&20.正々堂々と正面から
それは崖に登った時の事だった。何個目の崖かは覚えてない。だっていっぱい登ったから。
なぜ私は崖に登るのか。そこに崖があるからだ。いやちゃんと理由はあるよ。しかも二つも。
一つ目はプチッを見つけるため。二つ目はアイキャンフライ。ね、ちゃんとした理由でしょ。
そして今回もまた、徒労に終わるかと思っていた。
「い……たぁーー!!!」
テッペンに登って、顔を上げて、驚いた。じわじわと喜びが湧き上がって、爆発したように大きな声で叫んだ。
ようやく、ようやく見つけたぞ!
プチッ!!
「ここであったが百年目……私は今ここで、お前をぶん殴る」
指をさして宣言する。距離は遠く、プチッに声は届いてないと思うけど。こういうのは形から入るのが大事だから。
「ひゃく?」
シズクちゃんの不思議そうな疑問の声によろめく。
「んんっ、そういう心意気だと言う事だよ、シズクちゃん」
シズクちゃんって少し天然さんなのかな。マイペースなの可愛い。気になったら声に出ちゃうとこも可愛い。
少し気が緩んだけど、おかげで肩の力も抜けた。知らず知らずのうちに緊張してたのかも。じゃなかったら、今私は笑みを浮かべてなかっただろう。
プチッの進行方向は横……いや、私側に少し斜めに転がっている。三角形の斜辺みたいな感じ。これなら私が横に走ればプチッの進路と交わる。手が届く距離まで接近出来る。
「シズクちゃんは安全なところで待っててね」
そう言い残して、私は崖から飛び降りた。着地は無事失敗した。うん。知ってた! 幸先イイネ!
素早く立ち上がって全速力で走り出す。
相変わらずプチッはデカイ。近付くと、その異常なデカさをまざまざと実感させられる。あのピラミッドと同じ……いや、それよりもデカいんじゃないか?
大きさに圧倒される。あんなのを本当に殴れるのか?
恐れを抱かないわけじゃない。
不安を感じてないわけじゃない。
確証なんてものは、最初からない。
それでも、やらねばならない事がある。
何がなんでも、頑張らないといけない時がある。
私はそれが今だ。
シズクちゃんの前で、これ以上無様な姿を晒すわけにはいかないんだ!
もっともっと、惚れてもらうためにも!
走って、駆けて、障害を飛び越える。
ゾンビの相手なんかしてらんない。アイキャンフライなんて遊んでらんない。でも生首だけは踏み潰す。直線上にいたものだけね。
私の頭の中は、プチッの事だけで埋まっている。
プチッの進路上に入って、立ち止まる。
顔を上げて真正面からプチッを捉える。
デカイ。とてもデカイ。山が迫って来てるみたいだ。見上げ過ぎて首が痛くなりそうだ。痛覚ないけど。
ハハッ。今頃になって足が震えてやがる。恐怖心がせり上がってきてるのか?
弱気な心を振り払うように頬っぺたを叩く。うん。痛くない。
しっかりしろ、私。これは武者震いだ。恐怖心じゃない、気持ちが高揚しているんだ。だって、ようやく辛酸をなめさせられたプチッをぶん殴れるんだぜ?
それを嬉しいと思わずして他にどんな感情を優先するんだ。
目を閉じると心が凪いでいるのが分かる。私は今、とっても冷静だ。
どうなるのか、なんて分からない。意気込んでおきながら秒プチッだってありえる。
でも、危機感がないのは確かだ。だって私は死なない。死なないから無茶でも無謀でもやれるんだ。
でも、だからと言って、それに甘えるわけじゃない。この一回で終わらせるって気持ちで挑む。だって、何回もやられるなんてクソダセェじゃん。
目を閉じて、深呼吸する。スッハッ!
「来い、ヒーン」
目を開けるのと同時に、左手からヒーンを抜く。
プチッを睨みつけ、振りかぶる。
「いい加減、止まりやがれぇええええ!!!」
ヒーンを強く握って、思いっきり振り下ろす。
「くぅ……」
それでもプチッは止まらない。私を踏み潰してそのまま進もうとする。
押される。体が後ろにズレていく。力で押されてる。
それはそうだ。だって図体の差で歴然だ。私は怪力じゃないし、超能力だって使えない。受け止めてる今の状態にだって内心驚きを隠せない。
でも……そうだ。受け止めてるんだ。
なら、十分、勝てる見込みだってあるって事だ。
「こなクソォおおおおお!!!!!」
左手で短い刃を掴み、前に強く踏み込んで、ありったけの力を乗せて押し出す。
硬い物同士がぶつかり弾くような音と一緒に体が後ろに吹き飛ぶ。背中から地面に叩きつけられて、そのまま跳ねて滑って、何かにぶつかって止まる。
「クソッ……」
ぶつかったのは崖だった。へこむ程の衝撃ってどんだけだよ。
痛みがなくて良かった。体がダメージを受けたからなのか、動かしにくいけど。でもそれは、立ち上がるまでの少しの間だった。
「おーおー、なんだ。そんな形してやがったのか」
立ち上る土煙が去った後、プチッの姿が露わになる。それは丸いボールのような形じゃなくて、生物のような形をしていた。
五本の長く鋭い爪を持つ四肢。鼻先から背中にかけて、しっぽまでをも覆う鎧のような鱗。パカッと開いた口には鋭い歯が並んでいた。目を閉じて、あれは……欠伸をしてる?
