&45.シラフ様
衝撃事実発覚!
シズクちゃんは裸族だった!
え……ウェッ、どどどどどうしよう!?
あー、うーー……うん。とりあえずあの覆面ヤるか。
だってだって、シズクちゃんの裸を見たって事でしょ。そうだよね。そうだよね!?
私のシズクちゃんの、可愛い人の素肌を!
許すまじ。断じて許してなるものか。男か女か知らんけど、どっちにしろダメだ。今はもう私がいるからね。ダメですぅー。全部ダメー。ブー、ブー。
「し、シズクちゃん。お願いだからフキュ……ふ、服を着てください。目に毒……あぁえっと、悪いんじゃなくて。その……可愛いです。とっても可愛いよ? あのっ可愛いけど、そのね、直視出来ないぐらいだから……っ準備期間。慣れるまではどうか服を……」
あぅ、何言ってんだろ。頭が回んない。
まともに顔見れない。……うん。可愛かった。シズクちゃんとっても可愛かっ……あああ裸がァっ!
見た。見ちゃった。裸見えちゃった。頭から離れない。うぅぅ、ダメダメ。考えない。冷静に。いつも通りに……。
そうだ。私も脱げばいいんだ!?
それなら対等。それなら恥ずかしくない。
襟に手をかけたところで動きが止まる。
ドクン、と心臓が大きく鳴った。
何か、何か違和感がある。
「し、シズクちゃん」
何かは分からない。でも、その何かはとても大事な事の気がしてならない。胸騒ぎがする。とても嫌な感じだ。
「シズクちゃん?」
焦りが茹で上がった頭を冷ます。さっきとは違う、嫌なドキドキがする。頭の中で警鐘が鳴ってる。明確にすべきか躊躇いがある。
知ってはいけない事がある。
知らない方が幸せな事がある。
知ってしまえば変わってしまう事がある。
その瞬間は実に呆気なく、また簡単に過ぎ去る。
それなのに、世界から取り残されたような感覚に陥る。
この感覚を知っている。見てはいけない。知ってはいけない。それは私の中の根底を覆すほどの大事な分岐点になる。
そう、分かってても……止められない。
だってこれは、シズクちゃんに関わる大事な事だと思うから。どんな事でも、シズクちゃんの事なら知りたい。全てを受け止めたいから。
「――ッ、…………あぁ」
声が漏れた。荒れていた心が一瞬にして凪く。もう後戻りは出来ない。それを感じたのか、目から涙が落ちた。
『つくもしずくは、しらふだった』
あの時の情景が脳裏に浮かぶ。あの時もそうだった。見ないフリして、気付かないフリして、知ろうとしなかった。ヒントはすぐにそこにあるのに、真実に目を背けた。最低な事だ。
「シズクちゃん」
呼びかけても反応しない。
「シズクちゃん」
それでも呼び続ける。
たとえムダだとしても、そうしなければ私の心が砕けてしまいそうだから。
手を伸ばす。なんの反応もしない様子は、人形のように感じる。
「…………っ」
伸ばした手が頬に触れる。でも、なんの感触もなく、伸ばした手は止まらない。透けるように通り過ぎる。
シズクちゃんの姿を見えたのは台座に行ってから。それまでのシズクちゃんの様子は声だけしか知らない。でも、きっと違うんだ。
何も知らない子供のような幼さで、愛情も触れ合いも知らない歪な少女。純真無垢だと言えば聞こえはいいけど、そういう次元じゃない。
空虚な瞳になんの感情も見られない。喜怒哀楽が欠落して、写真の中にいるかのように時が止まっているように動かない。ホントに生きているのかも疑ってしまうほど、ツクモシズクという人間が、人形に見えた。
これはシズクちゃんの記憶だ。そう思ったら場面が変わった。
さっきよりは広い部屋。けれど部屋が真っ白なのは変わらない。シズクちゃんが裸なのも変わらない。
部屋の中には他に四人居た。シズクちゃんの隣に一人と正面に三人。食事を運んできた覆面と同じ格好なのが三人。シズクちゃんの隣のヤツと、真正面にいる人を挟むように立っている二人。制服みたいなものか?
真正面にいる男は、台の上に乗って手を合わせている。まるでシズクちゃんに祈りを捧げているように。
服は……なんて言うんだっけ? 昔の人が着ているような、そんな粗末な服。
「今世の不純物を御身で浄化し、清らかで美しい白き魂として生まれ変わる。卑しきその身をシラフ様に捧げる名誉と栄光を誇りなさい」
しわがれた男の声。覆面の誰かだと思うけど、変に音が反響して分からない。でもこういう場合って、大概シズクちゃんの隣にいるヤツだよね。クソジジィが。
男の両脇にいた二人が男の服の側面の紐を解く。するとあらフシギ! 男の服が簡単に脱げました。
って、オイッ!
