&48.欠けた存在
呪術医は少女を生かしたまま連れ帰った。彼は呪術医協会の会長だった。その会長が白い子を生かしたまま持って帰った姿に協会の人間は驚愕した。それほど、ありえない事だった。
戸惑い、動揺、疑心、不安。それらの感情が伝染していく。そんな中、一人が意を決して前に出る。
「か、会長。その白い子はいったい……?」
会長は固唾を呑む彼らを順に見渡す。この反応は想定の範囲内だった。
「傾聴せよ。今この時をもって呪術医協会は白零教に生まれ変わる事をここに宣言する」
ザワザワと雑音が上がる。彼はその声に気に止めず、言葉を続ける。
「そして、こちらに御座すが教祖のシラフ様である」
眠っている少女を無造作に揺すって起こす。ゆっくりと開かれる瞳に、場が静寂に包まれた。
一様に眼を瞠り、前のめりになって、言葉を失う。彼らも呪術医だ。何人もの白い子を扱ってきた。同職同種同類。故に感性は会長と同じだった。
美しいと、誰かが呟いた。
ゴクリと、誰かが喉を鳴らした。
ポタッと、誰かが涙を零した。
今の少女には鮮血は付着していない。
それでも分かる。感じる。
少女の神聖さを、神々しさを、神秘さを。
あぁ、これは神だ。神に違いない。
だがいくら似た感性を有し、志を共にする組織であろうと少数派は存在する。
「お待ちください! では今までの活動はどうするのです!? 未だにお守りを望む声は多くあります」
男がツカツカと前に進み出て抗議する。彼は金にがめつい守銭奴だった。金が全てで金以外はどうでも良かった。白い少女を一瞥し、目を細める。ニタァっとした下卑た笑みを浮かべる。
「それほどに純白ならば、さぞ高値がつけれるでしょう。今のままでも十分ですが、上手く育てれば倍は量が取れるかと……。会長、ぜひご一考を。慣習を変えれば反感を買います。今までの成果も地位も棒に捨てるおつもりで?」
「…………ふむ」
男の意見に会長が目を閉じて頷く。その様子に、分かってくれたかと安堵した。そして――
「捕らえよ」
会長の合図で男は両側から押さえられる。
「なっ、なにを……会長!?」
口角を上げたまま固まり、唖然とする。意味が分からなかった。どうして自分は捕まっているのか。どうしてこのような事になっているのか。何一つ分からない。分からないから、主犯の会長を見る。
「なんと嘆かわしい事だ。同志でありながらシラフ様の美しき白を理解出来ないとは。それほどまでに穢れてしまったというのか。ああ、なんと嘆かわしい」
強引に歩かされる。肩を押さえられて膝をつく。それは白い子の目の前だった。気味が悪い白い瞳と目を合わせられる。
大袈裟に語る口調はまるで舞台演技でもしているかのようだ。心に思ってもない事を、と言おうとして、言えなかった。言葉を発する前に首に一閃、赤い線が走る。
その血が少女にかかる。濡れても動かない、目を開けたままの少女に得も知れない恐怖を抱いた。人が一人死んだ。それなのに全く興味がないように微動だにしない。
空気に呑まれている彼らを見て、会長はほくそ笑んだ。
「刮目せよ。今この瞬間、不純物はシラフ様によって浄化された。卑しい身が清らかで美しい白き魂に生まれ変わった」
両手を広げて声を張る。横目に見える少女の姿に酔いしれる表情を隠しもしない。
「さて――異論はあるか」
それから一転して、見下すような冷酷な視線。地を這うような低い声は重くのしかかる威圧感があった。長としての威厳があった。
彼らは示し合わせたように跪き、白い子……いや、シラフ様に祈った。
少女は物心がついた時から白い部屋にいた。その部屋が世界の全てだった。
少女は神そのものだった。神の代わりでも神の使いでもない。まんま神。
呪術医は元より神など信じていない。彼らは超自然的なモノを信じ扱ってきた。目に見えない神などという空想には踊らされず、現実に在るモノで地に足をつけて生きてきた。
ではなぜシラフ様という神に仕えようとしているのか。答えは簡単だ。それが一番都合が良かったのだ。
シラフ様という存在が居る。だから似通う白子症のマガイモノはいらない。そして神には供物が必要だ。
彼らが目に着けたのは完全な白い子の存在価値。そして、より強固な大義名分だ。掲げる思いややり方は変わった。だが内実根底部分は全く変わってはいなかった。客観的見れば活動も変わっていない。
呪術医の役割は人間を治療する事。ただそれだと医師と変わりはない。では何が違うのか。
病は気からという言葉がある。呪術医は怪我や病気の治療に加え、恨みや嫉みの解消も担っているのだ。
では神にされたシラフ様の役割は?