「モグラ……? うっ」
ぶわりと風が吹き荒れる。息を吐いただけなのに突風に吹かれてるみたいだ。体がデカイだけのくせに。
んで欠伸ってどういう事だ。私の攻撃は眠くなるほどなまっちょろいってか!?
うわっ、悠々と伸びしてやがる。ムッカー。
「まずはその頭、かち割ってやらぁああ!!」
モグラの近くの崖に登って飛び込み、ヒーンを振る。
転がってる時はデカイと思ったけど、体が開いた今はあれほどじゃない。体長が長いだけで高さがあるわけではなかった。それでも十分デカイけど。
「ぐっ、硬い!?」
額の部分に打ち込んだけど、ヒビすら入らないってどういう事だよ。ふざけてんのか。ホントに鎧みたいだ。
でもその鎧は全身を覆ってはいない。あるのは背中側だけで、逆に腹側や四肢は狙ってくださいと言ってるような肉厚ボディだ。
なら、そこを狙うまで!
……て、言うと思った?
まだ私はモグラの顔にいる。地面に降りてないんだよ。足場にちょうどいい鱗があるからね。乗せてもらってるよ。
腹立たしい事に、このモグラは私が眼中にないらしい。もう二発もくらわしてるのに、だ。気にも留めない蚊以下だって。ホントムカつくよね。
ヒーンをしまって、鱗を掴み登る。
「よっ、ほっと。ハロー、モグラさん」
目元まで行って、デカイ体にしては小さい、それでも私の身長以上はある瞳に向かって手を振る。
「お加減いかが!」
そのままヒーンを取り出してモグラの眼にぶっ刺した。
ズルい? 卑怯? ハンッ、勝てばいいんだよ。
私は正々堂々と正面から戦ってる。なんの負い目も感じない。これも戦法。目潰しは有効な手段だよ。
「うわっ」
声なき悲鳴を上げたモグラが痛みに藻掻くように首を振り回す。鱗に掴まった左手と、瞳にぶっ刺したヒーンで振り落とされないようにしがみつく。ギュッと力を入れたら右手がグンッと動いた。
ん? ……うん!?
それでつい右手を、その先を見たら、固まった。声も出ないほどの衝撃を受けた。
ヒーンがモグラの瞳に刺さったまま、コンパスみたいにグルっと回っていた。
予想外の追い討ちは私の心にもダメージを与えた。
グローい!
ねえなんで目を開けたままなの!?
普通閉じるよね!?
痛くないの!?
痛いからこんなぶん回してるんだよね!?!?
てか、えっ、なにそれ。何が出てるの?
黒い、粉? みたいなのが傷口から噴き出してる。
血? 血の代わりですか?
「あっ」
と思った時には私は宙に投げ出されていた。鱗が、瞳が、離れていく。慣れた浮遊感。アイキャンフラーイ。
……じゃなくて!
「イ゛ッ!?」
黒くて大きい何か迫ってくる。それはモグラのしっぽだった。
しっぽだと認識した次の瞬間、体に衝撃が走る。
激しい爆音で意識が戻る。
ちょっと意識が飛んでた。
「イッ、ツツ」
痛くないけど。痛覚なくて良かった。ホントに。
ハエたたきみたいに叩きつけられた。
バッティングみたいにかっ飛ばされた。
見ろよこれ。崖に埋まってるぜ。とんでもねー威力だぜ。
衝撃によってパラパラと瓦礫が落ちる。
崖から這い出て地面に降り立つ。……着地失敗した。降りるってか落ちた。恥ずかしい。
パッパと服を叩いて顔を上げる。片方だけの瞳と視線が交わり、私は口の端を上げた。
「やっとこっちを見たか。冥土の土産だ。私の顔を覚えて逝くといい」
ナギさんや、哺乳類には甲羅を持ったアルマジロという動物が居てね。




