&T11.鬼ごっこ
一日経って雨がやんだ。気を取り直して、しゅっぱーつ!
外に出て地図を開く。まずはどこに行こう。
「家を出てまっすぐ、ノスターに向かう」
頭の中に浮かんだ疑問はすぐにアイが答えをくれた。
「わかった!」
地図をしまって言われた通りにまっすぐ歩く。森の中で道がないから、よそ見をしないようにしないと。
てくてくと歩いて、無言なのがつまらなくて口を開く。
「なあアイ、神器ってどんなの? カッコイイ?」
「三種の神器は覆・剣・冠。ノスターには覆、生命を包み隠して護る『迷彩外套』。エストファには剣、生命が死に到る『蝮宝剣』、サスマーには冠、生命に栄えある光を灯す『光輪花冠』」
「へー……?」
なんか、カッコイイ感じがしない。
マヨネーズ色の服? 剣なのに盾? 王冠が輪っか?
…………どういうこと???
もっとこう……伝説の剣とか、エクスカリバーとか! カッコイイ感じのなかったの?
「カッコイイの?」
「……」
「アイ?」
「……」
何も言わない。カッコよくないってことか〜。
アイはウソを言わない。ウソはどろぼうの始まりだって。でも正直に言えば相手を傷つけることになるのを知ってるから、何も言わない。
そうじゃなくてもカワイイだとかキレイだとかの感想も言わないけど。でも言わないだけで感想は抱いてるし、何を思ってるかはなんとなくわかる。だからアイもカッコイイって思ってないことにも気づいた。
「そう言えば、神器ってなんで三つなの? 町は四つあるから四つじゃないの?」
強い武器なら多い方がいいよね。
「神器は鬼族の領地にと言った。それに、作り物の魔族には何もない」
あ、呆れてる。ため息でもつきそうな感じだ。えー、言ったかなー?
それに、魔族が作り物ってどういうこと? スミさんは魔族だけど、ちゃんと動いてるし生きてるよ?
「タロウの目には魔族が人間のように見えている……」
ポツリと呟くアイの声は聞こえなかった。
「ねぇスミさん……スミさん?」
作り物じゃないって確認するように振り返ってスミさんを見る。スミさんはどこ見てるんだろうってぐらい遠くを見ていた。声をかけても返事がないし、目の前で手を振っても眼が動かない。ぼーっとしている。でもちゃんと歩いてる。
「スミさん。スミさん」
袖を引く。ぼーっとしてたら危ないよ。転けたら痛いよ。でも全然こっちを見ない。
どうしたんだろう。そう言えばスミさんがこうなったのってアイの家に来てからだよね。かしこまってるのかな。アイの家ってスゴイらしいから。
「タロウ隠れて」
「え? ……うん」
アイに言われて、近くの木に隠れる。スミさんも一緒に隠れる。
少しすると旗を持った子供が列を連れて歩いてきた。みんな同じ格好をしてるし……学校の遠足かな?
「あれも鬼族?」
「そう。先頭がノーム、その後ろにコベルとフェイ」
旗を持ってるのがノーム。よく見ると腕が四本ある! スゲーっ、怪獣みたい。
「その後ろは?」
「コベルとフェイ」
同じことを言う。それは聞いた。
「その後ろだって」
「コベルとフェイ」
三回も言われた。どういう意味?
一番前がノームって子で、その後ろにいるどっちかがコベルでどっちかがフェイでしょ? まだ後ろには何人かいるよ?
「個体名ではなく種族名。小鬼族の下位種、ノーム種のコベルとファータ種のフェイ」
首を傾けると補足された。ああ、なるほどと手を合わせる。
それにしても彼らはどこに行くんだろう。ついて行っちゃダメかな。あの鬼族たちからは前の羽が生えた鬼族みたいな怖い感じはしない。それどころか仲良くお散歩していて楽しそうだ。どこに行くんだろう?
