&6.空を飛ぶ
ヒャッホーーーイ!
ブウンブウンブウーーン。
プップー、パープーゥ。
今日はなんていい日なのでしょう。
雲一つない空。果てしなく続く荒野。転がる草。
最高のドライブ日和です!
…………プチッ
最高の潰され日和です!
………………ん? プチッ?
プチッ!?!?
慌てて振り返る。
ようやく会えた。あれから長かった。やっと、プチッをお目にかかれるんだ。待ってたぜ、この瞬間を。
私はお前を探していた。ずっと探していたさ。
苦い思いをしながら、お前に会う日を待ち望んだ。
さあさあ紳士淑女の皆様、目ん玉かっぴらってご覧あれ。
あちらに見えますは私の因縁の敵、プチッさんです!
……お、おぉ。で、デカイ……。
思ってた以上にデカイなプチッ。見上げる程のデカさ。いや私が小さいってのもあるだろうけど、それを抜きにしてもデカイと思う。
あっ、進行方向に居た人がプチッてされた。
人より全然デカイぞ。人と虫かよって思うぐらいにはデカかった。人がプチッで、虫が潰された人ね。
そして丸かった。私たち草みたいに丸かった。
てことは私も成長していけばアレくらいデカくなれるのか。
……ほーん。へー。ふーん。
なるほどね。うんうん、そっかー。
そうなるまでにどれだけかかるんだ……!
いーやーだー。なにあのデカさ、異常異常!
ムリムリムリだってあんな大きさ。建物かな。本当に生物?
ドームを丸めましたーとか言われた方がまだ説得力あるぜ。
落ち着けー私ー。深呼吸しよう。スッハッ!
ふう。先に姿を見ておいて正解だった。
意気揚々と挑みに行ってあれを見たなら、その大きさに圧倒されていただろう。出鼻をくじかれていただろう。ともすれば戦意を喪失する可能性だってある。
デカイというだけで力の差を示すには十分な要素である。それだけで他を威圧し、怯えさせれるのだ。
ふ、ふふっ……フハハハハ。
怖気付く? 恐怖で体が竦む?
バカ言え。
力の差は圧倒だ。それは見た目からも明確だ。
だからなんだ。だからどうした。
吹けば飛ぶような、そんなちっぽけな意志で私は強くなってきたわけじゃない。
デカ過ぎる? 大いに結構。
それでこそ私の最終目標に相応しいじゃないか。
あのデカブツを負かしてこそ、私は真の自由を手に入れるんだ。
私の中の怒りの炎はさらに燃え上がった。消える事は絶対にない。弱まる事もありえない。
この炎が収まる時はお前が倒れる時だ。私はどうやら死なないらしいからな。何度だって挑み続けてやる。
待ってろプチッ!
私は絶対、自由を手に入れる!!
そう宣言して、口ないけど、私は近くに居た人の足の下に滑り込み、踏まれるのだった。トホホ……。
念願だったプチッとの遭遇を果たした私は少し脱線しつつある。体良く言えば息抜き。正直に言えば目先の欲に浮気。
目の前に丁度いい感じの崖があった。
水や風に侵食されたようなカーブを描いた崖。先端部分が少しの衝撃で崩れ落ちそうな危険を感じさせるデンジャラスな崖。
その崖の前にはなだらかな坂。
そして私は荒野を転がる草。
風はない。けれど、私は走る事が出来る。少しだけど、跳ねる事も出来るようになった。
ここまで言えばお分かりだろう。
そう、私は空を飛ぶ!
