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&dead.  作者: 猫蓮
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&66.お嬢

 私には家族が大勢いた。生まれた時から、物心ついた時からそうだったから、これが当たり前だと思っていた。けれどそれは普通とは異なる家族のカタチをしていた。


 それに気付いたのは小学校の入学式。生まれてから一度も家の敷地から出た事がなかったから、その日が初めての外だった。正真正銘の箱入り娘で、世間知らずの私は浮き足立っていた。小学校や外出、初めての景色に興奮していた。期待や喜びに心が踊って、とにかく楽しかった。


 けれどその気持ちはすぐに萎んでいった。

 遠くから大人たちがコソコソとこちらを見て何かを囁きあってる。声は聞こえるけど内容までは聞き取れない。視線を向けると逸らされる。楽しい気持ちに水を差されたみたいで嫌な気分になった。


「ナギ、入学おめでとー!」


 それでもお父さんおじいちゃんおばあちゃんに祝福されて、そのモヤモヤはなくなった。頭を撫でられると笑みが浮かんで、家族の笑顔を見ると楽しくなる。


 だけど一つ気になることがあった。周りの子供たちが発する「お母さん」という言葉。その存在を当時の私は知らなかった。


 学校ではいつも独りだった。誰も私に近づかない。話しかけて来ない。近付いたら逃げられた。先生も怯えた顔をする。だから学校は楽しくなかった。


 ある日、クラスメイトの男子が私に突っかかってきた。


「お前がいるからガッコが楽しくないんだ! 出てけワルモノ! おれがせーばいしてやる!!」


「イッ……」


 突き飛ばされて床に手をつく。手のひらが擦って痛かった。


「へ、へーんっ。どうだまいったか!」


 顔を強ばらせて、でも気丈に威張る姿に腹が立った。だからやり返した。やられたからやり返す。それだけだった。相手と同じことをした。突き飛ばしただけで、たったそれだけで男子は声を上げて泣き出した。


 先に手を出したのは男子の方だ。教室で始まったケンカ未満のやり取りに、見物人はたくさんいた。騒ぎに駆けつけてきた先生は誰に何を聞くでもなく、真っ先に私をワルモノだと決めつけた。怯えた目を私に向けていた。


 連絡を受けて学校に来たお父さんは何も言わずに私を抱きしめた。そして、先生が話し始める前に私を抱き上げて学校から連れ去った。


 帰り道、お父さんの温もりに癒されて、ポツリポツリと学校での事を話した。私は悪くない。何も悪くない。


「そーかそーか。よく頑張ったな。えらいぞーナギ。ナギは何も悪かない。だから謝らなくていいよ」


 お父さんに肯定されて、沈んでいた気持ちが浮上していく。良かった。味方はいる。


「煙たがれんのはしゃーないな。ヤクザは世間一般じゃ受け入れのー悪人やもん。目ぇ付けられたら怖いがぁ、関わりたくないんやろ」


 鮫島組はこの地域一帯を縄張りとする暴力団組織、極道である。その組長である鮫島仁(サメジマキミ)は私のおじいちゃんだ。血の繋がりがある家族は三人だけで、他のカゾクは組の構成員だった。


「なんで」


 おじいちゃんは悪いことしてない。怖がられてるって知って、おじいちゃんに直接聞いた。組員は居場所がない人や生きづらい人たちばかりで、おじいちゃんが拾った野良犬だ。暴力も犯罪だってしていない。清くて善良な男たちの集まりだ。


「なんでもなにも、これが常識なの。ヤクザってだけで恐怖の対象だし、その先は見ようとしない。近づきたくないから当然よ。あっ、じゃあ勉強兼ねて任侠映画でも見よまい。わっちおすすめ、ようけ泣けるアッチィのがあってな。そーと決まればはよ帰ろ!」


 そう言って笑うお父さんの顔に悲しみはなかった。昼下がりの太陽の下で私の手を引いて笑顔をみせるお父さんは、とてもキレイで太陽に負けないぐらい輝いて見えた。


 お父さんは極道の事を客観的に教えてくれた。それはお父さんが元はこの世界の人間じゃなかったから。長くは居るけど染まりきっていない。

 お父さんは婿入りして極道の世界に足を踏み入れた人間だった。それを知ったのは同年小学校一年生の秋頃。家の敷地内でかくれんぼをしていた時だった。


 庭の奥の方に小屋を見つけた。その小屋の中には写真が飾られていた。お父さんと知らない女の人。二人とも楽しそうに笑っていた。


「あっお嬢! みぃーっけ」


 こんな顔、知らない。写真に写ってるようなお父さんの顔は見た事ない。でもこの表情は知ってる。意味を知っている。だから余計に怖くなった。知りたくない。だけど目が離せなかった。

 これは誰だ。お父さんと一緒に写っているこの女は……。


「お嬢? おーいお嬢ー? 見つけたよー、タッチタッチ」


「……なあ。この人、誰?」


 探しに来た鬼役に尋ねる。後ろから覗き込んだ彼はわかりやすく焦る。


「えっ……あぁ!? それっ、あ……いやーハハー……」


 知ってるのに隠そうとする。それがムカついて、服を掴んでもう一度尋ねた。


「答えろ」


「え、えーっと?」


 目を泳がせる。隠し事がヘタなんだから早く白状すればいいのに。上手く切り抜けられる言い訳でも考えてるのか歯切れの悪い声を出す。けど残念な頭じゃいくら考えても良い案は思い浮かばない。

