&5.マジ草
ここはーどこだー。私はーなんだー。
何もー分からぬー。全くー分からぬー。
私の意思で転がることはや数千里。突っ込んでは踏まれる事を繰り返して幾度目か。
それでも私は止まらない。それでも私は転がり続ける。踏まれるために転がるのだ。嫌だね。
……ところで、千里ってどれくらい?
さてさて手当り次第動いてみたけど、今の状況。
視界にちょっと色が付いた。
動くのも体感ちょっと速くなった。
微かにだけど音が聞こえるようになった。
以上!
たったこれだけなんて言わせないぜ。
最初に比べたら結構な進歩じゃない?
触覚だけから視覚と聴覚、自由行動が出来るようになったぜ。
いやー、頑張った。私頑張った。超頑張った。
過程?
そんなのもちろん踏んだり蹴ったりな目に遭わされた。自分で突っ込んでね。私エムかよって悲しいよ。
足の着地点に向かって転がって、間に滑り込むようにして踏まれる。今時こんなの虫でもやらないよ。
回数?
そんなのもちろん数えているわけないでしょ。私史上上位に入る不名誉な行為だよ?
ないない。てか、やだやだ。
それにさ、こういうのは数えたら終わりよ。把握しちゃったら私の何かが終わる。柔い心は取り扱い注意なのさ。
感覚が増えた事で分かったのは、ここは西部劇みたいな場所だという事。カウボーイが銃を撃ち合うウエスタンだね。
荒野みたいな砂地に人の足とコロコロ転がる丸いもの。木は少なく、建造物は無いっぽい。
ぽいっていうのは私の視界が低すぎて見渡せないから。視界の下半分が地面だよ。芋虫状態の目線だよ。しかも視力2.0の鮮明さじゃないから余計に見通しが悪い。目線の上げ下げも出来ないから要領悪過ぎ。
目が悪い人の視界ってこんな感じなのかな。
そんな事より、朗報!
私、自分の姿が分かったかもしれない。
ウエスタンで転がってるものって言えば一つしかない。
そう、あの草!
草……。私は草。
いや笑ってんじゃないよ。ハハ、笑えねー。なんだよ草って。人間ですらないのかよ。これならまだ生首とかの方が良かったわ。……いやどっちもいやだわ。この話なし!
まあでも、草かー。うんうん、草ね。
そりゃ蹴られ踏まれ潰されても大丈夫なわけだよ。だって草だもん。雑草って踏まれることで強くなるらしいしね。
雑草……。うん。嬉しくねー。全然、全く、これっぽっちも嬉しくない。雑草魂とかじゃなくてマジモンのまんま雑草とかなんだよ。いやだよ止めてくれ!
草。マジ草。
これなら笑った方がいいわ。ハッハッハー。
皆の者笑うがいい。存分に笑いたまえ。笑った奴は全員、雑草パワーでクソみたいな嫌がらせしてやる。
うむ。しかし、草って自分の意思で動けるもんなのかね。
ほら、ウエスタンでもよく見るのって風で流されてーって感じだったじゃん。ここ風ないっぽいし。
他の草もまあ、転がってたり止まってたり。あーでも、前の私みたいに蹴られて転がってるってパターンもあるのか。ともかく、どれも私みたいに意識的に動いてる感じがしないのよね。
むーん。まあ、考えたって分からん。
分からんことをいつまでもうだうだ考えてたってしゃーなし。
分からない。考えるの終わり。はい次!
時間は有限。切り替えて行こー。
目が見えるようになってから、体を動かせれるようになってから、私は動きまくった。
カメのようなスピードだっただろう。それでも私的結構な長時間は行動したからまあまあな距離になったと思う。
それでね、それなのにね。
忌まわしきプチッの見当がつかなかった。
確かに今の状態で再びあったとしても、結果は目に見えている。それはもうプチッとやられるだろう。
すでに三回もやられてんだ。四回も五回も誤差だ。もう私の中には怒り恨みの炎は点火されている。燃料を足さなくても消えないぐらいにはゴウゴウと燃えている。私草だし。可燃性は良いぞ。……関係ないか。
まあそういう事で、私が目指すべき最終目標にして因縁の敵であるプチッの面でも拝んでやろうかって思ってたんだけどさ、全然それらしいのが居ないの。
轢き逃げかよ。見苦しいぞ。さっさと姿見せろよ卑怯者。弱い者にしか相手に出来ないゴミクズが。勝ち確だけに満足する底辺野郎が。ダッセェ生き方してイキがってんじゃねえよ。
はあ、考えるだけでムカつく。今もずっと蹴られ踏まれに行ってるからムカつき度倍増。腹の虫が収まらない。腹ないけど。草だから中に虫が居てもおかしくないか。
こんなに屈辱的な事があろうか。
いや、ない。あってはならぬのだ。
人でなくとも私には尊厳がある。例え草だろうと、私という意思がある以上、私は私の存在を尊重する。私の感情を優先する。
身勝手? はん、今の私は雑草さ。草に人間の常識もルールもないね。
……言ってて悲しい。やべえ超痛い奴じゃん。痛覚ないから蹴られ踏まれ潰されても平気だけど。
心が痛い。精神ダメージマシマシとか一番嫌なやつ。
何? 私に恨みでもある?
あるなら聞くぞ。面と向かって言うといい。主義主張全てを聞いた上でぶん殴ってやる。
ちなみに私はあるぞ。もちろんだとも。
私が自発的に行動しているからといって、この行為に何も思わないわけじゃない。私が蹴られ、踏まれ、潰されたという事実は変わらない。これに対し、私が鬱憤を感じているのもまた事実だ。
だから私がやり返すのは当然の行為だ。そもそも、最初にやってきたのはお前らだ。それが故意だろうと偶然だろうと、正当防衛は成り立つ。それでなくとも私はやる。やるったらやる。
私がやり返すべき相手は多い。それはそれは星の数ほどいるんじゃないかってぐらいいる。裏を返せばそんだけやられていると……。
ううん。考えちゃダメだ。
ともかく、やり返すために今も私は鍛えている。泥水を啜るように、貪欲に強さを求める。
強くなりたい。
その気持ちが私を奮い立たせる。
その気持ちが私を動かせる。
当たって砕けるように自分から踏まれに行っている。
………………他に方法ないですか?
西部劇で転がってる草は回転草、タンブルウィードと言うよ。