ただそこに居る事だ。神社にある神像のように、寺院にある仏像のように、魂なき人形のようにそこに居る事。何もしなくていい。それどころか行動する事は望まれてない。
少女は目が見えなかった。視力が発達せず、治療もされず、さらに白色に埋もれて使い物にならなくなった。
少女は声が出せなかった。精神的なショックによるものかは定かではない。けれどそれは教会にとっては好都合だった。
少女は聴覚だけは機能していた。けれど言葉を理解する知能がなかった。言うなればずっと意味の分からない外国語を聞いているようなものだ。
少女にも心はある。けれど自我が芽生えなかった。ずっとモヤモヤした気持ちがあった。けれど、それがナニなのかが分からなかった。
そうしてそのまま、少女はシラフ様として生きていた。
…………果たしてこれは生きていると言えるのだろうか。
彼女の人生は不運だった。不幸だった。不遇だった。
それは誰が決めた?
客観的にはそうだろう。だが彼女自身はそうではなかった。かと言って幸せだったわけでもないが。
シラフ様の生活が普通だった。日常だった。それ以外知らなかった。物心がついた時にはもうシラフ様だったから。
そもそも、幸せだなんだと考える脳がなかった。
教会の誰もが思っていた。白零教は安泰だと。一遍の疑いもなかった。シラフ様の容態に変化はなく、万全の管理をしている。
もうすぐで十五年。切り目の目前だった。
――終わりは実に呆気なかった。
ずっと白かった世界が、突然黒に変わった。突然の変化に虚無だった少女が反応した。防衛本能だろうか、初めて少女が自発的に行動した。立ち上がった。
そして――頭をぶつけた。
たまたま頭から近い髪を踏んでいた。そこは少女の身長より短い長さだった。髪を押さえられて、立ち上がる少女はバランスを崩した。受け身も何もせずに、少女は倒れた。幸か不幸か、打ちどころが悪かった。
頭が痛い。
そして次の瞬間、全てが変わった。
気持ち悪くない。
目が見える。
頭が痛くない。
体が動く。
言葉が分かる。
苦しくない。
声が出る。
違和感はなかった。おかしいと思わなかった。だってそれが普通だから。この状態が正常だから。
そうと気付くのに、多大な時間がかかったが。
全部思い出した。いや、全部理解した。異常だったって。おかしかったって。気付けた。知れた。
誰かの声は自分の声だ。誰かの姿は自分の姿だ。
目を開ければ、鏡映しのように自分が居た。
「おはよう」
何を言うか迷って、出たのがその言葉だった。さめじぃが教えてくれた言葉。とってもポカポカする。
目の前の自分は動かない。目と口を閉じている。
ノーア。
ノロイスト種の上位種、ロイヤルノロイスト。生まれながらに死んでいる者。
中身のない抜け殻で、名前を呼ばれなくて、生きている事を認知されていない。
人形だったツクモシズクと似ている。
どちらも欠けた存在だ。二人はパズルのピースのように重なる。欠けた部分を補い合って、二人が合わさって、ようやく完全な一つ存在になれる。
光が収まる直前で、心が揺れる。
『ノーフォを――』
それは、心がないはずのノーアの望みだった。
誰も名前を呼んでくれないから自分で呼ぶ。




