&50.飛ぶ豚
「……」
「…………」
「……………………」
コホン、と咳払いする。なんだか恥ずかしくなってきた。体が火照ってる感じがする。あ、手汗とかかいてない? 大丈夫?
握手して見つめ合ってるこの状況。なにこれ最高過ぎないか? ご褒美? マジでありがとうだ嬉しい!
出来る事ならいつまででもやっていたいけど、さすがにそうも言ってられない。
だって後ろで、イルカが島を食ってるのを見えちゃったから。とっても現実逃避したくなった。見てはいけないもの……ではないけど、見たくないものではある。なんだよイルカが島を食うって。亀といい島といい、イルカって雑食だったのか?
あーでも、豚は雑食だからな。海豚のイルカが雑食でもおかしくないか。豚に翼があるならなんでも出来ると言うし、翼じゃないけどヒレはあるからなんでも出来るのだろう。よっ、飛べる豚!
ハァーヤダなー。ヤダヤダ。だって今からあれを相手にするんだぜ? ヤベェえって。
なんでこう、クレイジーな敵ばかりなんだ。もっとイージーモードでもいいんだよ。ボーナスステージとかないのか。全く、優しくない。
「シズクちゃん。私、頑張るね」
とりあえず意気込む。切り替え切り替え。あわよくばシズクちゃんにガンバレって応援して欲しい。
「うん!」
言ってくれなかった。残念。でも可愛いから良い。やる気出てきた。
「――ッ!!??」
急にシズクちゃんが近付いてきてビックリした。チューするかと思った。いや実際した。すり抜けたけど、あれは唇同士重なってたね。だから実質チューした。わーい。
……なんかこれ、すっごく悲しい。悲しいからやめよう。うん。それがいい。
後ろに振り返るとシズクちゃんがいた。いや当たり前なんだけどね。でもなんで後ろに……?
………………あぁ、私が前に言ったからか。そうだ思い出した。気が散っちゃうからってお願いしたんだ。シズクちゃん、それも覚えてて……!
嬉しいな。私とのやり取りを全部覚えててくれている。だってそれは、とても大事だと思ってるからでしょ。そうじゃないと覚えてないもん。どうでもいい事はすぐに頭から抜け落ちる。人は忘れる生き物だから。
う、ブーメラン。思い出そうとしても家族の事、全然思い出せない私はいったい……。なんでだろうな。忘れちゃいけない事なのに、どうして思い出せないんだろう。私はこんなに薄情だったのか……?
それに、私の名前……まだ教えてない。これは不公平だろう。だって、シズクちゃんは悲しい過去を私に見せてくれた。私を信じて、晒け出してくれた。
それなのに私は、いい顔して自分の事は隠してる。自分にとって都合のいい事だけで、偽善者だ。あぁ、なんて気持ち悪い。
ううん。考えるのは止めよう。落ち込むのは後だ。感傷に浸る時間は後でいい。今は目の前の事に集中しよう。
深呼吸しよう。スッハッ!
まずはイルカをぶっ飛ばす。話はそれからだ。
「ヒーン」
ヒーンを引き抜いてイルカを見やる。
イルカはペリカンよりも厄介だろう。なんせ私は水に沈めない。海に潜られたら追えないし、空を飛ばれても困る。落とす羽もないから防ぐ手立てがない。
まあそれでも、やらないわけにはいかない。
跳躍して、別の島に移る。
何回か、動きを見ていた。じっくり観察していたわけじゃないけど、見通しいいから割と視界に入ってくる。そんでつい視線が追ってしまった。
まあそういうわけで、どんな行動してるのかは分かってる。イルカは円を描くように交互に空海を泳いでる。
さっき見かけた時は上向きだった。それに加えて私の方に腹側が向いていた。だから、今度は入水する下向きで、私側に下てくるはずだ。
浮島の横を通り過ぎる瞬間を狙って飛び乗って、刃を突き立てる。それでマークされれば後はなんとかなるだろう。
そこ、考えなしとか言わない!
今までこれでなんとかなってんだから。
飛ぶ鳥だって落としたんだから、飛ぶ豚ぐらい落とせるやい。
「よいせっ……とぉ!?」
あっぶねー。思ったより表面ツルツルで焦った〜。咄嗟に背ビレ掴めて良かったわ。やるな、私の反射神経。褒めてつかわす。
と、安心してる場合じゃない。水平線はもう近いんだ。海に入られる前にヤらないと。
「三枚おろしぃいいいい!!」
ヒーンをぶっ刺して、背ビレを掴む手を離す。私を置いて前に進むイルカは、自分の力で傷を広げていく。
お、思ってたのと違う。前よりヒーンの切れ味上がってない? いや別にいいんだけどさ。驚くほど滑らかに刃が通ってる。えっ、コワ。
「ハブッ!?」
突然強い衝撃が走った。体がふっ飛んで……ッ!?
ウブブブブ…………にょぱーん。
うえー、気持ち悪ーい。グルグル洗濯機に入ったみたい。酔ったー。
はぁー、何が起きたんだ?
「バシって、ドボンで、ぽーん」
シズクちゃんが何か言ってる。擬音だらけでなんのこっちゃ。
「…………あぁ、なるほど」
いやなんとなく理解したわ。
多分、尾ビレで叩き落とされる。海に一直線。水圧で浮かび上がる。この流れで間違いないだろう。
……とと、頷いてる場合じゃないや。イルカが私を見てる。敵対心露わにしてる。めっちゃ怒ってんなー。まあ当然だけど。そうなるように仕向けたの私だし。望んでいる事だから。
「そんじゃま、ホントに三枚おろしにしてやろうか」
ヒーンの切っ先をイルカに向けて、口角を上げる。




