&T5.わかってない
「それじゃあデルタが言ってたこと、考えるわよ」
怒ってたカナリアさんはフゥっと息を吐くと、元の調子で言う。切り替えが早くてビックリする。
「誰にも入れない隠された場所って、そこに勇者がいるかもしれないってことかしら?」
「そんなことを知ってるなんてさすがフィト種よね。でも隠された場所ってどういうこと?」
二人が頭を傾ける。
やっぱり、デルタはおれと同じ人間がいるかもしれない場所を教えてくれたってことで合ってたんだ。
「『エスウォーブ・ユドゥトス』」
カナリアさんが魔法を使って地図を出す。でもそれはスミさんに見せてもらったのとちょっと違くて、より詳しくかかれていた。
「どの地にも属してないってイスリンでも鬼族の領地でもないってことでしょ?」
「そんな場所はないと思うんだけど……」
二人の間に入って地図を眺める。
あれ、右端に下矢印が書いてある。なんだろ? どこかで見たことがあるような……?
「ここの飛び出てるところは?」
左の尖ってる部分を指さす。
「えーっと、ミサキの塔? こんな場所あったんだ」
カナリアさんが顔を上げてどこかを見る。おれも同じ方向を見てみる。あっ、すごい高い建物が見える。なんで今まで気付かなかったんだろ。
その方向はデルタが見ていたのと反対の方向だった。
「『コォル・ドナプクセ』。……ここからじゃ何も見えないわ」
え?
カナリアさんを見ると目を大きく開けて、眉を寄せていた。
あんなにわかりやすいのに見えないの?
もしかして、違う建物?
「……本当ね。地図に間違いはないからあるはずなんだけど……小さいのかしら?」
同じく魔法を使ったスミさんも首を振る。二人とも、見えてない?
じゃあ、おれが見ているあの塔は、なに?
「まあでも、この塔はイスリンの中に入ってるから違うわよね」
「デルタが見ていた方向は……エストファね」
聞くタイミングがなくなった。また後で聞いてみようと地図に視線を戻す。
地図にはぐにゃぐにゃのバッテンが引かれてる。これが町の範囲?
線が重なる、この真ん中の部分ってどうなってんだろ?
なんか、よく見えない。
背伸びして近付く。
ここだけぼやってしてる……?
前に上にと背伸びしてたらバランスがくずれる。
前へ倒れそうになって手でバランスを取ろうとする。
そのとき、手が地図に当たった。魔法にさわれた。
両手をついて、地図が間近になる。目の前にバッテン部分。それが、ぐにゃってゆがんだ。
「ッ!?」
思わず手を引いて後ずさる。目の前の地図が消えるのと、後ろにぶつかったのは同時だった。
体がビクってして、後ろを見る。
「どうしたの? タロウ」
スミさんが心配そうにおれを見ていた。
胸を強く握る。心臓がすごい音してる。動いてないのに息が苦しい。
前に伸ばした手が震えてる。地図があった場所、それも真ん中部分があった場所を指さす。消えたから何もないけど。
「い、今……っ」
地図がゆがんだとき、声が聞こえた。おれの名前を呼ぶアイの声だった。
地図に触ったとき、バッテンの部分が塗りつぶしたみたいに黒くなった。その中にアイの家が見えた。
いる。
アイも、アイもこの世界にいる……!
「スミさん! おれ、外に行く!」
アイがいた。
おれを待ってる。
だから、会いに行かないと。
「カナリアさん、見つけ……あれ?」
隣にいるはずのカナリアさんがいなかった。周りを見ても、カナリアさんの姿はどこにもない。
「スミさん、カナリアさんは?」
帰ったの?
全然気付かなかった。
「カナリアは今はいないわ」
今は?
なんだか変な言い方。
「家に帰ったの?」
「家はもうないわ」
どういうこと?
きょとんとした顔をしたスミさんは少しして、何かがわかったような反応をする。
「カナリアは力を使い果たして消えました」
きえた?
きえたってなに?
……っ、死んだってこと?
「悲しい顔をする必要はありません。また生まれます」
生まれるから死んでもいいの?
死んだらもう会えないんだよ?
なんでそんなに普通なの?
「必要ないって、スミさんとカナリアさんは家族じゃないの? どうしてそんなにヒドいこと言えるの!?」
「家族ではありません」
「…………え」
「私たちはカサンのイト種。それ以外の何者でもありません。それと、魔族の原動力は魔力です。当然、魔力が尽きれば存在出来ません」
なにそれ……どうしてそんなに冷たいの?
