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&dead.  作者: 猫蓮
47/143

&40.ぬぅ〜ぽん

「わぁ〜っ!」


 甲高い歓声が聞こえる。言葉が出ない感動が伝わってくる。楽しそうにはしゃぐ声が耳心地いい。


 可愛い声に誘われて、目を覚ます。あぁ、今日は最高の一日だ。良い日になる。こんな気持ちのいい朝は初めてだ。だから、良い日にならないとおかしい。


 ほら、空が青い。快晴だ。やったね。幸先良い……そら?


 目を大きく開く。ぼんやりしていた脳が一気に覚醒した。


 空だ。空がある。外に、外に出れたんだっ……!

 やったー……っ?


 手を上げようとして、床についていた手に力を入れて、その床が少し沈んだ。柔らかい?


 中途半端に上体を起こした体勢のまま、首だけで振り返る。

 青い。青くて深い。揺れて水紋が広がる。


「水……海」


 体を回転させて、楽な姿勢になる。動く度に、水飛沫が上がる。水面が揺れる。


 大きなクッションの上にいるような感覚だ。でも、実際にいるのは海の上。沈まずに、浮いている。


 ゴクリと唾を飲み込む。

 海の中に手を入れてみる。少しだけ冷たいような感覚がある。


 水圧が強い?

 全方位から押される感じがする。力を抜くと反発して、海から追い出される。


 だから私は水面に立てているのか……?


「……よし」


 立ち上がって膝を曲げる。繰り返し屈伸してタイミングを図る。私を中心に波紋が広がっていく。見ていて楽しいけど、今は遊んでるんじゃない。


 いっ、せー、のー……せっ!


 飛び上がって、反転して、頭から入水する。水をかきバタ足して、さらに潜る。


 もぐ……ぬうぅ、進まない!?

 お、押し戻されるっ!?


 ぬぅ〜ぽんっ、と水上に押し戻された。うつ伏せでぷかぷかと浮かぶ。ため息をつくと、ぶくぶくと泡になって出る。


 私は浮き輪か。ビート板か。反発力が強過ぎやしないか。


 手をついて起き上がる。うん。手がつける、んだよなー。おかしな話だけど。

 水の上に立つってなんだよ。忍者でもムリだよ。イミフだよ。


 まあ、イミフなのは今に始まった事じゃないけどさ。別にいいけどさ。いや良くはないか。


 ポタポタと水が落ちる様をなんとはなしに眺める。小さな波紋が連鎖して揺らぐ。


「……っ」


 喉が震えた。波紋の隙間から覗く顔。その顔に見覚えがあった。いや、見覚えなんて生易しいもんじゃない。毎日見ていた。毎日話した。毎日、遊んだ。


「おじ、ぃちゃん……っ!」


 見間違えるはずがない。なんで、忘れていたんだろう。好きだったのに。どうして……。


「おじいちゃん!」


 水が落ちる度に波紋が生まれる。あぁっ、おじいちゃんの顔が、消えるっ!


 慌てて手を伸ばして顔に触れる。でもそれは、水面に映る幻影で、実体はそこにはない。そして、その幻影も今、自分の手で掻き消してしまった。


「あ……っ、あぁ……」


 手の甲に額をつける。瞼をぎゅっと閉じて、歯を強く噛み締める。


 会いたい。おじいちゃんに会いたい。もうずっと会えてない。また会って、話して、遊びたい。


 ――でも、なんで、会えなくなったんだっけ?

 それも思い出せない。どうしてこんなに記憶があやふやなんだろう。大好きな人との大切な思い出なのに、なんで何一つ思い出せない。


 心が沈んでいく。体は沈まないのに。

 なんだこれ。心と体が離れてるみたい。バラバラになる。


 …………。

 笑い声が聞こえる。シズクちゃんの楽しそうな声。


 意識が浮上していく。そうだ。ようやく外に出られたんだ。最後はなんかよく分からなかったけど、とにかく外に出れたんだ。これでシズクちゃんに外の景色を見せてあげられる……!