視線を感じて横を見るとアイがジッと見てくる。え、なに?
「却下」
何も言ってないのにダメだし。
スミさんもガッチリ肩を掴んで行かせないようにしている。
ついて行っちゃダメ?
「却下」
心を読んだように否定された。ざんねん。
「もうすぐノスターに着く。神器優先。早く見つける」
「はーい……ん? どこにあるかわからないの!?」
「ノロイスト種が居る丸か、コナキが居る郭か、どちらでもない場所」
「つまりわからないってことだよね!?」
鬼族が居るのにどうやって探せばいいんだよ。見つかったらダメって難しいよ。
「何が分からないの?」
「見つからずに探す方法だよ」
「何を探してるの?」
「神器だよ……っ!」
何を言ってるんだと振り返った先には、さっき見たノームがいた。結構離れてたのに、気付いたら近くにいた。全然気付かなかったし、何より見つかった。
「ノーム!?」
おどろいて大きな声が出た。体も飛び跳ねて、後ろに下がった。
ノームはドッキリが成功したみたいに嬉しそうに笑う。
「うん、ボクはレクレク。初めましてフシギな魔族」
フシギな魔族っておれのこと? でもおれって鬼族でも魔族でもない勇者なんじゃないの?
違うよっていう前にノームが手を叩いた。
「そうだ! イイコト考えた」
ニンマリと笑みを深める。その笑みが羽が生えた鬼族と同じに見えて、危機感が芽生える。や、ヤバいかも。
「みんなー、傾聴注目〜。今から追いかけっこを始めるよ。ルールは簡単、一番最初にフラッグを取った者が勝者だよ」
「はーい!」
ノームが旗を掲げて先生みたいな感じで言う。元気よく手を挙げるコベルとフェイになぜか嫌な予感が止まらない。少しずつ、気付かれないように後ろに下がって離れる。
「あーげた! 追いつかれないようにガンバってね」
ノームが持っていた旗をおれに押し付ける。すると旗が体に入り込むみたいに消えてしまった。え、なにマジック?
「マズイ」
アイが焦ったように言う。マズイって何が……。
そう聞こうと口を開くよりも先にノームが宣言する。
「追いかけっこしーましょ。そうしましょ!」
ノームの合図でコベルとフェイが一斉におれに向かってくる。
「逃げて!」
アイが叫ぶ。逃げなきゃダメだってわかってるのに、体が動かない。たくさんの小さい手が伸びてくる。
「『ツラペド・エヴィッラ』!」
触れると思った次の瞬間、すぐ目の前にあった手が見えなくなった。一瞬にして目の前から消えた。
「っ……!?」
「危なかった」
おどろいているとアイの声が聞こえた。それで知らない内に止めていた息を吐いて、まばたきする。体の力が抜けて脱力する。
消えたのは鬼族じゃなくておれたちの方らしい。周りの景色も変わってて、辺りを見渡すと最初の町だった。瞬間移動で戻ってきた?
「アイっ……アイがやったの?」
助かった。多分、触られると危なかったよね。
「違う。スミの魔力で転移した。でもまだ旗は消えてない」
おれの胸元には旗の跡があった。触ってもわからなくて、擦っても消えない。これが消えてない内は遊びが継続しているとアイは言った。
「どうすればいいの!?」
ずっと追いかけられるの?
もしかして……鬼族全員が敵?
「ノームの鬼力は遊びになぞらえている。種目は追いかけっこ。ルールは鬼に捕まると負け」
「か、勝つには……?」
「制限時間の経過。けれど時間を設定しているのかは不確定」
それじゃあ、旗が消えるまで鬼族に怯えながら過ごさないといけないの? 早く神器を見つけてアイを助けたいのに、こんなところで立ち止まってる場合じゃないのに……どうすれば!?
