&43.直感が告げる
あるべきものがない。
当たり前にあったものだから、なくなるなんて思いもしなかった。だから、気付くのが遅れた。
えっ、いつからだろう?
暗闇は論外として、地獄……?
あそこにはマグマという光源があった。だから……でも……ダメだ。思い出せない。影なんてわざわざ見ない。
もしかして最初から、荒野の時から、影なしだった?
そんな……っ!?
影がないって、それじゃあ…………どうなるの?
実害は今のところない。おかしな部分もない。あー、そういや体が生えてくるっておかしいね。便利な体としか思ってなかったから頭から抜けていた。
死んでも死なない不死身。いや、そもそもの話、最初から死んでるって線もありえるな。そうなると……幽霊? 私って幽霊なの?
でも私は、生きて……るかは微妙なところだけど、物には触れるし、足がある。宙を浮けないし、地面を歩いてる。
あ、でも裸足だ。裸足で浴衣だ。えっ、じゃあ私って幽霊なの!?
衝撃事実発覚。私鮫島渚は幽霊だった。キャー、ビックリー。ヒュー、ドロドロドロー。
って、それはどうでも良くて!
幽霊ってあれだろ? 人を恨んで呪ってやるーって枕元に現れる陰湿なヤツ。え、ヤダ。そんな回りくどい事しないで正面からぶつかれよ。
恨む前にやり返す。何かされたらまずやり返す。後でとかないから。いらないから。その時の感情を優先しろよ。
私が恨むって、ないない。まず誰を? って話だし。そんな性格じゃないし。
あ、そうだ。幽霊と魂って違うっけ? 同じだよね?
じゃあなんで私はシズクちゃんに触れないんだろ。おかしいよね。姿も見えないとか絶対おかしい!
不完全な幽霊? もっと、ちゃんとした幽霊になればシズクちゃんと触れ合える?
よーし。それならなるぞ。私は幽霊。私は幽霊。私は幽霊。
「ムムム……」
恨む……恨む? えー……あっ、主催者がいた。あんにゃろクッソー。うらめしやー。うらめしやー。
……よし!
「シズクちゃん!」
振り向いて確認する。
私は幽霊だから、シズクちゃんの姿が見える。
私は幽霊だから、シズクちゃんに触れる。
「さめじぃ」
み、み……見えなーい!!
なぜっ!?
幽霊力が足りないのか!?
もっと幽霊力を上げるには何をすればいいんだ?
幽霊っぽさ……手を前にやる。おーばーけー。
後は、冷たさ? 鳥肌が立つぐらい冷える……。
「布団が吹っ飛んだ。内臓がないぞー。イルカはいるか?」
小さく呟くと轟音がした。反射的に音の方を見ると、イルカが島を食った。
……食った。
うん。さっきの亀みたいに食ったよ。比較的他より小さめの島だったけど、食われてなくなったよ。破片が落ちてボチャボチャ音が聞こえる。
何それ。食事? ベジタリアンか。島の養分を摂取するのね。それにしちゃ豪快過ぎだろ。
いやなんだよ島を食うって。バカみたいじゃん。
てかなんだよ幽霊力って。頭沸いてんのか。
「…………」
い、一応……一応ね。確認は大事よ。
そーっとシズクちゃんを見る。うん。人魂。
デスヨネー。うん。ワカッテタ。
ないない。ないわー。何考えてんだ頭おかしいぞ。体が変になってるのに頭までおかしくなったらどうしようもないぞ。ホントどうしよう。
そもそもなんでこんな……あぁ、影か。何がどう転がって幽霊力になるんだ。全く。
影がないのはおかしな事か? そりゃ確かに普通はあるものだけど、ないからどうだって話はない。光あるところに影あり。ここに太陽、というか光源がないから影が現れないだけの話では? 青空で夜じゃないけど。
まあ、フシギ空間なのは今に始まった事じゃないか。フシギを解明するのはムイミな事。考えるだけムダ。時間のムダ。解明出来るだけの頭脳がないから。
ここでは影がないのが当たり前。そう思えば簡単だ。この考えを受け入れるだけで話は終わるのだから。
よし。解決!
