&61.心を奪われた
「行きはよいよい帰りはこわい。こわいながらも通りゃんせ通りゃんせ」
歌い切って、はあはあと荒い息を吐く。苦しい。全力疾走した後みたいな疲労感がある。
静かだ。誰の声も聞こえない。自分の呼吸音だけが聞こえる。まるで、誰も居なくなったみたい――
「っ、ウソ……」
冷静になった頭が現実を突きつける。それを否定しようと顔を上げて、絶望する。
「あ、ああ……どぅ、どうしよう……っ」
首を振って現実を拒む。けれどどこを見ても、ここには自分以外の姿はない。
「ポン……タン……っ!」
呼んでも返事はない。それもそうだ。飛ばしたのは、他でもないアタシなんだから。
こんなつもりじゃなかった。ここまでするつもりはなかった。でも後悔しても遅い。もう手遅れだ。
いったいどこで間違えたんだろう……なんて、分かってる。最初からだ。
「さめじぃ……っ」
一目惚れした。胸が高鳴って、うるさくて、どうしようもなかった。でも、信じたくなかった。だってオーク種の、しかもあんなおっさんに!
嫌だった。否定したかった。違うって思いたかった。なのに……今もこうして名前を呼ぶだけで、胸がギュってなる。顔が、表情が、頭から離れない。
「どうして……なんでアタシの名前をっ……〜〜!」
囁くような優しい声でアタシの名前を呼んだ。教えてもないのに。それがカッコよくて、ときめいた。胸が一段と高く鳴った。それで焦って、頭が真っ白になった。
「あーもー、絶対に嫌われたー!」
最悪だー、と頭を抱える。やり直したい。最初からやり直して、それで……どうするの?
「あれぇ? 誰かと思えばアンじゃない」
呆然としていると聞きたくない声が聞こえた。あー最悪だー。
大きなため息をついて、顔を上げる。声の主は予想通りの相手だった。
「カン……」
「なあにその顔? アハハッ、マヌケな顔〜」
カンはアタシが妖鬼王なのが気に食わないのか、こうして会う度突っかかってくる。自分が妖鬼王に相応しいのだと、的外れなライバル意識を抱いて。
アタシとしてはメンドイから避けてるんだけどね。なぜか向こうからやってくる。ヒマなのかしら。
妖鬼王はケダマに選ばれたファータがなる。それを知ってるはずなのに、アタシが一番始めにファータになったから選ばれたのだと決めつけている。バカバカしい。
「嫌味を言いに来ただけなら、アタシはもう行くわ」
「なっ!? 待ちなさいよ!」
待っても特に用はないでしょ。アタシは忙しいの。感情の整理が追いついてないんだから。
「アン。ポンとタンは一緒じゃないの?」
オンが心配そうに尋ねる。
「今はそうね」
「ふ、フンッ! アンタの性格が悪いから、見限ったんじゃないの〜?」
いつもは聞き流せるのに、今日ばかりはカンの言葉が突き刺さる。あぁ、涙が出そう。
「そうかもね……。用がないならもう行くわ」
自分で言って、傷つく。バカなのはアタシの方ね。
泣いてる姿を見られたくなくて、逃げるように立ち去った。
「あっ、アン! 〜〜〜もう、待ちなさ……」
追いかけようとしたカンをオンが止める。
「カン。今はそっとしてあげよう。何かあったのかも」
「知らない知らない! なによ、ようやくメンツが揃ったのにぃ……アンのバカ!」
悔しそうに言葉を吐き出す。泣きそうになっているカンの背中をオンは静かに撫でた。
「ごめんねノン。紹介するタイミングを見失っちゃった」
オンがもう一人に声をかける。そのファータは終始無言で、ただずっと笑みを浮かべていた。
「いいえ。大丈夫です」
家に帰ったアンはベットに身を投げる。家に帰ってもポンとタンの姿はなかった。
『通りゃんせ』で死ぬことはないはずだ。少なくともポンとタンは無事なはずだ。でも、散り散りになってしまった。どこに飛んだかも分からないから、迎えに行くこともできない。飛んだ先で何かがあっても助けれない。
嫌な想像ばかりが頭を過ぎる。弱気になってる。でも、一人じゃ何も出来ないから――
「お願い、早く帰ってきて」
願いは涙となって、静かに枕を濡らした。
* * *
アンの歌が終わった。すると辺りは暗くなり、目の前に赤い鳥居が立っていた。道は一本しかなく、鳥居の奥へと続いている。
「ここは……っ」
見渡そうとしたら頭を固定された。
「だめ」
静止の声がかかる。声が近い。真後ろにシズクちゃんがいるのか。……シズクちゃんに抱きしめられていると言っても過言ではないのでは? だってほぼだ〜れだ状態だよ。照れるー。
いやでも良かった。無事だったんだ。うぅ、シズクちゃんの顔が見たい。じゃないと安心出来ない。振り返っちゃダメ?
