&53.ただのケンカ
ゲームの外に出れた。
町を見つけたけど見えない壁があって入れない。
とりあえずぶっ壊してみる事にした。
見えない壁に向かってヒーンを叩きつけた、はずなんだよな……。
壁に当たった感触がなかった。はて?
もう一度、見えない壁に手をつく――
「……っ、うわっとっ、とと」
つけなかった。というか、町に入れた。
えっ、えっ、えぇっ!?
…………………………どういう?
壊せた……のか?
でも手応えなかったし。でもでも壁はなくなってるし。
うーん……まあいいか。細かい事は気にしない。ラッキーラッキー。
誰か適当な人にちょっとここの場所を聞いて、家に向かいつつ観光しよう。
そう決めて、町に足を踏み入れた。
ヒソヒソ。コソコソ。
むーん。気持ち悪い。気持ち悪い!
なんだこの町。気持ち悪いぞ。
入ってから違和感があった。ただそれがなんなのか、見当がつかなかった。モヤモヤしながらも町を歩いていた。
しかし今、違和感に対するモヤモヤとは別の事でむしゃくしゃしていた。
同じ造りの家が建ち並んでいた。建て売りだったら別に普通だろう。統一感も出るし。これはいい。
カラフルな街路樹が植わっている。なにこれ。葉っぱどころか枝も同色とかキモイな。花でもここまではないよ。驚いたけどこれもまあいい。
町の人が遠くから私たちを窺っている。訝しみ、警戒し、その視線が突き刺さる。あぁ、腹立たしい。
この視線が嫌いだ。何も言わずにただ視線だけを向けてくる。言いたい事があるならハッキリ言えばいいのに、安全圏からしか物を言えない臆病者。
ホントに、イライラする。
こういうのは変に関わらない方がいい。だって向こうは被害者ヅラして、寄って集ってこちらを悪いと決めつけてくる。大多数で結託して、加害者に仕立てようとしてくる。
そうと知ってるから、見ないフリ気付かないフリをする。それでも、心の内はやっぱり苛立ちが募る。
シズクちゃんは……物珍しそうにキョロキョロしてる。うん。良かった。シズクちゃんは気付いてないみたい。それなら知らないままでいい。その方が気楽でいられる。
そういえば、他の人にはシズクちゃんは見えないのか……?
だとすれば視線を集めているのは私単体という事になる。
……何かおかしいか?
浴衣が珍しいとか?
あっ、裸足だった。え、それ?
「止まれ!」
考えていたら前から強い声が聞こえた。注意が思考から前方に向く。誰だろうなんだろうと前を見てみると、道の中央に仁王立ちするガキが一人。
後ろを振り向く。
誰もいない。あ、いや、シズクちゃんはいるけども。見えてないだろうからノーカン。
前に向き直す。うん。やっぱり私を見てるよね。バッチシ視線が合ってるし。
「あ"?」
挨拶代わりにガンを飛ばす。シズクちゃんで癒されたとはいえイラつきがなくなったわけじゃない。ぶり返してきた。
それに、呼び止めるにしても命令されたみたいでイヤだ。それもこんなガキに。普通にイラッとした。
大人げない? ハンッ、知らないね。
「どうやってここに……いや、結界を破壊したのは汝か?」
結界? あの見えない壁の事か?
いや、それよりも……なんだ言い方が癪に障る。上から目線もいいところだ。ガキのくせに。
「そうだ。……と、言ったら?」
口角を上げて挑発する。他人に、それも格下に舐められたら恥でしかない。そっちがその気なら、こっちだってその気で対応してやるさ。
「何故だ。何故、鬼族が……何が目的だ!」
キゾク……貴族? いや平民だけど。平民ってのも違うか。普通の日本人だけど。
「目的ィ? なんで言わなきゃなんねぇんだ。なあ、なんでも聞けば答えてくれると思うなよ」
特に目的はないけど。強いて言うなら観光?
まあ、壁を壊したのはちょっとやり過ぎた気がしなくもなくもないけど。やった手前でなんだが、今更謝る気にはならないけど。
「素直に話す気はない、か。ならばこの場で手討ちにしてくれる!」
おっ、なんだヤル気か?
売られたケンカは買うぞ。ガキだろうが容赦はしない。
「拙者、名をデルタと申す」
へぇ、わざわざ名乗るなんて酔狂なヤツだ。
いいね。俄然楽しくなってきた。
「……さめじぃだ。負けても泣き散らかすんじゃねえぞ」
拳をぶつけて構える。
「いざ尋常に――勝負!」
デルタが踏み出すのに合わせて前に駆ける。まっすぐ対峙した二人の距離はすぐに縮まる。
拳を振り被って、思いっきり前に突き出す。
「『エヂスブス』」
ッ、受け止めた!?
いったい、そのナリのどこにそんな力があるんだよ。
「さめじぃ!」
シズクちゃんが叫ぶ。うん。私も嫌な予感が――
「『ブムックス』! くっ……避けたか」
後ろに飛んで距離を取る。なんだ……呪文?
何を言ってるのかさっぱりだが、さっきのはやばかった気がする。触れることが発動条件なのか?
なら接近戦はマズイか。……でも、ステゴロに武器はダセェだろ。
「全部ぶっ飛ばしてやるよ」
止められるなら、危ないなら、その前にカタをつければいいだけの事。反応される前に終わらせれば関係ない。
構えるデルタは防御の姿勢。受け身のカウンターか。
だけど、無骨に同じ手を二度も使わんよ。ケンカでも手を替え品を替えってのが基本だろ。
「ッ!?」
「足元が疎かだよ」
殴るのはフェイントで、足を引っかける。呪文のタイミングを合わせるためか注意が完全に拳に向いていた。
気持ちいいほど簡単に体勢を崩して体が傾く。驚いている隙に、腹に一発ブチ込む。
「ガハッ」
地面に叩きつけるとビックリ仰天、ヘコんで亀裂が出来た。
いやいやいや。さすがにそんな力はないから。どんな怪力だよ。……え、ウソでしょ!? ウソだよね!?
「無念……」
ちょいちょいちょい! 何死ぬ人のセリフ言ってんの!? ただのケンカっ、ケンカだよ!?
生死をかけた決闘じゃないんだからさ!!??
「……ぁ」
デルタが目を閉じると、塵のように浮かび上がって消えた。後にはふわふわした……ワタ? が残った。
え、ナニコレ。ホント、ナニコレ。ちょおマジ理解不能なんだけど。
えっと、死んだ……で合ってる? んで死んで、ワタになった……? いやいやいや。ホントに分かんないって。イミフ過ぎん?
てかこれって私……人を殺した事になる……?
それ以前にデルタは人で合ってる……よね?
変な呪文とか言ってたし、魔女……とか?
あーうーむぅ〜〜…………うん。分からん。
「あっ」
頭を空にした途端、閃いた。この町に感じていた違和感の正体。
「ここ、日本じゃないんだ」
道路がなかった。アスファルトでも土でもなく、石畳の地面だった。白線はないし、車や自転車の類いも見かけない。
じゃあここはどこなんだよってパニックにはならなかった。その前のデルタの衝撃が強過ぎた。
疲れた頭の中に浮かんだのは、日本じゃないから捕まらないという最低な安心材料だった。