&62.後悔を一つ
頭を斬った。はずだった。
堪らず舌打ちする。
頭は生きてる。ギリギリで首に避けたのか。完全に気を抜いていたはずなのに、なんとも命汚いヤツだ。
だがさすがに、すぐには再生しないはずだ。このままトドメを――
「っ!?」
足を掴まれた!? 何が……と視線を下げると足首を掴む手が見えた。手から腕へと視線を沿わすと驚愕した。なぜ、切り離した胴体を動かせる!?
ヤツに一身他身の能力はないはずだ。いや、そもそもアレはこんな力ではない。
それに、なんて怪力だ。掴まれた足が動かせない。こんなもの……!?
胴体を見てると、不審な点に気付いた。視線を多娥丸、ヤツの頭へと移す。ない。やはりない。どうして……なぜ血が流れてないんだ!?
不可解な点が多い。ヤツが生きてるのだって、本来ありえないことだ。確かにこの目で見た。親父に殺されたところを。消えるその瞬間を。
「な、なに……?」
ヤツが怯えた様子を見せる。白々しいフリを……しまった!? 時間稼ぎか。邪魔な手を切り離して急いで頭部に向かう。
誇り高き戦士である我らオーク種は核たる頭部を破壊しなければ死ぬことはない。どれだけ胴体に損傷を受けたとしても頭部さえ無事なら何回でも再生できる。
動揺していたとはいえ初歩的なミスをした。僅かでもヤツに時間を与えてしまった。再生される前に早く頭をっ!
「おいおいおい。随分と刺激的な挨拶じゃないか」
真上からの突きを防がれた。くっ、再生が早い!?
ヤツは強がるように口角を上げて挑発する。
「なぜお前が生きてる!?」
憎い。憎い憎い憎い!
一度たりとも忘れた事はない。一日でも思い出さない日はなかった。悲しかった。悔しかった。恨めしかった。それでも終わった事だからと無理矢理飲み込んだ。重苦しい気が晴れる事はなかった。
「何を言ってるんだ? 私とお前は今、初めて会ったんだぞ」
だと言うのに、この男は!
訝しむ様子が頭にきた。本気で言ってるのか!?
「ふざけるな! 記憶を消して逃げるつもりか。そんな事は絶対にさせない。自分のやったことを思い出せ! 罪を償え!」
激しい怒りそのままに攻め立てる。力で押し負けてるのにしっかりと防いでる事も腹立たしい。
蘇ると同時に記憶をなくした? だから何も覚えてないというのか?
だがそれがどうした。そんなもの言い訳にならない。忘れたとしても犯した罪は消えない。死んで償っても生き返ったなら無効だ。この地に存在してはいけないんだ。死んでなお苦しみ続けなければいけないんだ。
「だから! 知らないって言ってるだろ!」
なのに、のうのうと生きやがる。それも全て忘れて。何もなかった事にして。それが酷く癪に障る。
力任せに押し返される。けれどそれが大振りになって、隙をつくった。すぐに切り返して刀を振るう。袈裟斬りでヤツの腕を切り落とした。地面に落ちる前に遠くに蹴り飛ばす。
ヤツが体勢が崩す。立て直しは間に合わないだろうし、させない。すぐに終わらせてやる。今度こそ、永遠に死に償え。
「家族を殺した裏切り者ガァ! その気味が悪い骨ごと、頭をぶった斬る!!」
「――……あ"?」
頭を狙った一撃は受け止められた。目を瞠る。刀身を手で掴んで止めた!?
押し切ろうにもビクともしない。さっきまでは本気ではなかったというのか。舐めた真似を……!?
押し切る手が止まり、薙ぐように斬って振り払う。後ろに飛び退って距離を取る。
チャンスだった。武器を失い、腕を失ったヤツにトドメを刺す絶好の機会。けれど気付けば体はヤツから離れていた。
後退は恐怖の表れか。危機を察知した条件反射か。
分からない。自身のとった行動に理解が追いついてない。
なぜあのまま攻撃しなかったのか。トドメをさせば終わるんだ。なのに、どうして距離をとったのか。
けれどその思考はすぐに霧散した。目の前の敵討ちの様子が異様に感じて、意識が釘付けになる。
「もう黙れ」
地を這うような低い声が体が押し潰されるような重圧に感じる。だらりと弛緩しているのに、両手がないのに、隙が一切見られない。感情というものが削ぎ落ちた顔に、光を失った瞳。
ガラリと変わった雰囲気に戸惑いが隠せない。ヤツから生を感じなくなった。だがそれとは反対に強い気配を感じる。その気配はどことなく、親父に似ていた。
ピクリと手が動いた。それで実感した。手汗をかいている事を。緊張している事を。怖気ついている事を。
ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!
