&39.風刺的で辛辣
大変そうだったから手助けした。まだこんな力が残ってるとは思わなかった。いや、あの場所だから、出来たのだろう。
『悪龍ゴミの消失を確認』
見つけるのは容易かった。数が多かったが、それだけだ。全域が闇に包まれたあの場所で、力が及ばないところはなかった。
あれを龍とするには些か疑問は残るが、元来は幻想の生物。であれば、姿形を気にするのは野暮というもの。たとえ嫌厭の対象であっても、目視出来なければ意味はなさないのだろう。
全ての龍を殺生した。すると空間が閉じていく。
まさか階層自体が崩壊するとは思わなかった。けれども合点がいく。そのお陰で繋がる事が出来たのもまた事実なのだから。
下から順に叩き落とす。まるでだるま落としのようだ。手足を失くしても、何度転がっても起き上がる屈強なダルマ。しかしてこれは自力で起き上がる事が出来ない。なんとも風刺的で辛辣なものだ。
『FK3の消滅を確認』
完全に閉ざされた。暗闇が、影が、黒がないところには、存在出来ない。あそこは満たされていたから。不十分では居る事も厳しい。
追い出されるように元の場所に戻ってきた。
今の状態では再び繋がる事は出来ない。恐らく、あの階層だったからこそ、なのだろう。
それにしても、まさか地下にも塔が出来ていたとは。それも随分と個性的な……。
――……あの者たちは大丈夫だろうか。
どちらも異様な魂だった。それでいて強い輝きを放っていた。
オーク骸と――
「おかえりなさい」
その声に手を上げて返す。
檻の中に入る少女。色を失くしたような白に、伏せた瞳に覗く朱殷。浮かない表情なのは今に始まった事ではないが、それでも僅かに口角が上がっている様子は喜ばしい事だ。
張り詰めていた息が抜ける。ほんの少しだけ安心したように表情が和らぐ。彼女の一連の変化に胸の奥深くから欲が顔を出す。首をもたげる前に折って押し戻す。
「なにか、いい事があった?」
こちらをジッと見つめる瞳。反射して見えるのは輪郭も分からない黒い自分。表情も何も見えないはずなのに、彼女は確信を持って尋ねる。
なぜ?
理由が分からず上半身を傾げる。すると彼女も真似るように小首を傾げる。
「違うの? 少し、嬉しそうに見えたから」
目が瞬く。言われた事がすぐには理解出来なかった。……嬉しい?
顎に手を当てて考える。嬉しい……嬉しい、か。うん。確かに喜ばしい事だ。
停止した世界に変化が訪れた。それによって、否応なく世界は動かざるを得ない。全体から見れば限りなくゼロに近い小さな歯車だ。それでも、回り始めているのは確かだ。一度回れば止まることはない。いや、止まらせない。
「01」
間違いなく、良い事があった。あぁ、気付いてもらえるというのは、こんなにも嬉しい事なのか。
今はまだ小さく遠い場所だけど、変化の波は連鎖していく。点在する波は大きくなり、交わり、やがて一つの荒波へと変貌するだろう。
そうなれば、本人が望んでいなくとも、禍根に身を置く事になるだろう。
ノーフォ。
ノロイスト種の始祖、オリジンノロイスト。
大きな音を立ててドアが開かれた。彼女の肩が跳ねる。緩んだ気が一気に張り詰めて、緊迫感が満ちる。ノーフォは感情を殺し、それを隠すように俯いた。
不躾な態度のまま部屋に入ってきたノーワンは檻の前に立つと、拳を打ちつけて顔を近付ける。
「よぉ、随分と楽しめたらしいな?」
顔を歪め、口の端を上げる。皮肉めいて見えるのは鋭く睨みつける眼のせいか。
悪人顔というのはこんな表情の事を指すのだろう。言い方も嫌味をたっぷり含んでるように聞こえる。
「っ、兄様……」
怯えるように見上げるノーフォ。だがそこにあるのは恐怖ではない。罪悪感。
ノーワンは血鬼王だがロイヤルノロイストだ。オリジンノロイストであるノーフォの下位種にあたる。にも関わらずノーフォはノーワンを兄と呼び、ノーワンの機嫌を窺い、王の座すらも明け渡している。
そうする事が贖罪のつもりなのだろう。だがそれは、甚だしい思い違いである。
けれどそれを伝える事は出来ない。こんなナリでは、ロクに話す事も出来ない。それに話してしまえばきっと失望される。嫌われる事に怖気ついて、今に至る。
