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&dead.  作者: 猫蓮
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&T1.自分の名前

 今日も一日が始まる。

 朝起きて、学校に行って、友達と喋って、日が暮れるまで遊んで、家に帰って寝る。

 そんな、いつもと変わらない楽しい一日が始まる。


 ――はずだった。



 気付いたらおれは森の中にいた。


「え?」


 パチパチと目を瞬く。


「……え?」


 首を振って、キョロキョロと辺りを見渡す。

 青い空の下、たくさんの木に囲まれている、おれ。


「…………うおぉぉ、すっげぇー!!」


 おれは大きな声を出して、喜んだ。


 森だ。おれ今、森の中にいる……!

 目を大きく見開いて右に左に見る。


 森なんてはじめてだ。

 でっかい木がいっぱいある。どこを見ても緑だ。


 何して遊ぼう。秘密基地だろ、ターザンだろ。うう、やりたいこといっぱいある。

 でもやっぱ、まずは木登りからだろ。


 そう思って、わくわくした気持ちのまま立ち上がる。


「あ、あれ?」


 立ち上がろうとして、体が動かなかった。

 地面に座って足を伸ばして、横に手をついた状態から動けない。固まったように動かない。


「なんで……? 体、っ…………動けっ、動けよ?!」


 力を入れて動かそうとしても、ピクリとも動かない。

 動くのは首から上だけで、手も足も、指先すら動いてくれなかった。


「なんっ、なんで?」


 意味が分からなくて気持ちが焦る。

 さっきまでの嬉しいって気持ちはどこにもなくなっていた。


「誰か……っ、誰か! 助けて!!」


 声を張り上げて助けを呼ぶ。

 何度も何度も、叫ぶように大きな声を出す。


 でも、来てくれる人はいなかった。森の中だから、誰も居ない?

 おれの声が小さくなって聞こえて、後は風に揺れる木の音だけ。すげーって思った大きな木も、なんだか怖く見えてくる。


 焦りが大きくなって、怖くなってきて、心細くて泣きそう。涙が出そうになって、袖で拭おうとしても手は動かない。

 喉は張り付くように声が出なくなってきて、鼻が詰まる。鼻をすすって、漏れ出そうになる声を唾と一緒に飲み込む。


「泣かない。泣いちゃ、ダメ。泣いたら……っ、男は泣かないんだ。強い男は、泣かない!」


 そう言って、心を保つ。

 泣かない、泣かないって、何度も声に出す。

 声が詰まって、鼻水が垂れそうになって、涙がこぼれ落ちそうになって、それでも堪える。


 おれは笑っていないとダメだから。

 おれは悲しい顔したらダメだから。

 おれは、おれは……


 その時、ガサッて大きな音が聞こえた。その音に驚いて、ビクッて首が竦む。

 この場から逃げようとして、でも体はまだ動かなくて。怖いけど、音の方を見る。


 怖い、なに、怖い、だれ、怖い、助けて、誰か、怖い、怖い。


 涙で視界が滲む。ぼんやりと歪んで、見づらくなる。

 ガサガサの音が大きくなって、森の中から誰かが出てきた。


 目に溜まっていた涙がポロッと流れる。

 すると、視界がはっきり鮮明になった。

 バチッと視線が合って、お互い大きく目を見開く。


「お、かあ、さん……?」


 口から漏れた声は小さく、弱く、震えていた。

 その人も何か呟くように口が動いて、でも声は聞こえなかった。


「あ、あのっ! お、お母さん? お母さんだよね!?」


 おれはその人に向かって叫ぶ。言っててだんだん不安になっていく。


 おれの親はもう居ない。パパもママも、おれが小学校に行く前に死んだ。

 目の前の人は知らない人。知らない人ではじめましての人。なのに、おれはその人が()()()()だと分かる。


 お母さんがおれに近付いてくる。ジッとおれを見ながら、ムッとした顔をして。お、怒ってる?


 目の前で立ち止まって、上から見下ろされる。顔が暗くなって、お母さんの顔が見えなくなる。


「お、お母さん、お母さんっ、ね、ねえ、あい……アイはっ?」


 そうだ。アイ。アイに会わないと。

 きっと悲しい顔してるから。おれが笑顔にしてやらないと。こんな森の中にいる場合じゃない。アイのとこに行って、それで……。


 お母さんがしゃがんで、顔が近くなった。

 首を上げなくても顔が見えて、暗くもない。

 間近で見たお母さんの顔は、やっぱり知らない顔だった。


「―――」


 お母さんは口を動かして、おれに手を伸ばす。多分、何か言ってるんだと思う。でも、おれにはその声が聞こえなかった。それに、顔の横に手があるのに触れてる感じがしない。


 なんで? って不思議に思いながらお母さんをじーっと見てると、お母さんは驚いたように目を大きくした後、顔がくしゃってなった。辛そうな顔。そんな顔、見たくない。おれは大丈夫だから。全然、悲しくないから。


 そう思って、笑って見せる。でも、お母さんの表情は変わらない。


「おれ、大丈夫だよ。大丈夫だから、心配しないで」


 泣きそうに目を閉じたお母さんは、だけどゆっくり目を開けると優しく笑ってくれた。

 そうだ。これでいいんだ。みんな笑顔なら、辛くない。


 良かった。ホッとして、気が抜けた。息を吐いて、立ち上がろうとして、でもやっぱり体は動かなかった。


「っ、なんで?」


 固まったように動かない体。お母さんがいるから、さっきのような怖さはない。でも、焦る気持ちは変わらない。


 お母さんに笑みを向けながら何とか動こうとする。下手な笑顔になってるのに気付かず、動かす事に意識が向く。


 するとお母さんが動き出して、注意がまたお母さんに向く。


「?」


 何かを取り出した。なんだろう、あれ。石?

 薄緑色のキレイな石を指で摘んでいる。


「――」

「!?」


 何かを言うように口が動いたら、石がパキって粉々になった。そしたら、さっきまではしていなかったのに、お母さんはマスクを着けていた。いつの間に!?


「きみ、名前は?」

「っ!?」


 女の人の声が聞こえた。多分、お母さんの声だと思う。さっきは口パクしてるみたいに聞こえなかったのに、どうして。……マスクを着けたから?

 でも、なんだか違う気がする。なんでか分からないけど、お母さんの声、変な感じがする。


「名前、分からない?」

「あっ、えっと……っ? あ、た、タロウ!」


 せっつかれて、答えようとして、言葉に詰まる。おれの名前なんだっけって分からなかった。

 すぐに答えれなかった。自分の名前なのに。

 少し考えたら、思い浮かんだ。おれの名前、中島太郎(ナカジマタロウ)。なんで、忘れてたんだろう。


「そう。タロウ、タロウか。……いいか、タロウ。名前は忘れるな。名前だけは忘れてはいけない。それが――」


 お母さんの声を聞いていると急に眠たくなってきた。

 目が開かなくなって、ぼんやりして、閉じていく。寝たくないのに、眠たくて、瞼が落ちていく。


「お母さん……アイ、は……」


 うつらうつらと頭が振れる。ダメだ。寝そう。もう、目を開けてられない。


 フッと意識が遠のいて()()()()()。支えられるような感覚がして、確かめようとして、でも眠たくて。そのまま瞼が落ちて、おれは夢の中に入った。






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