負けてなるものか。殺されてなるものか。敵を討つんだ。もう誰も殺させない。奪わせない。家族の過ちは、家族で払う!
気持ちを奮い立たせる。力の差は同じ……いや、俺の方が少し上だった。だが侮るつもりはない。確実に殺してやる。
もう誰一人、殺させやしない!
「うぉぉおおお!」
突進する。何故かヤツの視線は俺を見てない。舐めているのか。それでも構わない。殺せるのならなんだっていい。
「なっ!?」
上から振り下ろした刀を受け止めた。異様な形状の白い武器。腕と一緒に遠くに蹴飛ばしたそれを動いてもないヤツが手にして、攻撃を受け止めている。
なぜだ。分からない。分からないことだらけだ。不気味で悍ましい。なんだ……コイツはこんなヤツだったか?
目の前にいる男は誰だ。俺の知ってるアイツとは違う?
俺は今、何と戦ってるんだ……?
ぞわりと得体の知れない恐怖が走る。
恐れている? この俺が、恐怖を感じている?
ありえない。こんなこと……ありえてなるものか!
俺は誇り高き戦士オーク種にして上位種のオークマーシャル、ハチライドゥーシだ!
死に損ないに恐怖を……ましてや負けるなど、あってはならない!
「……え」
気付けば視界には空が映っていた。
倒れている。誰が……俺が?
俺が、地面に倒れている……?
なぜ……っ!? 四肢が斬られている。いつ斬られた? 痛みを感じなかった。斬られた事にも気付けなかった。
誰がやった……なんて、一人しかいない。
影がかかる。上から見下ろす生気のない瞳を睨みつける。
「そうやってまた家族を殺すのか! また過ちを繰り返すのか! 俺は許さねぇ。絶対に許すものか!」
反応がない。意思を感じられない。
それでも声を上げる。叫ばずにはいられなかった。
どうせ殺されるのなら呪ってやる。自覚しろ。自責の念に押し潰されろ。苦しめ。苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ!
そしてもう誰も……殺さないでくれ。
「お前はっ、あんなにユウを慕っていたのに……なんでっ。なんで殺した! 答えろっ! イシクマぁぁあああアア」
頭を貫かれた。あぁ、くそっ。ここまでなのか。ここで、終わっちまうのか。
体が動かない。消えて沈んでいく。俺は死ぬんだ。このまま、何も成せずに消えてしまう。だけど、死を理解すると激情が凪いで頭が冷静になった。
悪いユウ。お前は敵討ちなんて望んでないかもしれない。何か理由があったのかも知らない。俺は殺された瞬間しか見てないから、詳しい事を知らない。でも、気持ちの落とし所が見つからねぇんだ。ダシに使う真似して、結果悪化させて……馬鹿だよな。
悪い親父。負けちまった。オークマーシャルになって、多娥丸まで授けてくれたのにこんなザマ晒して。期待されて嬉しかった。応えられなくて悔しいっ。
悪いシボク。特訓に付き合ってやれなくなった。でもお前は、俺より素質があるから俺以上に強くなれる。だから、頼む。親父を、家族を守り支えてくれ。
「っ兄貴!」
声が聞こえた。視界の端に、シボクの姿が見えた。
あぁクソっ、最悪なタイミングだ。もう少し遅れてたら、こんな姿を見られずに済んだのに。そしたら俺みたいにここまで苦しい想いはしなかったはずだ。
「シ……ボク…………」
すまない。不甲斐ない兄貴で、すまない。だから、どうか泣かないでくれ。
その言葉は声に出なかった。涙を拭ってやれる手も、もうない。
最後に後悔を一つ残して、俺は消えた居なくなった。




