&2.コロコロ転がる
さてはて、何がどうしてこうなっているのかは分からないが、私は今現在、頭だけで生きているらしい。
……いやいやいや、無理があるでしょ!?
なに、頭だけって。自分で言ってて謎だわ。アタオカでしょ。私そんな不思議ちゃんとかじゃないから。普通の、どこにでも居るみんなと同じ女のコだよ。
頭がおかしいって今私の体、頭しかないじゃん。つまり、頭がおかしいイコール私がおかしい。
……は?
いやいやいや…………はあ?
誰がおかしいだ。おいコラほざけ。
誰が頭イカレジャンキーだって?
……あ、そこまでは言ってないと?
被害妄想甚だしいと?
いや、だってさ〜、正直言って暇なんだもん。
だって、ずっとコロコロ転がってるんだよ?
私に与えられた自由は思考のみ。
逆に言えば体の自由はない。
ほんのちょい揺れしか出来ない私は、転がる自分自身を止めることは出来ないのさ。
うわ、言ってて悲しい。
カッコ良く言えば全てがカッコ良く見えるとか嘘じゃん。全然カッコ良くないよ。てか意味が分からないよ。
なにコイツ、イミフじゃね? とか一番印象最悪なやつじゃん。
誰だよソイツ。
私だよクソッタレ。
っはあー、虚しい!
転がるスピードがだんだんと落ちてきて、無事止まったところで状況の整理をしよう。
まず、私の体は頭だけと思っていたが、どうやらそれは違うんじゃないだろうかという可能性が浮上した。
だって、人間の頭はこんなコロコロ転がらないでしょ?
おむすびころりんだったぜ?
縦長でまん丸じゃないからまっすぐ転がる事も、長い時間転がり続ける事も難しいはずだ。実際に試した事はないから確証はないけど、卵を転がすと円を描くように転がるでしょ?
それと一緒だよ。タマゴ頭なんて言葉もあるぐらいだし、一緒一緒。
ああ、鼻とか耳とか突起物があるからなお、転がりにくいか。
話を戻すけど、そんなわけで頭部という可能性は低くなった。ツルーンペタののっぺらぼうという可能性が無きにしも非ずんばだけど除外していいでしょう。
あれ、のっぺらぼうって顔がないだけで耳はあるんだっけ? 髪は切っちまえば無くせるけど、耳は切り落としてもねー、キレイな側面に出来るのか?
あ、いっけね。また話が逸れた。
のっぺらぼうだろうがタマゴ頭だろうが、完全な、キレイな丸の形じゃなけりゃまっすぐ転がる事は出来ない。そうすると、次に考えられるのはボールだ。
簡単に転がって、踏まれても痛くなくて、また元の形に戻る。そんで自分の意思では動けない。もうボールじゃん。ボールしか考えられない。
私、ボールになりました!
……って何言ってんの?
ふざけてる? 真面目にやりな?
最初から大真面目だよコンチクショウ。
いや真面目な話ね。私、人間じゃないのは確実な気がする。
だって仮に人間だとしても頭だけよ?
心臓がないのに生きてるって言える?
脳だけ動いてても、果たして私は生きていると言えるのか。
意思があれば、私は私である。
私が私として私を認識しているから私は私と言えるのだ。
私という個体が、私という意思の元に従い、私という形を保っているからこそ、私は存在して居る。
いや何言ってんだ私。
私私って、「私」がゲシュタルト崩壊を起こしてるよ。
意味が分からなくて頭が痛くなってきた。
頭しかないけど。あ、頭じゃないんだっけ?
もうなんでもいいや。自分の姿見えないし。
生首だろうがボールだろうがそう大して変わらんだろ。……いや、変わるか。まあまあ結構変わるね。いやもう全然違うわ。
えっと、どこまで考えてたっけ?
あ、そうそう、人間じゃないって事だ。
これね、転がってる時に気付いたんだけど、どうやら私は痛覚を感じないみたいなんだよ。
え、遅くねって? 最初からそうだったじゃんって?
いやいやいや。実際同じ状況になってみ?
情報が大渋滞してそれどころじゃないから。痛覚とか普通の事で、感じて当たり前だと思っていると関心すら向かないから。落ち着いて一息ついた辺りでアレ? って初めて疑問に浮かび出すから。
んで、ついでに加えて言うと、視覚聴覚味覚嗅覚も感じない。
つまり五感の内、触覚しか機能してないって事。
それも文字通りの意味で、触覚だけ。痛みも温度も感じない。圧覚って言うんだっけ。体に触れた感覚だけしか感じない。
転がるってのは縦に一周、連続して触れる感覚がしてるから転がってるんだろうなって思っただけだし、踏まれるってのも、押されて凹むような感覚がしたから踏まれてるのかなって思ってる。
全て想像の域を出ないと言われれば、「はい、そうです」としか言いようがない。口ないけど。
縦ってのも私がそう決めただけで実際は分からない。横かもしれないし、斜めかもしれない。
そもそもボールに縦も横もない。完全な球体に正面はないし、人が勝手に方向を決めているだけだ。
かくいう私も正面は分からない。
平衡感覚がない暗闇の中。
見渡すような動きも出来ない、そもそも視覚がないから無意味だけど、私は接地面らしき感覚を地面としている。ただそれだけだった。
地面しか感じる事が出来ていない。目がないから前が分からない。この丸い体には、どこを前にするかの基準となるものがないのだ。前も後ろも、上も下も右も左も分からない。
縦回転だ横回転だは、私がそうと決めているだけ。全ては私の気分次第。私が今は上を向いてると言えばそうだし、前を向いていると言えばそうなる。
ま、だから何だと言われれば何も言う事は無いけどね。どこを向いていようが結局、私は自分の意思で動く事は出来ない。ゆらゆら揺れるしか出来ないのだ。
だからさ、誰かは知らんけどツンツンと私をつつくのは止めてくれんかね。さっきから気が散るのよ。