「最も確実な勝利条件」
「あるの!?」
さすがアイ。アイをジッと見て、次の言葉を待つ。早く聞きたい。教えて教えて。
「鬼族の全滅」
「……ぇ」
言っている言葉がわからなかった。ううん、わかりたくなかった。だってそれって……。
「追いかける側が居なくなれば自ずと追いかけられる側の勝利。ただし、触られないことが絶対条件だから難易度は高い。コベルとフェイは四体ずつ。ノームが数に入っているかは不明だけど大きく差はない」
やめて。聞きたくない。なんでそんな怖いことを言うの? アイ……どうしたの?
「でも、今の状態でいるメリットもある」
聞きたくなくて耳を塞ぐ。だけど声は聞こえてくる。
さっきと変わらない平坦な声で、だけど気遣うような声音に顔を上げる。
「……なに」
「鬼であること」
「どういうこと?」
言っていることの意味がわからなくて首を傾ける。
「追いかけっこは鬼ごっこの一種。ごっこと名のつく通り、これは鬼になりきって行う遊び。参加している今、タロウは擬似的に鬼族となっている」
「…………つまり?」
「鬼族の領地に入ってもバレない。……かもしれない」
なるほど……? てことはもしあのまま入ってたらヤバかったってこと? うわー、危ない。どっちにしても危ないってことじゃん!
スミさんにはまた助けられた。助けてもらってばっかりだ。お礼の言葉しか返せないのが心苦しい。
「ありがとうスミさん……スミさん?」
振り返って、周りを見渡して……でも、スミさんの姿はどこにもない。どこにもなかった。
「ねえ!」
通りかかった人を呼び止める。
「鬼族っ……あら? 勇者……?」
大袈裟なくらいビックリした女の人は瞬きして首を傾ける。アイが言った通り、おれは鬼族に見えるようだ。でもよくよく見れば勇者って気付ける感じらしい。おどろかすつもりはなかった。知らなかったとはいえ悪いことをした。それでも謝るよりも先に聞きたいことが口に出た。
「スミさんがどこにいるか知ってますか?」
「スミなら今は居ないわ」
あれ? この感じ……知ってる。前にもあった。とても嫌な予感がする。
「それって、もしかして……っ消えた……の?」
恐る恐る尋ねる。お願い、違うって言って。
そう願っても変わることはなかった。
「ええ、そうよ」
確信を持って縦に頷く。やめて。そんな風に言わないで。そんな、何でもないことのように言わないで。悲しいでも可哀想でもいいから、何か想ってよ。同じ町で暮らした知り合いでしょ?
「あっ……」
違う。スミさんが消えたのはおれのせいだ。おれが外に行きたいって言ったから。おれが危ない目にあったから。
スミさんは力を使って、おれを助けて、消えたんだ。おれのせいでスミさんが消えた。おれがワガママを言ったから、スミさんが消えた。おれのせいで……おれが、スミさんをっ。
「勇者」
後ろから声が聞こえて振り返る。さっき話していた女の人はもう目の前からいなくなっていた。
水色髪の女の人。その人は見覚えがあった。ヤサンの相手をしていた優しい人。でもなんだか少し変わった気がする。どこかはわからないけど何かが違う。
今は一人で、ヤサンの姿はなかった。彼はちゃんと魔法が使えるようになったのかな。
「あ、あのっ……スミさんが……」
首を横に振られて言葉が詰まる。
「スミは名誉ある行動をしました。それでも悔やむのなら悲しむより讃えてください。立ち止まらず前に進んでください。それが彼女の……いえ、魔族のためになります」
魔族のため?
「魔王の誕生は魔族にとって夢にも思ってない事です。たとえ泡沫の夢であっても。ですから勇者は前だけを見て進んでください。何も問題ありません」
心を感じない冷たい声に何も言えなかった。だって何を言っても響かないって気付いてしまった。訴えかけるだけムダだって思ってしまった。何よりも、感情を感じない彼女がとても恐ろしかった。