 その様子を見て口角を上げる。


「そうか。答えないか。なら仕方ない。おじいちゃんが楽しみにしてた大福を食べた事を教えてあげなくてはな」


 教えてくれないのなら仕方ない。答えたくなるようにするだけだ。

 かくれんぼの前に二人で盗み食いをした。おじいちゃんが楽しみに取っていた大福だ。袋を持って嬉しそうに帰ってきた姿は記憶に新しい。


「ちょお待つッス! それお嬢も共犯ッスよね!?」


「何を言う。お前も知ってるだろう。おじいちゃんは私に甘い。怒られるのはお前だけだ」


「きゃーっ、そんな殺生な〜」


「ならば観念して吐くといい。そうすれば楽になる。さあ、さあ!」


 唸って頭を抱えて、諦めた彼はポツリポツリと小さな声で語り始めた。


「声が小さい!」


「ダァーっ、もうオレ知らないッスから!」


 そうして聞き出したのは私の知らない「お母さん」についてだった。


 お父さんと一緒に写っている女の人は私のお母さん。おじいちゃんとおばあちゃんの子で名前を桜という。

 生まれつき身体の弱い人で、それゆえか大人しい性格だった。


「あっでも、()()が姐さんを捕まえた姿はおやっさんに似てました! やっぱ鮫島の血筋って感じだったッス」


 ちなみにお父さんは姐さんと呼ばれている。料理が得意で炊事はお父さんの仕事だ。ご飯がいつも美味い。


 結婚して、お母さんの姓はお父さんの姓、石熊になった。けど家は変わらず鮫島家だった。二人はこの離れで生活していた。そして結婚してから数年が経ち、お母さんは出産と同時に亡くなった。


「ただでさえ出産は命懸けなのに、身体は弱いし体力が持たないからって、危険だって何度も止めたッス。それでも()()は反対を押し切ってお嬢を産んだ」


「なんで」


 死ぬ可能性が高いと知ってなお、私を産んだのだろう。もし出産していなければ、まだ生きていたかもしれないのに。


「さぁッス。オレは()()じゃないから何を考えてたかは知らねーッス。でもこれだけは知ってる。姐さんといた()()は、とても幸せそうでした」


 懐かしむように目を細める。他人事なのに、自分の事のように嬉しそうに語る。

 もう一度写真に視線を移す。こんな紙切れ一枚だけでも十分幸せだったことが伝わってくる。


 お母さんは私を産んで死んだ。私のせいでお母さんは死んだ。私が殺した? 私が居るから、お母さんは居ないんだ。私が殺したからここには居ないんだ。


 私の知らない人。でもみんなにとっては知ってる人。多分、私より長くここに居た家族。この家のお嬢。


 ここは大事な場所だ。お父さんとお母さんの大切な思い出の場所。ここまで私が取ったらダメだ。返さないと。残さないと。触っちゃダメだ。汚しちゃダメだ。踏み込んでいい場所じゃない。

 離れから逃げるように走り去った。


「お嬢? お嬢ー……アダッ」


 聞きたくない言葉を殴って塞ぐ。そのまま服を引っ張って引き摺って母屋に向かう。みんなを探す。いつも隠れてコソコソ遊んでる部屋から声が聞こえて、勢いよく戸を開け放つ。


「っ、お嬢!? うわっ……!?」


 小さく身を寄せ合う彼らの元に男を放り投げる。慌てふためく彼らを見下ろして腕を組む。大きい音を聞きつけて他のみんなが集まってくる。おおよそ集まったのを確認してから口を開く。


「聞け、お前たち。これからは私をお嬢と呼ぶな。その呼び方はお母さんのものだ。だから、私の事はナギと呼ぶといい。分かったか!」


 ざわめきをかき消すように声を張り上げた。言い終わるとしんと場が静まる。フンッと漏らした鼻息が鮮明に耳に届く。


「お、お嬢……ィデッ」


 呼ぶなと言ったのに。頭が足りないヤツは殴って分からせる。こんな簡単な言いつけも守れないなんて残念過ぎる。


「おーおーこんなとこに集まってなんの遊びしてんだ? ……どうした、ナギ?」


「おじいちゃん」


 帰ってたのか。廊下の先から道を開けられてこっちに来る。部屋の周りを見渡して、私を見て首を傾げる。変な空気が流れてることに気付いたのだろう。それが私のせいだってことも。


「みんなに私のことナギと呼ぶように言っただけだ。……そうだっ、おじいちゃん! 大福、美味しかった」


「ちょお!」


 さっき放り投げた男が焦ったような声が上げる。

 それでその場に居た全員が状況を察した。「あ、コイツまたやったな」と。盗み食いをしたことは初めてじゃない。なんなら何度もやってる。そして今みたいに感想を言っちゃうからすぐにバレる。


「え?」


「……ん?」


 どうしたんだろう? さっきより空気が変になった。


「ほう……。そうかそうか。美味しかったか!」


 明るい声で嬉しそうに笑う。つられて私も笑う。

 けれど誰がどう見ても怒っていると分かる。ただ一人、分からないのは元凶である私だけだった。


 周りにせっつかれて、声を上げた男が前に押し出される。ダラダラと冷や汗を流して、今にも倒れそうなほど顔色が悪くなっている。

 これは共犯者だけがおじいちゃんに叱られるまでがセットだ。学習力のない私は幾度となく同じ過ちを犯し、それに巻き込まれる男は泣きを見る。


「お嬢のバカ〜」


 雷が落ちたみたいに怒られて、拳骨を食らった。男は泣きながら私に迫る。大の大人が泣くな。みっともない。


「ナギだ」


 それから、わからず屋のバカをもう一度殴った。






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