万事オッケー。
それじゃあ探索を始めるか。さて、どこに行こうか。選択肢が多いとそれはそれで迷うな。順番にってのが一番だけど、どこを回ったのか、覚えてられる自信はない。だってなんの目印もないし、島はあっちこっちにあるし。一列に並んでたらいいけどさ、高低差もあるしムリムリ。
だからといって目につく方に行って、同じところをぐるぐるするのも嫌だよね。
今いる島をぐるっと回りながら辺りを見渡す。見える範囲で、だいたいこの島と似たような感じだ。人工物とかあれば、そこに何かがあるってすぐにわかるのに。
むーん。上の方は見えないな。上側を渡りながら探していくか。そこなら見晴らしいいし。
「シズクちゃん、まだ動ける? 大丈夫?」
「うん!」
「上の方を回るけど、疲れたらすぐに言ってね」
頭を取って投げる。島に着陸して物色する。
それを何回か繰り返して、一番高い位置にある島に着く。そこは他の島とは違っていた。
水が張っている。一瞬、下に落ちたのかと焦った。水を覆うように、切れ込みがある葉と白いスイレンの花が浮かんでいる。色とりどりの花園から打って変わって、厳かな雰囲気が漂う。
その中央に台座があった。そこに引き寄せられるように足が向く。足取りが重いのは水上だからか。それとも、恐れている?
この場所の雰囲気に飲まれているのか。らしくない。何を恐れる必要があるというのだ。私にはもう、何もないのに。
それでも足の遅さは変わらない。気持ちとは裏腹に
体はのろのろ動く。まるで操られているみたいに、ただ粛々と台座に向かう。スイレンの園を切り開いて道をつくる。歩いた道のりを残すようにスイレンは戻らない。
台座に着いた。隠すように少しへこんでいるそこにあるものに、息を呑んだ。
四角に切り取られた棺桶のような場所に眠る一人の少女。真っ白に透き通った白い肌に同じく白い髪。無防備であどけない寝顔を見せる少女に手が伸びる。
「あ」
シズクちゃんが漏らした声に気を取られて横を向く。それと同時に伸ばした手が少女に触れた。
「あ…………エッ」
しまった、と少女を見ると燃えていた。轟々と燃える赤い炎に包まれている。
ウソウソウソっ! 待ってウソなんで!?
止まって消火水ー!!
「さめじぃ」
シズクちゃんに名前を呼ばれる。
でも待って。今ちょっと非常事態。
「水……水をかけて……っ」
今ならまだ間に合う。……多分。間に合ってお願いだから。
こんなに可愛い人が燃えてなくなるとか耐えられない。
振り返って、水を取りに行こうとする。でも、一歩踏み出したところで袖を掴まれる。腕を引いたら簡単に払えるほど弱い力なのに、体が動かなくなった。動いたらダメだと、離れたらダメだと直感が告げる。
「さめじぃ」
もう一度、シズクちゃんに呼ばれる。今までと違う、静かで落ち着いた声。胸が高鳴る。明確に何かが変わった。
その何かを確かめるように振り返り、目を瞠る。
袖を掴む両手から覗く細い腕。サラサラの美しい白い髪。伏せた瞼にかかる睫毛も眉毛も髪と同じように白い。引き結んだ色の薄い小さな唇。
その人は台座に眠っていた少女と全然に同じ姿をしていた。
「シズク……ちゃん?」
自信のない情けない声だ。でも、彼女がシズクちゃんだって確信がある。根拠はない。確証もない。でも、分かる。だって今この瞬間、私は目の前の彼女に一目惚れした。
一度強く瞑ってから、躊躇いがちに瞼が開かれる。上目遣いで見つめてくる灰色の瞳と目が合う。
うっ…………か、わいぃーーっ!!
なんだこの可愛い生き物は。可愛いが過ぎる。
ここは天国か。夢か幻想か?
私生きてる? 息してる?
心臓がドクドク鳴ってる。シズクちゃんに伝わってないかな。聞こえてないかな。うぅ、喉が渇いてきた。とても緊張してる。可愛過ぎて直視出来ないのに、吸い込まれるように魅入られて、視線が定まらない。
……ん? 視界の端に何かが見えた。眼だけでそこを見る。
あれ? 少女が燃えてる。やっぱり、シズクちゃんと同じ姿だ。って、そうだ! 火を消さないとっ 。
「つくもしずくは……」
シズクちゃんの声が目の前にいる彼女の口から聞こえる。意識がシズクちゃんに集中する。だって一番はシズクちゃんだから。何を犠牲にしても、最優先にしたい、するべき人だから。
可愛い可愛い可愛い。触っていいかな。いいよね。手を繋ぎたい。頭を撫でたい。ぎゅって抱きしめたい。
袖を掴まれてない反対の手を近付ける。
「つくもしずくは、しらふだった」
眉間を寄せて、瞳が揺れている。泣きそうな顔で、縋るような力で、秘めたる事実を告げる。
触ろうとした手が止まる。息が止まった。思考も止まった。
引かれた裾の感覚がなくなった。でもその事を残念に思う暇はなく、すぐに手が伸びてきて、両手で頬を包まれる。そのすぐ後、顔が近付いてきた。
ち――
石のように体が固まる。と、おでこが合わさった。