人間の身では、生身では到底成しえない夢がある。
吹けば飛んでいってしまうような軽い草だからこそ成せる偉業がある。
風がなくったって飛ぶんだ。鳥のように羽ばたくことは出来ずとも、滑空も立派な飛行。
私、クサーさん。今から空を飛ぶの。
崖の手前に回り込んで下見する。うんうん、転がった感じ、減速するような悪路はなし。
助走距離を十分に取って停止する。振り返れば目の前には空への軌跡が見える。助走路に障害物はなし。
これ以上ない程、最高のコンディションじゃないか。
高鳴る鼓動を感じ……はしない。心臓ないから。血液流れてないから。
ここに来て初めての心躍る瞬間。……違う。初めてはツンツンさんだ。あの人の事は忘れない。「あっ」の声も覚えてる。仇討ちのためにもプチッは許しちゃいけねえ。
……そう思うんなら寄り道すんなよってね。うん。全くその通りだ。まさに正論。ぐうの音も出ないね。
だがしかし、ずっと蹴られ踏まれは精神衛生上よろしくない。本当に、頭がおかしくなる。
だって、コロコロコロ……ゲシッ。ゴロゴロゴローゲシッ! の繰り返しだよ。何が悲しくてわざわざ踏まれに行かないといけないんだ……!
そういうわけで、ずっとずぅっっっとやってると、私が死んじゃう。
体は無事でも心が死ぬ。心が死んだらただの草だ。
力があっても、それを的確に扱えなければ宝の持ち腐れだ。
目標があっても、そこに至る過程を耐えうる精神力がなければただの願望に成り下がる。
フィジカルとメンタル。両方が合わさって、人は完全なる強さを手に入れられる。
片方だけの半端者には、すぐに大きな壁が立ち塞がる。
今の私はどちらも足りてない未熟者だ。当たれば飛ぶような軽さに芯の通ってない柔さ。軟弱者だ。
草だから、は言い訳だ。言い訳をするのは簡単だ。逃げる事は楽だろう。
でも、それでも、私にだって譲れないものはある。小さな芽でもやがては大木になるように、私もまたプチッのように強大になれる。
諦めなければ夢は叶う。諦めずに努力し続けたからこそ、望んだ結果を得られるんだ。
私、クサーさん。今から空を飛ぶの。
よし。じゃあ早速……え? 今までの語りは何だったのかって? ……一般論かな。
いやほら、それはそれ。これはこれ、ってやつだよ。そうは言ってもね、って。
人生、いや草生。多少の楽しみがないとやってられない。
大通りから脇道に入ったってまた戻ればいいんだ。90度に逸れて後戻りしないままじゃなければ、ちょっとぐらいいいじゃないか。
そう、これは大事な一つの通過点である。子供だって遊びながら成長する。つまり、そういう事さ。
さあさあ、心の準備はオッケー!
ピョンピョン跳ねて体も準備万端!
オールオッケーいつでも行けます!
目の前一直線に転がれば崖がある。
その崖の先に、空は広がっている。
最初はゆっくりと、勢いが出てからはグングンと加速する。助走路にデコもボコも石もない。遮る物は何もなく、私はすぐに今現在の最高速度に到達する。
そのスピードのまま、坂を転がり登る。登坂で減速するのは仕方ない。想定の範囲内だ。急勾配じゃないからか、それほど減速していないのは嬉しい誤算だ。
このまま一気に転がる登る。
崖の向こう側に今、飛び込むっ!
アイ、キャーン、フラァーーーーッイ!!!!
地面がなくなり、一切の触覚が感じなくなった。
眼前に広がる荒野は終わりがないと思えるほどに広大だ。
建造物一つ見当たらない未開拓の地、大自然。
私は初めて、空を飛ぶ。
……っ!
言葉を失った。
その風景に、この感動に、心が奪われた。
時間が止まったような、そんな感覚があった。
それは僅か一秒にも満たない時間だった。
世界が動き出したと思った時には、視界は下がっていた。
お、落ちるーーーー!?!?
景色が広大過ぎた。大自然過ぎた。基準となる目標物がないから、落ちていると気付くのに時間がかかった。
草ー!! 軽いんだろぉーー!!
フワリなれよ!? 普通に落下してんじゃん!?
飛ぉおおおべぇえええええ!!!
………………ゴッ!
落ちたぁー。さよなら空。ただいま地面。