「今さら、逃げるつもりか? ふざけるなっ! お前は何も出来ねぇ。弱いお前は、臆病なお前は、怯えて隠れるしかないんだよ。忘れたとは言わせねぇ。お前の居場所はここ以外、ない。なあ、そうだろ?」
恫喝を真正面から受けたノーフォの瞳が揺れ動く。動揺して僅かに体が震えてる。
「兄、様……。はい……はい。私は、どこにも行きません」
光に縋る朱殷の瞳。酷く拙い繋がりだ。今にも切れそうなほど細く脆い。それなのに、今も尚切れず保ってるのは依存故か。
本来、檻など無用の長物だ。ノーフォにとっては破壊する事は簡単で、それはノーワンも同じ事。そしてその事実もお互い理解している。にもかかわらず、今もこうして存在しているのは、目に見える証としての価値があるから。
ノーフォをここに繋ぎ止めている。自分はここから逃げ出さないという証明。なんとも意地らしい。
それでも言葉だけでなく、行動でも示す事に意味があるのだろう。
何度見ても気に食わない。
ノーフォと瓜二つの少女。けれどもノーフォではない欠陥品。不完全で不十分で欠落し欠乏している存在。
名前も姿も心も、他によって作られた虚像。
本質の核とも言える魂が抜けていたノーア。存在する事が出来なかった彼女が、反転した地下に存在して居る。
それも、よりによってオークマーシャルのオーク骸と。
……それにしてもノーアのあの様子。色々と不安で仕方ない。気にかかるのはノーフォと同じ姿故か。
まるで何も知らない子供のようだった。いや、子供でもまだマシだろう。元の記憶を継承してないにしてもあれは空っぽ過ぎる。
それに関してはオーク骸でもまともな人物が居てくれて良かったと思うべきか。まとも……うん。短気で浅慮で猪突猛進な点に目を瞑ればまともだろう。なんだかんだ二階層は踏破しているし。
今はまだどちらも有耶無耶だ。不確定で存在があやふや。だから、どちらに転じてもおかしくない。
願わくは、全てを断ち切る刃に。過ちも、しがらみも、法則も秩序も全てを断ち切り、この世界を本来在るべき姿に戻す動力に。
なんて、他力本願が過ぎるか。自らの過ちを無関係の他者に背負わせるなど、言語道断。無為を貫いていれば……なんて言っても今さらだ。もう手遅れで、取り返しもつかない。
「――っぅ」
痛みを耐える声に思考が途切れる。前を向くと、ノーフォの腕に噛み付くノーワンの姿。牙を突き刺し、喉を鳴らして、血を啜っている。
「う、……んっ」
ノーフォが苦悶の表情で耐え忍ぶ。けれど抑えきれずに声が漏れ出る。
暫くして、ノーワンが腕から口を離す。僅かに頬を朱に染めて、甘美となまめかしい息を吐く。開いた口から覗く鋭い牙に血が滴っている。
「――ッ、ぐ……ぅおおおォォっ!?」
ドクンと大きく律動する。呻き苦しみだし、やがて天を見上げて咆哮を上げる。
「あ、あぁ……っ、兄様っ!」
ノーフォが泣きそうな顔でノーワンに手を伸ばす。けれども檻に拒まれてノーワンには届かない。伸びた腕にあった噛み傷が修復して跡形もなく消える。
「兄様……もうっ、もう血を吸うのはやめてください。これ以上は兄様の体が……」
「うるせぇ!」
荒い息を吐きながら、血眼でノーフォを睨みつける。
「まだだ。まだ足りねぇ。もっと力をっ。こんなんじゃまだ、アイツに勝てねぇ。もう二度と、負けるわけにはいかねぇ!」
「兄様……」
ノーフォの伸ばした手を無視して、ノーワンは部屋を出る。勢いよく開かれたドアは跳ね返り、音を立てて閉じた。
「……っ、兄様」
居なくなったノーワンに、見えなくなった背中に向かって伸ばした手は力無く下がる。諦めたように息を吐いたノーフォは、再び檻の中央へと戻る。
小さく見える体がさらに小さく縮こませる。
「ねえ、コナキ。私は……」
俯いたまま。ここからでは表情は見えない。けれども察しはつく。抑揚のない声が静かな部屋にポツリと落ちる。
「――……ううん。なんでもない」
目を閉じて全てを遮断する。檻に閉じこもって壁をつくる。何も見ないように。何も聞かないように。何も言わないように。何も感じないように。
声をかけても届かない。いや、それ以上にかける言葉がない。彼女の苦しみ、その原因は自分なのだから。




