&T9.会いたかった
「――……ウ、タロウ。タロウ、起きて」
ゆらゆらゆれている。
「んぅ……?」
もぉあさ? あと、ごふん………………あさ!?
「ハサッ!?」
「きゃ……。おはようタロウ。よく眠れたようね」
ね、寝れた? こんな場所で、あんな状況で?
洞くつの中で、鬼族と包丁に怯えてた。
寝れないと、寝れるわけないと思ってた。なのに、めっちゃぐっすり寝てた。おれ、こんなに心臓強かったの?
「おはようスミさん」
洞くつの扉を開けて外に出る。ナイフは……飛んでない。本当に夜だけなんだ。
それから森の中を歩くこと二日。ようやくアイの家に見えた。本当に二日かかった。大変だった。
鬼族は出なかったし、小屋で休めたしでとても運が良かったけど、大変だった。
「スミさん、アイの……アイの家がある!」
嬉しくなって大きい声を出しちゃった。口に手を当てて周りを見る。だ、大丈夫かな。
……あれ? スミさんもキョロキョロしている。
「タロウ。家なんてどこにあるの?」
……え? どこって、目の前にあるよ?
家の周りには木がなくて、ポツンって目立つ場所にある。
「そこにあるよ」
指をさして教えるけど、スミさんは頭を傾ける。見えてない?
「ッゥ!? ……『ルッコ』」
突然頭を押さえたスミさんが苦しい顔で魔法を使う。どどど、どうしたの!?
「み、見えた……っ! タロウ、急いで家に……」
「う、うん!」
苦しそうなスミさんの手を引いて、家に向かう。
戸に手をかけて開ける。ガチャガチャと音を立てて開かなかった。カギがかかってる。
お母さんが出かけているのかな。アイは……家に居ると思うけど。
こういう時は――
「アイー! あーそーぼー!」
二階に向かって叫ぶ。
「たっ、タロウ!? 大声は……ッ!?」
カチャンッとカギが開いた。もう一度戸に手をかけると、今度は簡単に開いた。
靴はない。やっぱり出かけているのかな。それか本宅の方に行っているのかも。
「おじゃましまーす」
スミさんを中に入れてしっかりカギをかける。
靴を脱いで靴箱に隠してから二階に駆け上がる。
「アイっ! …………アイ?」
アイの部屋を開ける。けど部屋の中にはアイの姿がなかった。それどころか――
「ウッ……なんだよこれ?」
部屋の中はホコリまみれになっていた。
部屋の中はいつもと同じだ。ただホコリだけがかぶってる。まるでずっと住んでいないかのよう。
床が見えない埋め尽くすほどの大量の黒いホコリ。……ホコリ? うん、ホコリだ。黒いけど。大きいけど。
掃除してない? ずっと帰ってきてないのかな。
本宅に住んでいるとか? でも前にイヤだって言ってた。
「うーん……とりあえずきれいにしよう」
何かあって、帰ってこれなかったのかもしれない。それなら探しに行こう。
でもその前に部屋をきれいにしておこう。もしすれ違いになって帰ってきた時、部屋がこんな状態だったら悲しいよね。
「にしても……どれだけ空ければこんなホコリの山ができるんだ?」
ホウキとちり取りでとれるかな。ゴミ袋何枚いるかな。まずは窓を開けて――
「あっ……窓は開けない方がいいんだっけ?」
窓に手をかけたところで止める。風でホコリが舞っちゃうから掃除したあとだっけ。あぶないあぶない。
「ん?」
イスの上に何かが乗ってる? なんだろう……っ!
「あ、アイ!? …………なんか、小っちゃくなった?」
前にお母さんにナイショで見せてもらった小っちゃい頃のアイにそっくりだ。
ま、まさか……!
『ストレスが溜まると人は老いるか、反対に幼くなるらしい。私はどっちだろう』
ストレスで小っちゃくなっちゃったのか!?
「アイ! アイっ!」
起きて起きて、とゆさゆさとゆらして起こす。でもアイは目を開けない。疲れてたのか? それならちゃんと布団で寝ないと。
布団……ホコリが……。これじゃあ布団がしけない。やっぱり掃除だね。
『ちか……こね……』
アイの声!? でも、なんて言ったのか聞こえなかった。寝言かな。ぐっすり寝てるし。
掃除道具は下かな。部屋を出てから、振り返る。なんか……アレみたい。ボールがいっぱいあるとこ。一回だけ遊んだことがある。
通った道が開いてる。足にもついてないし、ほんとにホコリ?
ジーッと見つめて、触ってみる。おぉ、モフモフしてる。……あれ? だんだん固くなってきた。
これあれだ。けしごむみたい。よーし、それなら一つにまとめてみよう。そしたら簡単に捨てられる。
集めて、こねて、丸めて。磨いたらピカピカにならないかな。泥だんご作るの得意だから、慣れた手つきで丸めてく。
「よいしょ、よいしょ……できたー!」
デコを拭って黒だんごを上に持ち上げる……ことはできなかったから、代わりにバンザイする。
めちゃくちゃ大きいのができた。机と同じ高さだ。もう一個作れば雪だるまにできるな。もう残ってないけど。
ホコリをまとめたら部屋はすっかり元通りになった。
壁一面が本棚と押し入れ。机とイスと窓があって、それだけ。他は何もない。
押し入れから布団を出して床にしくと、イスに座らせたアイを移動させる。寝かせて毛布をかぶせて、これでよし。
あとは、この黒だんごをどうしよう。燃えるゴミ……でいいのかな。
「アイにあげる」
なーんて、さすがにホコリのだんごは渡せない――
『ありがとう』
「……え?」
黒だんごから線が出てきた。糸みたいな細いのが伸びてアイに向かっていく。
「えっ……え、えぇ!? ……まっ、まあっ!」
どんどんと線が出て、あっという間にアイを包んだ。黒だんごはなくなって、毛糸玉ができた。その中にアイがいる。……なんで??
って、固まってる場合じゃない! アイを出さないと。えーっと、えぇーっと、ハサミだ! ハサミで切って穴を開ける。
「タロウ」
机の中を探っていると声が聞こえた。アイの声。今度はちゃんと聞こえた。アイのいた場所を見ると、毛糸玉はなくなっていた。その代わり、アイが座っておれを見ていた。
「アイ……?」
ほんとに……本当に、アイなの?
「はい」
不安だった。すごく怖かった。知らない場所で、独りで、心細かった。
「アイ」
夢じゃない。ちゃんと居る。
「なに」
会いたかった。会いたかったよ。
「アイ!」
思わず抱きしめた。泣きそうだ。男は泣いちゃダメなのに。
「……タロウ。見つけてくれてありがとう」
背中に手を回して抱きしめられる。小さいけど、アイだ。良かった。
その日おれは久しぶりに大泣きした。
* * *
泣き疲れて眠ったタロウを布団に寝かせる。
力と名前を手に入れたお陰で表で存在できるようになった。だけどまだ足りない。
壊れた世界を修復して、元の幻想に戻す。それが私の役目。
ごめんなさいタロウ。
私はアイだけど、タロウの探してるアイではない。
アイは今も、一人閉じ籠っている。
タロウは勇者だから干渉される事はない。けれど同時に、何かを成す力もない。
部屋を出て階段を下りると玄関で倒れてる者を見下ろす。
魔族イト種のスミ。
タロウと接して、変異しつつある個体。まだ魔力に余裕はあるようだ。使えるものは全て有効活用しなければ。
悠長にしていられる時間は多くは残ってない。
歯車はすでに動き出している。
もう誰にも止める事は出来ない。
何をしてでも、願いを叶える。




