&T8.花が咲いた
町を出ると、すぐに森に入った。一先ず地図の真ん中に向かうことになった。
イスリンは透明な壁に覆われていて、他の種族が入れないように守っているらしい。入れるのはフィト種のみだった。
「ん? じゃああのヤサンは入れないの?」
「ええ、そのはずよ。フィト種が手を貸すとは思えないし、あのヤサンは魔力が扱えなかったから不思議だわ」
フシギに思ってるのに受け入れている。……なんで?
なんだかチグハグだ。カサンの考え方も、この世界も。
「ッ、タロウ!」
スミさんに引っ張られる。木の影に隠れて様子を窺っている。同じように少し顔を出して覗き込む。
「あれは……?」
森の中にナニかがいた。それは人の形をしたケモノだった。
「あれはハリ種よ。一応、アレも魔族なの」
スミさんが声を抑えて言う。なんか、嫌そう?
「でも私たちとは全く違うわ。同じにしないで。絶対に」
吐き捨てるように言う。そんなに嫌いなんだ。ここまで感情を露わにするのは珍しいと思った。
スミさんの勢いに押されるようにうなずく。
ハリ種。それはクマのぬいぐるみだった。うん。ぬいぐるみが立っている。大きいぬいぐるみが自立してる。
「あ、あれが襲ってくるの?」
スミさんと同じように声を落として聞く。
「いいえ、ハリ種は無害です。ただ居るだけで何もしません」
言い切られた。じゃあなんで隠れてるの?
「危険だからよ」
無害なのに……危険?
首を傾けると笑い声が聞こえた。遠いのか声は小さいけど、一人じゃない。複数人の笑い声。
「――来る。お願いタロウ。絶対に声は出さないで。顔を出さないで。見つかってはいけないわ。絶対によ」
何度も繰り返し注意される。そんなに言わなくても分かるのに……信用ない?
でもスミさんの顔は真剣そのもので、少し焦りを感じているみたいだった。手で口を覆ってうなずく。
笑い声が大きくなる。近付いてきている。頭に響く甲高い声。その声の主の、姿が見えた。
「あっ、ねぇ見て!」
「ハリ種だ!」
「やったぁ!」
声が出そうになった。笑っていたのは三人組の女子だった。けれど彼女たちの背中にはちょうちょのような羽が生えていて、浮いていた。まるで妖精みたいな姿だった。
何がオモシロイのか分からないけど、ずっと笑っている。クスクス。キャハハ。
三人が笑ってぬいぐるみを囲む。目配せすると手を繋いで輪を作る。ぬいぐるみの周りをぐるぐると飛び回る。
「ひらいた。ひらいた。なんのはながひらいた」
リズムに乗せて歌い出す。三人とも歌っているのに、なぜか笑い声がなくならない。
ぬいぐるみがぶくぶく揺れる。中で何かが暴れているみたい。
「れんげのはながひらいた」
ぬいぐるみの頭が割れて開く。花が咲いたみたい広がる。
「ひらいたとおもったら――いつのまにかつぼんだ」
ウラオモテにするみたい開いた場所が伸びて包んで、ギュッと絞ったように細くなった。
えっ、え……!?
なにが、えぇ!?
「ジャジャーンっ、玉ー!」
ぬいぐるみが居た場所から何かを拾い上げて空に掲げる。薄緑色の石、マルイベリー?
