&14.うたかた
「さてと……よっと」
置いていた頭を持ち上げて首の上に乗せる。ぐるぐると首を回す。ちゃんと繋がってるようで落ちない。
「よし」
…………じゃねー!
なに納得しちゃってんの私!?
こんなポンポン首取れちゃダメでしょ。
付箋じゃないんだからさー。
いやまあ、分かるよ? 便利だし、痛くないし。ちょっと……だいぶ目を瞑れば問題なしだからね。
うん。
立ち上がって体の調子を確かめる。変な感じはしない。軽いし、動かしやすい。
服の抵抗感もない……って、そういえば背中が見えてるって事は上半身裸じゃん。
わわっ、シズクちゃんに体見られちゃった。下は……うん。セーフ。
腰帯から垂れ下がった浴衣に袖を通して羽織る。えーっと、右前……よし。
靴は……ない。けど、まあいいか。痛くないし。
「どこ、いくの?」
準備が出来たところでタイミング良くシズクちゃんが話しかけてきた。
顎に手を当てて考える。ポーズを取れるっていいね。やってますよ感を晒し出せる。
あ、ちゃんと真剣に考えてるよ。今はちょっと思考が脱線してるだけで。
体を手に入れたから、本格的に打倒プチッに向けて鍛えたい。
まずはここから出る事からかな。出来れば、なにか武器となる物も欲しい。あ、後シズクちゃんの体も見つけたい。
むーん。とりあえずこんなところかな。
「ひとまずここから出て、細かい事はその都度で考えようかな」
行き当たりばったりとか言うな。
何があるか分からないから仕方ないじゃん。だって、ぼんやりな視界と鮮明な視界とじゃあ世界は違って見えるだろ。そういう事だよ。
「そう、なんだ……」
うん? なんで悲しそうな声なんだろう?
ここに何かあるのかな……あ。
「ねえ、シズクちゃん。ここがどこか、知ってる?」
「ここ? 外!」
うん。可愛い!
そうだね、お外だね。家じゃない場所は全部お外だもんね。その通りだよ。正解!
よし。やる気出てきた!
「……いくの?」
歩き出してすぐに後ろから声がかかった。躊躇うような弱く小さい声。立ち止まって、シズクちゃんの声が聞こえた後ろに振り向く。
「うん。私にはやる事があるからね」
ここに居たってやれる事ないしね。
「そう、なんだ……」
「どうしたの? どこか具合でも悪い?」
泣きそうな、悲しそうな声に心配になる。顔が見えないのがこんなにも不安になるのか。
やっぱり最優先でシズクちゃんの体を探そう。なんとしてでも見つけよう。
「シズクちゃん、大丈夫? 動ける?」
「…………え、え……?」
「うん。どうしたの?」
「いいの……? つくもしずくも、さめじぃといっしょで、いいの?」
えっ、うそ。一緒に居てくれないの!?
仲間だと思ってたの私だけ!?
てっきりずっと一緒に居てくれるのかと……え、やだ。もうお別れとか嫌過ぎる。悲しい。とっても嫌だ。
せっかくまた会えて、名前も知れて、これからって時なのに。お別れなんて、いやだ。シズクちゃんと一緒に居たい。もっと仲良くなりたい。離れたくない。
「シズクちゃん。私はシズクちゃんと一緒に居たい。私と一緒に、来てくれませんか」
片膝をついて、手を伸ばす。まるでプロポーズみたいだ。
実際、プロポーズしてるような心情だけど。これが初めてだけど、めっちゃ心臓がバクバク鳴ってる。
あ、そっか。私の体だから心臓があって当然か。五臓六腑があるっていいな。感じないけど。
……って、今はそんな事はよくて!
緊張し過ぎて別の事を考えて気を紛らわそうとしてる。でも、それじゃあダメだ。まっすぐ向き合わなきゃ、真摯じゃない。
ゴクリと唾を飲み込む。手汗が滲むような感覚が……しないけどそれだけ緊張してるって事。
むーん。大丈夫かな。変じゃなかったかな。とっても不安だ。
あれからシズクちゃん、なんの反応もない。姿が見えないから、反応が分からない。目の前には居ると思うけど……え、居るよね? 居てくれてるよね?
これで、ちょっと席を外しててーとかだったら、めっちゃ恥ずい。今世紀最大の恥ずかしさだよ。
「…………!」
手のひらに、何かが触れる感覚がした。多分……いや、絶対シズクちゃんの手だ。
「うん…………っ、うん」
肯定の返事に、フッと笑みが零れる。良かった……っ嬉しい。とっても嬉しい!
あぁ、涙が出そうだ。嬉しくて、涙が出そう。視界がぼやけていく。涙に濡れて滲んでいく。
…………あ、見えた。ぼんやりだけど、シズクちゃんの姿。とても……とても可愛い人。
大きく目を見開いて、脳裏に焼き付けるように凝視する。けど、瞳に膜を張っていた水が涙となって落ちる。
視界が鮮明になった代償のように、シズクちゃんの姿が消えた。
それは一瞬の夢まぼろしのように、うたかたの如く消えてしまった。
「……っ」
知らずのうちに口が開いていた。震える口を閉じて、唇を噛む。
息を吸って、笑みを浮かべる。
「シズクちゃん、ずっと一緒だよ」
姿が見えなくても、それでも、手の感触は確かにある。ツクモシズクという存在は、ちゃんとここに居る。今はそれだけで十分だ。
「さめじぃ! めから、みずがっ……いたい?」
手の感触も消えてしまった。それが寂しくて、名残惜しくて、痕跡に縋るように握りしめる。
静かに息を吐いて、体を起こす。立ち上がる途中で、涙に濡れた顔を無造作に袖で拭った。
「大丈夫、痛くないよ。これは涙って言ってね。嬉しい時に溢れてくるものなんだよ」
僅かに残った涙の跡を指で払う。安心させるように優しく笑いかける。
シズクちゃんは何も知らない子供のようだ。あどけない口調がとても可愛い。でも、一瞬だけ見えた彼女は中学〜高校生ぐらいの少女の姿だった。
圧倒的に心が育っていない。どうやって育てたら、こんな歪に育つのだろうか。箱入りとかお嬢様とか、そんな次元じゃない。もっと根本から違う。
出来る事なら、今すぐシズクちゃんにこれまでの生活を聞いて、シズクちゃんと関わりのあるヤツらを全員ぶん殴りたい。
でも、シズクちゃんには笑っていて欲しい。楽しい事、嬉しい事だけで包み込んであげたい。
悲しいも苦しいも辛いも、負の感情なんて一時でも感じないくらい、幸せいっぱいでいて欲しい。
これは私のエゴだ。ワガママだ。
知っている。分かっている。世界は優しくない、残酷で薄情だという事を。
それでも私は、シズクちゃんの笑顔を守る。
何も知らないなら、私が教える。色んなものを見て、共有して、幸せな事だけを教えたい。
だから、私は頑張るよ。
シズクちゃんの体を見つけて、プチッを倒して、ここから出る。
そしたらさ、二人手を繋いで、色んなところに行こうね。




