&52.上陸
好きなものなら一日中だって見ていられる。何秒何分何時間何日何週間何ヶ月何年。ずっと一生、飽きない。
とても好きなら、そうなのだろうと思ってた。誇大表現でも大袈裟でもなく、ホントに心の底から好きなら当然なんだと思ってた。
でも……でもさ。それでもやっぱり、限度ってもんがあるよ。
何もせずにずっと見ているだけは一日で限界だった。いや、一日はもった方じゃないか? ホントに一歩も動かなかったし、一回も話してないんだから。
水面に上がったのが太陽の位置的に昼を過ぎた頃。それから日が暮れて空が朱く、さらに傾いて夜になる。丸い月と無数に散らばる星々が夜空を彩る。夜が更けて、暫くすると朝日が昇る。空が明るくなって、再び青くなる。
そして現在、太陽は天高く真昼を示す。はい、紛うことなき一日が経った。二十四時間。
いやスゴいよシズクちゃん。時間が止まってるみたいにぜんっぜん動いてないもん。動かないでずっと同じ姿勢なんだもん。
「し、シズクちゃーん。モウイイカナー」
小さい声で呼びかける。邪魔をしたくないけど、そろそろ動き出したい。その葛藤の表れが弱弱しい声だった。吹いた風に流されて消えちゃいそうなほどか細い声。
それでもシズクちゃんには届いたのか、勢いよく顔を向けられた。バチッと目が合う。
「さめじぃ」
「は、はいっ」
背筋を伸ばして向き合う。なんで畏まってるんだろう。それに敬語。
疲れが顔に出ちゃってないよな?
もちろんシズクちゃんの望みならもう一日でも一週間でも待つよ。ホントだよ!?
ゴクリと次の言葉を待つ。
「外ー!」
元気いっぱい満面の笑み。お楽しみ頂けたようで何よりデス。それでこの後はいかがお過ごしマスカ?
……はっ、これはチャンスじゃないか!?
うまーく誘導すればこの場所から動けるのでは……?
「ぅ、うん! 外に出れたね。ね、ねえ、シズクちゃん。外のもっと色々な景色を見に行かない?」
「うん!」
ぃよっしゃぁあああ! 勝ったー!!
飛び跳ねるように立ち上がる。そうと決まればレッツゴー。何かが起きる前にレッツラゴー。気が変わる前にゴーゴーゴー!
軽快な足取りで水面を駆ける。まずは上陸しないと。
この島、割と断崖絶壁なんだよな。見える範囲でビーチらしき砂浜はない。グルっと回るには島の大きさが分からないから危険だ。てか、そんな事しなくても上がる手段あるし。
島に近付く。うーん、高いなぁ。浮島ほどじゃないけど結構な高さだ。掴めるような溝やハシゴはないし、こりゃ落ちたら終わりだな。
シズクちゃんのドクロを押さえて、もう片方の手で土に触る。グッと力を入れて大地に入る。それから上昇して地面の上に出る。
ふっふーん。頭を投げると思ったでしょ。ノンノンノン。違うんだなーコレが。
イッツスマート! スマートパーフェクトビューティフル。
惚れてもムダだぜ。私にはシズクちゃんがいるんだからな!
さて、と。ここからどうしようかなー……おっ、建物がある 。町かな。港町って言うには海岸から離れてるけど。まあ落ちたら危ないしね。配慮としては当然なのかな。
「シズクちゃん見て! 町があるよ。まずはあそこに……シズクちゃん?」
振り返ると、シズクちゃんは私とは反対の方を見ていた。何を見ているんだろう。
海……はここからじゃちょっと見えない。それに、角度的に目線の高さより少し上。視線の先を追うと、何もなかった。
私の声に気付いたようにシズクちゃんが振り返る。私を見て、何事もなかったように首を傾げる。どうしたの? って言ってるみたいに。
「……ぁ、シズクちゃん。あそこにある町に行ってみようか」
「町……!」
うん。いつも通りだ。いつも通り……なんだけど、なんだろうこの感じ。なんか、モヤモヤする。すっごく嫌だ。
秘密にされるのは嫌いだ。秘密にするんだったら気付かれないように徹底的に隠して欲しい。素振りを見せないで、コソコソしないで。
それとは別にシズクちゃんの全てが知りたい。感じた事、思った事、全てに触れたい。共有して欲しい。
でも、聞けない。顔は見えなかったけど、穏やかな感じじゃなかったのは雰囲気で伝わってきた。海上での様子とは違ってた。
あー、弱気になってる。卑屈だ。情けない。でも、嫌われたくない。嫌われたら生きていけない。
それに、少し怖かった。ただの景色を眺めてるだけだったら、まだいい。でももし、私には見えない何かがシズクちゃんには見えてるとしたら? 気になって、行きたいなんて言われたら困る。特別な場所は選ばれた人しか入れないでしょ。だから、離れ離れになってしまうかも。置いてけぼりで留守番で、私は忠犬じゃないから気が狂って何するか分からない。
横目に後ろを見る。やっぱりそこには何も見えなかった。
「ッダァ!? ……あ゙? んだっ、これ」
町に着いた。けど、入れなかった。見えない壁みたいなのに阻まれた。おかげで正面衝突。顔をぶった。
叩いても音は鳴らない。蹴ってもこっちに衝撃がくるだけで何も起こらない。そんでもってシズクちゃんは関係なく通れる。まあ、実体はないようなものだからな。
そういえば、ドクロからどれだけ離れれるんだろう。こういうのって距離が決まっているよね。まあ、離さないからいいけど。
むーん。どうしよう。これじゃあ町に入れないな。
まあでも、別にこの町にこだわる必要はないんだよね。他にも町はあるだろうし。だけど、なるべく多くの景色を見せてあげたいから出来るなら入りたい。
てか見えない壁ってホント何!? とんでも世界はあのステージの中だけの話じゃないのかよ。どうなってんだよ。どうなっちまってんだよ。誰か教えろやいい加減よぉ。
あー、むしゃくしゃする。なんでもいいからこのイライラをぶつけたい。
「もういいか」
色々考えるのは止めだ。ヤメヤメ。
単純にいこう。簡単に考えよう。
私の前に壁がある。見えなくてもちゃんとそこにある。壁伝いに入口を探す? いやいやいや。そんな面倒な方法を取る必要はない。
壁があるなら壊せばいい。壊れなかったら諦める。それだけだ。
ヒーンを取り出す。位置について構える。要領はピラミッドの時と同じだ。
かっとばせー、鮫島。フレーフレーフッフッレー。
「せーの、おりゃああ!」
見えない壁にヒーンを叩きつけた。