他の二人が喜び手を叩く。妖精みたいな三人が嬉しそうに喜び合っている。なのに怖かった。とても怖い。
やがて三人がどこかに去っていった。笑い声が聞こえなくなって、ようやく息ができるようになった。
「スミさん……っ、スミさん! なにあれ。なんだよあれ!?」
「あれが鬼族です。妖鬼と呼ばれるファータ種。……これで分かったでしょう。外がどれだけ危険なことか」
何度もうなずく。あんなの知らない。怖い。もし、スミさんが居なかったら……想像したくない。体の震えが止まらない。
「鬼族は六つの種族に分かれています。それに危険なのは鬼族だけではありません」
あんなのが他にもまだ五人もいるのか。それ以外にもナニカあるのか。
なんだよこの世界っ。
こんなに恐ろしいと思ってなかった。
こんなに危ないと思ってなかった。
「タロウ……? タロウっ!」
ハッ、ハッ、と変な息が出る。何かが聞こえるけど何も聞こえない。怖い怖い怖い。
「ッ!?」
突然目の前が真っ暗になった。そして、背中に何かが当たってる。
「よし、よし」
スミさんの声が聞こえた。背中が上下に……撫でられてる?
呼吸が落ち着いてくる。目を覆う手をずらすと、スミさんが優しく微笑む。
「落ち着いた?」
「ぁ……っ、うん。うん、ありがとうスミさん」
軽く考えてたわけじゃないけど、心の準備が足りてなかった。ちゃんと知らなきゃダメだ。この世界のこと。じゃないとおれは、生きられない。
「悪いけどゆっくりしている時間はないわ。夜になる前に出来るだけ進みたいし、休む場所も見つけたい」
スミさんの言葉におどろく。
「戻らないの……?」
てっきり、町に戻ると思ってた。危ないって知ったから、だから言った通りでしょって戻るかと。
「どうして? ……まさか、怖気ついたの? タロウの意志はこの程度で諦めれることだったの?」
「ちがうっ! ううん、戻らない。先に進もう」
それから慎重に森の中を進むと何体かハリ種を見かけた。クマじゃない他の動物のぬいぐるみだったけど、全部ハリ種って言うらしい。ハリ種は魔族の中でも最低種だから名前がないって言ってた。よくわからない。
「夜になる前に洞窟が見つかって良かったわ。今日はここで一晩過ごしましょう」
夕方になった頃、洞くつを見つけた。洞くつというか、ちょっとした空洞だけど。
最初の三人組以外の鬼族とは会わなかったのが本当に良かった。いつ会うんじゃないかと、気が気じゃなかった。
「『エソルク・エディフ』。これで外からは何も入ってこないわ。いい、タロウ。これは中からは簡単に開くの。一度開けたら効果を失うから夜の間は近付かないで」
「う、うん」
洞くつの入口に扉ができて閉まった。それから透明になって見えなくなった。町にあった透明な壁みたいなものかな。それの簡単版?
透明だから外の景色が見える。さっき日が暮れだしたと思ったらもう空が暗くなっている。冬みたいにあっという間に夜になった。
スミさんに言われた通り、入口から離れて地面に座る。
疲れた。そんなに歩いてないのにめっちゃ疲れた。
「このペースで行けば後二日ぐらいで着けそうね」
二日もこれが続くのか。……大丈夫かな。
だらーんと足を伸ばしていたら何かが光った。星かな?
「スミさんっ、なにあれ? なにあれ!?」
気になって外に目を向けた。流れ星みたいに光が動いている。月が出てるのか、夜だけど外が見えた。だからそれも見えてしまった。
「あぁ、あれがナイフよ。……外に出ないでね?」
「出ないよ!!??」
包丁が浮いていた。宙をビュンビュン飛んでいた。なにあれ危なっ。
スミさんが言ってたナイフってあれだったんだ。……ん?
「スミさん。ナイフって町の中でも出るの?」
ナイフのことを言われたのは町にいたとき。でも町は透明な壁で覆われてるって言っていたよね。入れないって。
「出るわ。ナイフは魔族でも鬼族でもないもの」
うえぇぇえええ!? じゃ、じゃあっ、ここも危ないじゃん!
「大丈夫よ。さっき扉を閉めたでしょ? この空間は家の中って事になっているわ。だからナイフは入ってこない」
そ、そーなんだ……。
よくわからないけど、今はスミさんを信じるしかない。
外に出て一日目。もう先が心配になった。
おれ、ダイジョーブかな……?




