感じた悲しい気持ちはいつの間にかなくなっていた。