 こんなところでクヨクヨしてちゃダメだ。うん。そうだよ!

 会えないなら、私から会いに行けばいいんだ。シズクちゃんと一緒に。それで、みんなに紹介するんだ。シズクちゃんの事。可愛い人だって。


 よーしっ!

 そうと決まれば早速行動だ。

 シズクちゃんとラブラブデートをするんだから!


「シズクちゃ…………は?」


 顔を上げて、固まる。

 いやいやいや。は?

 え、何これどういう事!?


「島が、浮いてる……?」


 これも幻影か?

 そうじゃなければ背景か?

 釣り糸は……垂れてるようには見えない。


 これは、まさか……。

 ゴクリと唾を呑む。嫌な予感がする。すっごいする。でもまだ確証はないから。ほぼ確定だろうけど、一縷の望みをかける。諦めたら終わりだ。


「シズクちゃん」


 現実から目を逸らすように、シズクちゃんを見る。はしゃぐ声ですぐに場所は分かった。

 振り返った先で見たのは人魂だった。地獄で見た時と同じ、白い炎。どうやらエキストラと同じ姿ってわけじゃないみたい。


 なんだか、久しぶりに感じる。荒んだ心が癒されていく。


「さめじぃ! あれなに?」


 きっとシズクちゃんはどこかを指差しているんだろう。残念ながらその姿は見えないが。

 驚いた顔をしているのか、目を輝かせているのか。どちらにしても可愛いだろうな。見えないのがホントに残念過ぎる。


 惜しむ気持ちを押しとどめて、辺りを見渡す。さてシズクちゃんは一体どこを指しているのか。例のごとく向いてる方向は分からない。

 だけど私の沽券に関わるから慎重になる。ここで賢く頼りになるところを見せて名誉挽回しないと。ホントに暗闇はムリ過ぎた。


 青い空。青い海。空に浮かぶ島々。


 むーん。あの浮いてる島の事かな。気になるよね。……うん。なんて説明すればいいんだろ。そのまま言ってもハテナしか浮かばんが?


「えーっとね? あれは……」


 言葉に詰まっていると、地面が揺れた。地面ってか水面か。ああもう、ややこしいっ。


 なんとかバランスを崩さないように堪えてると、一際大きな揺れ、いや波が起こる。私の身長を優に超える高波は、容易く私を飲み込んだ。


「ぼごぁぶぐっ」


 溺れる。

 そう思って藻掻くも平衡感覚が機能してない。どっちが上か分からないし、波の勢いが強い。

 必死に手を伸ばす。でも、押し流されて……っ。


 水面に出た。放り投げられたみたいに打ち上がる。何度かバウンドして、止まる。


「え゛……っえ゛ほ、げほっ」


 声を出そうとして喉が詰まる。咳き込んで飲み込んでしまった水を吐き出す。


 そうだ。うん。沈まないんだった。急で慌てて忘れてた。焦って損した。


「ィ、じずぐぢゃん……」


 い、一体何が……っ!?

 あ、あれは……!


 落ち着いたところで顔を上げる。そこで目にしたのは、空を飛ぶイルカだった。さっきの波はイルカが水面から出た時に生じた波だったのか。


 ウソ……だろ?

 そんな……まだここが、中だったなんて……!

 そんな事ってある!?


 でも、あれは……あの大きさはっ、敵だ。紛れもなく、フィールドの敵だ。つまり私は、まだ外に出れていない。


 膝をついて、手をついて、項垂れる。

 なんだそれ、なんだよそれ!

 上げて落とすとかタチ悪い!

 ぬか喜びじゃないかふざけんな!


 はあ、はあ、はあー。

 クソッ、見事に嫌な予感が当たった。最悪。

 でも考えればそうだよね。雲どころか太陽も見えない空。異常に強い水圧と底の見えない海。空に浮かぶ大小さまざまな島。

 これが外だなんて嫌だ。逆に中で良かったと思おう。うん。






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