コワイ。わけがわかんなくて、コワイ。
「じゃ、じゃあっ、どうして魔法を使うの?」
死ぬってわかってるのに、どうして。
「ま、ほう? ……魔力のこと? どうして、と言われても……力があるのに使わない理由がないわ」
「使ったら死んじゃうんでしょ!? 死ぬのが怖くないの!? もうっ、もう二度と会えなくなっちゃうんだよ……?」
涙が出そう。だって、悲し過ぎる。
なんとも思ってないスミさんの顔が、それがこの世界では当たり前のことなんだって言ってるから。悲しい気持ちすらないのが、とてもコワイ。
おれの両親は死んだ。八才の誕生日のあと、会えなくなった。まだ今も夢に見る二人の姿。でも目を開けるともうどこにもいなくて、変わらない小さい写真を毎日見てた。
会えないのは寂しい。とても辛くて、悲しい。
名前を呼んでくれることも、笑ってくれることも、抱きしめることもできなくなった。
「カナリアさんと喋って、笑って、楽しかったことが、もう、ずっとっ、できなくなっちゃうんだよ?」
今までと同じ生活は、もう一生こない。なくなってからわかる。でもそのときにはもう、全部なくなってる。戻らなくて、ずっと苦しいまま。
今も、おれが言っても、カナリアさんが戻ってくることはない。でも、それでも、この悲しい気持ちは簡単になくならない。
会ったばかりでもカナリアさんのこと、知ってる。どんな声で、どんな顔で、どんな風に笑うのか、知っている。だからもっと長いスミさんはおれ以上にカナリアさんとの記憶がある。
「タロウは……何を言ってるの?」
涙が止まらなくて顔が下がる。
それなのに、変わらないスミさんの声が落ちる。
「…………え?」
ビックリして、涙が止まって、顔を上げる。
そこにはなにも変わってないスミさんがいた。
フシギそうに眉を下げて、頭を傾けていた。
「魔力がなくなるのは当たり前でしょう? それに、消えてもまたカサンから生まれます」
わかってない。なにも、わかってないよ。
おれの言葉がなかったみたいに、響かなかった。
「でもそれは……もう一緒にいたカナリアさんじゃないんだよ」
似てても同じじゃない。同じにはなれない。どこかで違うと気付いてしまう。それはとても、苦しいことで……
「カナリアはカナリアよ。何も違わないわ」
ダメだ。なにも変えられない。なにを言っても、同じことのくり返しになる。
これがこの世界の当たり前。わからない。悲しいと思うこともできないのがいいことなのか、おれにはわからない。
おれは苦しいって知ってるから。とっても悲しいことだって知ってる。
こんな思いしたくないって何度も思った。どうしてってずっと思ってた。
でも、これは違う。ダメだよ。こんな、冷たいの。
誰にも思われないなんて、そんなのカナリアさんが寂しいよ。泣かないでって思っても、それでも大切だと思ってくれてるって嬉しくもなるんだ。
辛くても苦しくても、大事な気持ちなんだ。
「スミさ……」
「きゃあああっ!?」
だれかの悲鳴が聞こえて口が閉じる。スミさんと顔を合わせて悲鳴が聞こえた方を見ると、そっちから騒がしい声が聞こえてくる。
「なにかしら?」
「スミ!」
後ろからスミさんが呼ばれる。振り返ると黄緑色の髪の女の人が手を上げて走ってくる。
「スミも一緒に見に行きましょう!」
スミさんの腕を掴んで前を指さす。その先は悲鳴が聞こえてきた方だった。
「ワカバ、何があるか知ってるの?」
どうしようって迷って、腕をひっぱられてるスミさんのあとについていく。
「ヤサンが入って来たのよ」
「ヤサンが!?」
口に手を当ててスミさんが驚く。
ヤサンって確かデルタの……?
新しくできたお店屋さんのことかな?
「すごいことなの?」
ワカバさんが驚いた顔でおれを見る。今まで気付いてなかったの?
スミさんを見て、スミさんが頷いて、またおれを見る。
「すごいなんてことじゃないわ。ヤサンのイト種がイスリンに来るなんて今までなかったのよ。それこそ勇者がいるのと同じくらい……。しかもそのヤサン、私たちに魔力の使い方を教えてくれってお願いしてるって」
「ヤサンが魔力を!?」
んん?
話が一気にわからなくなった。




