&37.考えたくもない
「――……じぃ」
声が聞こえる。
「……さめじぃ」
シズクちゃんの声だ。間違えるはずない。だって、可愛いシズクちゃんの、可愛い声だから。
これは……夢かな。私が会いたいって願ったから。その願いが幻聴になって聞こえてる?
ううん。それでもいい。夢でもいいから、ずっと聞いていたい。何回聞いたって飽きる事はない。
「さめじぃ!」
ハッと意識が戻る。
違う。これ、現実だ。
ホントに……ホントにホントにっ、シズクちゃんが来てくれた。
私が探しに行かないといけなかったのに、頑張らないといけないのに、それすら出来なかった。こんな私を見つけてくれた。探してくれた。
申し訳ない気持ちはある。でもそれよりも、嬉しいが勝つ。幸福感に包まれる。
「ぃ、……くちゃ……」
シズクちゃんの名前を呼ぼうとして、声が出なかった。それに、体も動かせない。これは、一番初めの時と同じ。もしかして……戻った?
いや、違う。体はある。感覚も感じてる。声も少しなら出せてる。
だから、前の状態に戻ったりはしてない。頭だけじゃない。そこは安心していい。
じゃあなんで、動けないのか。分からない。
確認しようにも、目を開けても暗いから何も見えない…………ん?
目の下に挟まれた感覚がした。噛まれた?
でも、なくなってない。食い破られたわけでない。甘噛みか? 噛まれた範囲も小さいし、エキストラがやったのか?
いやいやいや。エキストラはそんな行動しない。あれは人畜無害。ただそこに居るだけの存在だ。意思すら感じない背景のようなものだ。
じゃあ私を噛んでるのはなんだ。
シズクちゃんだったら嬉しい。ご褒美でしかないけど、まあ違うだろう。触れないし、突飛な行動はしないと思う。
じゃあ……会った事はない、居るかも知らない他のプレイヤー? えっ、それはヤダ。てかキモイ。知りもしない相手に勝手に触られるとかただただ不快だ。気持ち悪くて考えたくもない。
後は……敵? いやでも仮に敵だとして、こんなしょぼい攻撃があるか。だってこれまでを考えて、ありえないだろ!?
敵はデカかった。見上げるほどにデカくて、比べるのがちゃんちゃらおかしいほどの体格差。それが突然、体格差が逆転するとか考えられない。
いや、必ずしもない話ではない……?
暗闇迷路という今回のフィールドに合った敵。暗闇でなくても見つけるのが困難な小ささ。一撃が弱くてもすばしっこいヒットアンドアウェイ戦法。それなら、十分厄介な敵となる。
「ッ!?」
噛まれた場所が溶ける感覚がする。
こんなの敵だよ。絶対敵だ。敵じゃなかったらなんだって言うんだ。第三勢力とか今さらいらないから。慣れてきたからちょっと刺激を追加するか、とかホントに余計だから。全然、全く、これっぽっちも嬉しくない。
って、待て待て待て!
目の下だけじゃない。体中がそうなってる!?
噛まれて、少しして溶けだす。一箇所一箇所は小さい。けどそれが全身に、幾重にもやられたら話は変わる。だから、動けないんだ。だから、声が出せなかったんだ。
触覚を集中させる。小さい何かが体の上を這い回ってる? 虫か何かか? しかも、一匹二匹じゃない。うわっ、これ……超超超最悪。
考えたら吐き気が。うおぇ……気持ち悪ーい。あっち行けあっち行け! シッシッ。動けよ私の体っ!
「さめじぃ、さめじぃ」
あぅ、シズクちゃんが呼んでる。すぐにでも応えたいのは山々なんだけど、ちょっと今それどころじゃない。緊急事態。メーデーメーデーメーデー。結構マジでヤバい。ホントに、精神的ダメージがキツイんだが。
別に虫は苦手じゃない。クモもミミズも、昆虫だって素手で触れる。虫取り大会だってしたし、釣りも昆虫バトルもしたことがある。
虫に対して忌避感はない。けどそれは、私が触る側だったからだと思う。あくまでも私の方が優位で、手の中だけの話だったから。
誰が好き好んで虫を体に這わせる。くすぐったいとかより気持ち悪い。普通に単純に気持ち悪い。生理的にムリ。
あ……考えたら鳥肌が。てかもう、感覚がこびりついて……。
――…………っ、いやぁぁあああ!!!
「わっ、さめじぃ……?」
「ムリムリムリムリムリムリ」
早く取って! いやだ! ムリ死ぬ!
いなくなれ! どっか散れ! 離れてっ!
泣く。これは泣く。泣いちゃう。ムリ過ぎてムリ。
うぅ、さすってもさすっても感覚が消えない。やだァ!!
「ひ。おなじ」
うわーん。シズクちゃん助けてー!
いや待って。ダメ。助けないで近付かないで見ないで。私の事嫌いにならないで引かないでーっ!
「111」
うわうるっさ!? なにこの声、気持ち悪っ!? 肌がゾワッてするわ。やめて。ただでさえ不快真っ只中で気持ち悪いのに追い討ちなんて。
……ん? 声?
えっと、誰の?
呆然として、頭が真っ白になって、目を開ける。あ、手だ。私の手。
んん? 手ぇ?
うっそぉ!? 手が見える! なんでなんで!?
さっきまで真っ暗で何も見えなかったのに。わーい、やったー。
起き上がって辺りを見渡す。うん。暗い。何も見えない。あっ、でもなんか……手前は光って明るい?
物とか何もないからちょっとの違いでしかないけど明るい。見える、見えるよ!
もしかしてシズクちゃんが、何か光源を持ってきてくれたの? やだ、嬉しい。
って、そんなわけないか。触れないもんね。性格極悪な主催者がわざわざご丁寧に光源となる物を用意してるとは思えないし。
だとしたら、シズクちゃん自身?
地獄では常にマグマがあった。それで暗くなかったしで分からなかっただけで、実は光ってた?
炎……いや、人魂だもんね。発光しててもおかしくない。
そうかそうか。うん。納得した。
なんかいつの間にか虫の感覚もなくなってるし、嬉しいね。思い出したらまた……ブルブルブル。考えない。あれは気のせい。そう、まやかしだ。気の弱さが見せた幻覚。にしては生々しい……ううう考えるなー!
気のせい気のせい。そうそう。手が燃えて見えたのも気のせい。だって熱くないしね。温度を感じれるようになったんだから……え?
手を見下ろす。燃えてる。左右に振る。変わらない。炎に包まれてる私の手。
あっちぃーーー!? …………くない……?
熱くない。反対の手で触っても平気。てか、片手だけじゃない。両手とも燃えてる。腕から……って、なんだこれ!? 全身が燃えてる!?!?
そりゃ明るくなるわ。私が光源だもん。
えぇ? これどういう状況? 人体発火?
もうっ、次から次へと情報多過ぎ!
ダメだ。もうダメ。頭がパーだ。パッパラパーだ。
………………よし。
シズクちゃんに会えた。うん。結果これ。もうこれだけでいいや。




