&T7.もうダメかも
スミさんの家で一晩過ごして、朝になった。
「おはようございます」
「おはようタロウ。よく眠れた?」
うん、とうなずく。疲れてたのか、ベッドに入ったらすぐに寝れた。
「あの、スミさん」
昨日の夜、考えた。たくさん考えて、決めた。
おれの顔でなにかを察したスミさんは優しくほほえんで机につく。そして手で座るように促される。
「スミさん。おれ、外に行く。危険でも……それでもっ、アイに会いたい」
まっすぐスミさんを見て言う。思いを確かめるように静かに見つめられる。叱られてるみたいで緊張する。でも、目をそらさない。
それから少ししてスミさんがふぅ、と息を吐いた。緊張も和らいで、肩に入っていた力が抜けた。
「そう言うと思ってたわ。外に出るのは勧められないけど、タロウが決めた事だもの。意志も固いようだし、止める事はしないわ」
「スミさん……」
良かった。止められたら強引に出ていくつもりだった。でもそれは、できればやりたくなかった。だってそうすると、悪い仲で終わっちゃう。
家に泊まらせてくれた。この世界のことを教えてくれた。色々助けてくれた。その恩返しもできてないのに、反対に悪くなるのはダメだろう。
「でも」
ありがとうを言おうとして口を開いたとき、スミさんが話し出す。抜けてた気が戻って、背筋が伸びる。
「タロウ一人では行かせれません」
それはそうだろう、とうなずく。でも、そう言われても困る。この世界に知り合いはいない。……いや、お母さんがいた。お母さんと会ったのは、たぶん外。だったら先にお母さんを探して――
「私も一緒に行きます」
「…………え?」
考え事してたから、すぐに頭に入ってこなかった。言われた言葉は簡単なのに、意味が理解できなかった。
おどろいてスミさんを見ると、優しく笑っていた。だから余計にわからなくなった。
「勇者であるタロウだけで外に行かせるのは心配です。本音を言えば、イスリンの中に居てくれるのが一番安心です。でも、それはタロウの意志に反する。出来るなら、タロウの気持ちを尊重したい」
「う、うん」
スミさんの言ってることはわかる。
町の中にいれば安全だろう。でも、ずっとここにいてもなにも変わらない。やりたいことはここでは叶えれないから。
「だから、私もタロウと一緒に外に行くわ。それなら不安に感じることはない。タロウを守ってあげることも出来る」
「う……うん?」
急にわからなくなった。そこでなんでスミさんも行くことになるの?
正直に言えば、とても嬉しい。外が危険だって言われて不安に思ってる。昨日言った、ナイフのことも気になるし。
日本じゃないこの世界のこと、まだまだ知らないことの方が多いから。だから、魔族でも知ってる仲のスミさんが居てくれるのはとても心強い。
それと同時に、申し訳ない気持ちにもなる。アイを探すのはおれのわがまま。アイはこの世界に居るはずなんだ。でも、絶対じゃない。それなのに、危険だとわかってるのに、会ったばかりのおれをこんなに助けようとしてくれるのは、ありがたいけど気が引ける。
ううん。それだけじゃない。一番は消えて欲しくない。もし外に出て危ない目にあったら、スミさんはきっと魔法で助けてくれるだろう。そしていつか、カナリアさんみたいに消えちゃうんだ。なにも残らなくて、あっという間もなく。
それが一番嫌だ。この世界じゃ当たり前だとしても、おれにとっては当たり前じゃないから。スミさんが消えるのは悲しい。
「ありがとうスミさん。すごくうれしい」
「さあ、そうと決まればすぐに出発しましょう」
「でも!」
立ち上がるスミさんに待ったをかける。机に手をついたまま、スミさんはフシギそうな顔をしておれを見る。
静かに息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。大丈夫。大丈夫。それから笑って見せる。
「でも、そこまでしてくれなくていい。おれ、かけっこが得意なんだ。足は速い方だからさ。だから……大丈夫だよ。危ないって思ったらすぐ逃げるし、気をつける。だから、外には一人で行くよ」
「タロウ……」
気まずい空気になる。でもしかたない。これで良かったんだ。これが一番だよ。
席を立って頭を下げる。
「今までありがとうございます。もらってばかりで、何も返せなくてごめんなさい。でも……また、会いに来てもいいですか?」
図々しいかもしれない。でも、これで終わりにしたくもなかった。返せるものはなにもない。だってこの世界でもおれはなにも持ってないから。
だから、せめて無事に帰って一番に会いたい。ただいまって言いたい。そして、それまではどうか消えないで欲しい。それがスミさんにできる恩返しで、おれの願い。
「……」
何も言わない。やっぱり、ダメだろうか。ずっとムリなことを言ってるのはわかってる。
スミさんの言うことを聞かないのに、おれのお願いは聞いてだなんて勝手すぎる。
「タロウは、何を言ってるの?」
「……へ」
びっくりして、思わずスミさんを見る。
なにをってどういうこと?