『絶対、振り返らないで!』
ふいにポンの言葉を思い出した。歌が終わる前に言っていた。つまり、こうなる事を知っていた?
まあ、知ってて当然か。同じファータ種だもん。力が同じなら、逆に知らない方がおかしい。そう、知らない私がおかしいのだ。いやまあ部外者だし。
ファータ種の力の発動条件が歌う事だとすれば、能力は歌詞に関連するのか?
歌ってたのは……とおりゃんせと言ってたな。とおりゃんせ……どういう意味だ? 通る……通らない? 通るなって事?
「っ、……ぁ」
考えているとシズクちゃんが手を握る。手が……手を繋いで……!
驚いている内にシズクちゃんが前に進み、手を引かれる。考えるよりも先に足が動いて後ろをついて行く。
シャン
鳥居を越えると後ろから鈴の音が聞こえた。気になって振り返ろうとしたら繋いだ手に力がこもった。あっ、ダメなんだっけ。うぅ、見るなと言われると逆に見たくなる。
鳥居をくぐるとさらに何本も鳥居が立っていた。さっきまでは確かに一つしかなかったのに。これは……角度うんぬんの問題じゃないだろ。
暗い道から、鳥居の赤い道に様変わりした。けれど風景を楽しむ暇はない。背後から追いかけるように鈴の音が聞こえる。徐々に近付いているのも分かる。見えない恐怖を掻き立たせるような音に不安や焦りを感じるだろう。
でもそれらは気にならなかった。なぜなら意識は全部、目の前のシズクちゃんに持っていかれたから。
心を奪われた。目が離せなかった。鳥居の中を進むシズクちゃんの後ろ姿、その美しさに魅入られる。儚く幻想的だ。空に浮かび、姿が透明がかってるから余計にそう見えるのかも。
このまま消えてしまいそう。そう感じて、繋がってる手の感触を確かめようと手に力がこもった。
離したらそのまま消えて行ってしまう。振り返らずに先に行ってしまう。そう考えて仕方なかった。体温の感じない手が心細くて、でもちゃんと存在して居る事に安心を覚えた。
鳥居を抜けた先、道の終わりに賽銭箱があった。その上には淡く発光した御守りが浮かんでいた。
色々と気になるけど、気にする余裕はなかった。鳥居を抜けてから鈴の音が酷さに顔をしかめる。等間隔の音だったのに、今は左右後ろからバカみたいにデタラメに鳴らしているようだ。ハッキリ言って超うるさい。苛立ちが募っていく。
シズクちゃんの顔は見れないし、周りはうるさいし、もう最悪だ。御守りを掴んで箱の中に叩きつける。早くここから出せという悪態を込めて。
「さめじぃ」
シズクちゃんに名前を呼ばれる。顔を上げるとシズクちゃんと向かい合ってた。なにより背景が暗闇ではなく森だった。で、出られた〜!
そして、シズクちゃんの顔〜!! 可愛い! すごく久しぶりのように感じる。離れてないのに。
ハッ……まてよ。右を見る。左を見る。耳を澄ませる。
わーい、二人っきりだー! うるさいのがいなーい。やったー最高ー!
情報源がいないのが少し残念だけど、まあいい。うるさいのにうんざりしていたから、しばらくはシズクちゃんと平穏な日々を送ろう。デートだデート! ヤッホーイ!
「誰かいるか……っ、お前は!?」
喜んだのもつかの間、森から誰か出てきた。うわっタイミング悪ぅ……。
せっかくの二人っきりラブラブデートタイムが早くも終了のお知らせ。いや早過ぎだろ。まだ一歩も動いてないよ。
ジャマ男は私を見るなり顔を強ばらせる。えーっ、なに? 知り合い? こっちは初めましてだけど。誰だよお前。
てかおいおい待てよ。待ってくれよ。デカくね? いやデカくねぇ!?
私の倍以上はタッパあるよ。三メートルは超えてるね。いったい何を食ったらそんなに大きくなるんだ?
………………あぇ?
頭に衝撃が走る。ぶつかった。何に。
視界が回ってる。なんでだ。
どうして、地面とこんなに近いんだ?
懐かしい感覚だ。地面を転がる。ここから始まったんだよな。はぁ、嫌な思い出ばかりが蘇る。ヤダヤダ。
コロコロと転がった頭は止まり、視界はちょうど私が居た場所の方を向いていた。
刀を抜いた男の後ろに首なしの私の体が倒れている。そして、男の視線はまっすぐと頭に向いていた。そうか。私は首を斬られたのか。それで吹き飛んで木に衝突したのか。なるほどー納得〜。
…………って、この世界の挨拶は殺しなのか!?