何してるんだふざけるな。シズクちゃんにそんなに汚いものを見せるんじゃない! ただでさえシズクちゃんの裸を見られてイラついてんのに何してくれてんだ。シズクちゃんが減る。
男も男だ。なんでその布一枚だけなんだよ。変態か。変態なんだな。シズクちゃんに近付くな。
っ、待て待て待て!
何してる!? なんで男にシズクちゃんの髪を巻き付けてるんだ。髪が汚れるだろ。やめろやめろ。
止めようとして手を伸ばす。シズクちゃんの髪を掴む手を掴もうとして、空振る。距離感を見誤ったわけじゃない。掴めなかった。触れなかった。シズクちゃんと同じように透けた。
記憶の中だから。干渉は出来ないのだろう。過去は変えられないから。
「あぁ……シラフ様シラフ様。どうか私をお赦しください。全てをやり直す機会をお与えてください。シラフ様シラフ様」
なんだ……これ。気持ち悪い。シズクちゃんはこんなのを見て育ったていうのか?
こんな醜悪な環境を耐えてきたというのか?
「シラフさ……ガッ!?」
「なっ!?」
……に、してんだ。何してんだっ!?
シズクちゃんが見ている前で、男が首を切られた。鮮血が、吐血が、宙を舞い目の前のシズクちゃんにかかる。
真っ白なシズクちゃんが男の血によって赤く染まっていく。肌に、髪に、男の血が伝う。新品のキャンパスに赤いペンキを無造作にぶっかけたみたいに染まっていく。
「あぁ、なんとお美しい。これでまた一人、シラフ様によって魂が浄化された」
美しい? また? ……ふざけるな。
こんな事、大義名分も何もない。ただの殺人だ。それも、シズクちゃんに全ての罪を擦り付けるような最低最悪のやり方だ。
あぁ、そうだな。確かにシズクちゃんは正常だろうよ。たった一人の少女に縋って酔わなきゃ生きてられない酔いどれ共が。低俗なテメェらのせいで一人の少女の人生が踏み躪られている。
こんなの……っ、とても正気でいられない。
シズクちゃんは微動だにしない。髪に、顔に、肌に、血が滴るのを拭いもしない。
知りたいけど、知りたくない。でも、とっても気になる。
ねぇ、シズクちゃん。
あなたの目には何が映ってるの?
何を感じて、何を思うの?
それとも、何も分からない?
シズクちゃんは何も知らない。何も教えられてない。それなら善と悪の区別もつかないのだろう。それどころか、今目の前で起きた事の意味すら理解していないのかもしれない。
それなら、それでいい。シズクちゃんが傷付いてないのなら、それで……今のままでもいいのかも。
……いや。いいや。ダメだ。それは、コイツらと同じだ。何も教えずに、幸せだけを与えるのは、果たしてシズクちゃんのためになるのだろうか。
でも、じゃあ……どうすればいい?
私はシズクちゃんになんて言えばいい。
ここでの出来事は本来やってはいけない殺人という行為で、人の命を、未来を奪うダメな事だって?
でもシズクちゃんは被害者だから罰は受けない。気にする必要はない。大丈夫だよって?
なんだよそれ。そんなの不当に苦しめるだけじゃないか。
手を伸ばす。触る事は出来ない。それでも、大切に抱きしめる。
何も言えない。かける言葉が見つからない。聞こえないと分かってても、それでも喉を震わせ声を絞り出す。
「シズクちゃんっ……」
結局、捻り出したのはシズクちゃんの名前。シラフ様ではない、彼女が名乗った彼女の名前。
そして一つの疑問が浮かび上がった。
シラフ様と呼ばれる少女。だとしたら、どうして彼女はツクモシズクと名乗ったのか。何も知らないはずの少女が思いつきで出る単語ではない。正しく人の名前だ。
その答えはこのまま彼女の記憶を見ていけば分かるのだろうか。
果たしてそれまで、私は正気を保てていられるのだろうか。
従順な信徒「シラフ様はトイレに行かない」
敬虔な信徒「シラフ様は下賎な人間とは違うのです。排泄など汚らしい行為をするはずがない」
酔狂な信徒「白いう〇ち」