そんなに変なこと言った?
わけもわからずスミさんを見ると、困ったような顔をしている。たぶん、おれも同じ顔をしてると思う。
「タロウは力を持たない勇者なのよ? 一人でいることが一番危険なのに、なぜわざわざ進んで危険な状況下に向かおうとしているの? 確かに私は外に出たことがないわ。でも知識はある。魔力がある。タロウは勇者なんだから、気負わず受け入れるべきよ。一番に心配するべきは自分自身のことよ」
せ、正論だ……!
何も言い返せない。
「で、でも……っ」
なんて言えばいいんだ?
どう言えば納得してくれる?
えーっと、えーとっ!
「時間も惜しいし早く出ましょう。夜はナイフのせいで動けないわよ」
考えてる間にスミさんが玄関を開けて呼びかける。行く気マンマンだ。これは……もうダメかも。
「スミさん……」
「第一、タロウは本当に一人で問題ないと思ってるの? その、ニンゲンが居る場所は? 向かう方向は? まずイスリンから出れるの? 危険が何かも分からないのにどうやって注意するつもりなの?」
いくつも質問される。そのどれにも言い返せなかった。だって、知らないから。知らないから、答えれない。
『無知は罪。知らなかった、子どもだから、では許されない。世界は優しくないから、己を守る意味でも知識という力を持っていなければならない』
そう、アイは言っていた。だから勉強するんだと分厚い本を開いて言った。毎日色んな本を読んでいた。
それにお母さんも――
『子どもが大人に敵わないのは当たり前さ。生きた時間の長さは決して覆せない。知恵、身体、経験。これらは努力によっては追いつけるかもしれないが、道のりは果てしなく遠く生半可な気持ちでは不可能だ。まだ子どもなんだ。焦らなくていい。無理はしないで力をつけるまでは大人を……信頼出来る大人を頼りなさい』
スミさんは優しい人だ。信頼していいと思う。一人より二人の方がいいこともわかってる。
でも……やっぱり――
「タロウ。私は私の意思でタロウと居ます。誰かに指図されたわけでも頼まれたわけでもありません。外に行くのもそう。私の意思で選択した事です。だから、タロウが負担に感じる必要はありません」
いつの間にか下がっていた視線を上げて、スミさんを見る。笑ってない、真剣な顔でおれを見ていた。
ここまで言われて、断るのは失礼だろう。なにより、嬉しい。一緒に居てくれるって、一人じゃないってのが、とても嬉しい。
「スミさん、ありがとうございます。その……お願いします」
自然と笑顔になる。照れくさくて、隠すように頭を下げた。
上から笑い声とも息を吐く音とも取れる、あいまいな音が聞こえた。顔を上げると安心したような、嬉しそうな、今までで一番の笑顔をしていた。
「スミさんっ、なにあれ? なにあれ!?」
町を出て、おれは外の危なさを実感した。
そして――スミさんがいてくれて良かったと心の底から思った。
厚意はもらってなんぼだタロウ!




