&3.ツンツンつつく
目が覚めてから私は足蹴にされてきた。……目は開いてないから意識が覚醒してから、の方が正しいかな。うん。どっちでもいいわ。
私はわけも分からないまま、蹴られ踏まれ、地べたを這いずる事を強要された。
うん。こう言うとすっごいわ。悪環境過ぎるだろ。
実際はコロコロ転がってただけだけど。痛くも痒くもないからなんとも思わんし。当たる感覚はあるけど実際のところそれが何かは分からないし。
尊厳がーとか思ってみたけど、私がボールだとするなら正しい使い方だし。なんだよボールだとするならって。言ってる自分が謎だわ。
まあ、いい。良くはないけど、良いとする。
大事なのは今。現在進行形で私に起きている事だ。
今、私はツンツンされている。そう、ツンツンされているんだ。
足じゃない。手で! ツンツクツン!
足だの手だのは私の感覚で勝手に判断している。目が見えないからね。確認のしようがない。
ムギュって押されるような感覚はもう足で踏まれてるって決めつけてる。
ぶつかるような瞬間の衝撃みたいな感覚は蹴られたって事にしてる。もしかしたら手とか腕の可能性が無きにしも非ずんばだけど、私が床に転がってるんなら足以外なくねってね。
いやだって、そんなかるたみたいに四つん這いになって薙ぎ払うかね。わざわざ四足歩行になってネコみたいに遊ぶかね。私は遊ばん。絶対、疲れるから。
あ、ネコとかの可能性もあるのか。まあ四足歩行の動物は前足だからね。突進とか上に乗られるとかでも蹴る、踏む、みたいなもんだろう。誤差だ誤差。
なんかもうね、道端の石ころを蹴るみたいな感じなのよ。私の体感の想像が。ここ大事。
だから足蹴なの。私が足で蹴られていると思ったから。だから足蹴だと決めた。
異議は受け付ける。てか誰か教えて、私の姿。切実に。
話を戻すとね、指でつっつかれてるの。木の棒かもしれないけど、とにかくつつかれてるの。ソフトタッチで。これはつまり意思を持った誰かさんが私に少なからず興味を持っているという事だ。
ヘーイ、そこの誰かさん。ちょっと話さなーい?
体を震わせて猛アピールする。
悲しいかな、これが私が出来る精一杯の意思表示なんだわ。
唯一持っている手札、揺れる。これ一枚でやらせてもらってますどうも。
体を揺らしている途中で、私はある重大な事実に気付いた。気付いてしまった。
私、聴覚、無い。
聞いても、そもそも喋る事すら出来ないんだけど、返答を聞くことが出来ないんだよ。例えツンツンさんが今現在何かしらの言葉を発しているとしても私には分からない。聞く耳がない。
ツンツン、ツゥー、ツンツン。
つついた後になぞるような感覚。
こ、これは……モールス!?
そうかそうか、ツンツンさんはモールス信号で何かを伝えようとしているのか。
大変ありがたい。大変ありがたい、が……モールス信号とか分からないんだよなぁ。
ごめんツンツンさん。私が知識不足なばかりに。何を伝えようとしてるのか全くこれっぽっちも分からないんだ。
ああ、これならモールス信号を覚えておけば良かった。後悔先に立たずとはこの事か。くっ、悔やまれる……!
まあ、本当にモールス信号なのかも分からないけどね。真意はツンツンさんのみぞ知る。
ツンツンさん、出来れば文字。文字とかで伝えてくれませんかね。頑張って読み取るんで、何卒!
喋れないので念を送る。伝われ、私の想い!
ダメだわー無理だわー。
ツンツンさんはずぅっと私を突き撫でるだけ。飽きないの? って聞きたくなるぐらい同じ事の繰り返しだ。赤ちゃんかな?
最初は嬉しかったけどさ、ほら、私って触覚しかないじゃん?
だからさ、単調なんだよ。触られてるって感覚しかこないもん。こそばゆいとか、気持ちいいとかも感じないの。
あ〜そこそこ、もうちょっと右、とか言ってても虚しいだけなんだよ。声に出ないし、伝わんないし。
そういうわけで私がダレてきた。ツンツンさんには悪いけど、暇なわけ。
いや、ツンツンさんの存在はありがたいよ。そこは勘違いしないで。誰かが居る安心感はあるのとないのでは全然違うから。めちゃくちゃ助かってます。ありがとうございます。
でもさ、やる事もないし、やれる事もないしで退屈なんだよ。まあ、これは最初から一貫しているけど。
だって、考えてもみてよ。
私に出来る事は思考する事とちょっと揺れる事のみ。感覚のほとんどが機能していないからずっと変わり映えしない。何もない闇の中、たまに体に当たる感覚があるだけ。
一人孤独な私は、思考するにはネタに限りがある。
ここで会話が出来る誰かが居れば、寂しい気持ちもマシになったかもしれない。
目が見えて、自由に動けるようならば、退屈な時間を紛らわす事が出来たかもしれない。
そう言っても、出来ないものは出来ない。
無いものねだりでしかない。
でも今は違う。すぐ近くにツンツンさんがいる。会話は出来ないけど、確かに感じるあなたの存在。
ねえ、ツンツンさん。あなたは誰?
ここはどこか、あなたは知ってる?
ううん、知らなくてもいい。知らなくてもいいから、あなたと話したい。私、寂しいんだ。一人で寂しかった。だから、あなたに会えて嬉しい。とっても、嬉しい。
ねえ、あなたの事を教えて。なんでもいいから、どんな話でもいいから、私はあなたの声が聞きたい。
この問い掛けも、結局無意味なもの。
聞く事も出来ず、答えを知る事も出来ない。
そう分かっても、思わずにはいられない。それほど、私の心は弱っているらしい。
弱みを見せる無様は晒したくないんだけどな。それと同時に、強がったって仕方のない事だ。まあどちらにしろ、ツンツンさんには何も伝わらないのだから関係ないか。
…………?
止まらずにずっと動いていたツンツンさんの指が止まった。
どうしたんだろう。流石に飽きた?
そう思って、ツンツンさんが触れている場所に意識を集中させた瞬間、「あっ」という声が聞こえた。
声が聞こえた。
こ え が き こ え た
…………声が、聞こえた!?
ガバッと勢い良く顔を上げるような驚愕が電光石火のように走る。実際にはフルっと揺れただけだけど。
その事実を認識するのに時間がかかった。
だって、まさか過ぎた。
諦めていた。完全にどうしようもないと諦めるしかなかった。
それなのに……ツンツンさん、あなたって人は。どこまで私を喜ばせてくれるのか。歓喜に私の体も震えているよ。
そのすぐ後、体全部がぺちゃっと潰れる感覚がした。
私よりはるかに大きな何かに、虫を潰すようにプチッと潰されたみたいだった。
私は思った。あっ……と。