&83.心配する必要はない
丸に帰ってきて一息つく。はぁー、つっかれた〜。さーて、部屋に戻って休むかな〜。
「ナギサ」
名前を呼ばれて、足を止める。むーん。やっぱりノーフォ、怒ってる……よね。…………覚悟を決めて振り返る。
「なあ……あ」
部屋の外にノーワンの気配を感じる。あれ? でも途中で止まった。……入ってこない?
「ちょっと待ってて」
「な、ナギサ!?」
ノーフォの制止を聞かずに部屋の扉を開ける。上半身だけ廊下に出してノーワンのいる方を見る。いの一番に怒りに来ると思ったけど、近くまで来て立ち止まっていた。何やってんだ、アイツ。
「ただいまー」
声をかけると気まずそうに顔を背ける。本当に何やってんだ。ノーフォは話し合ってないって言ってたから心変わりは……あったのか?
「独りが寂しいなら混ざれば?」
「んなわけねーだろっ!」
「じゃあ何さ……あ、ノーフォは傷一つないから心配しなくても……」
「してねー! なんでオレがっ……心配する必要なんかねーだろ……」
言われて確かに、と思い直す。ノーフォは死なないし、死ねない。鬼力だけで言えば十分強いし、なんなら私やノーワンより強い。
じゃあ本当に何しに来たんだよ。その場から一歩も動いてないしさ。境界線とか見えない壁とかはないハズだ。それでも王なんだからどこでも出入り自由なんだろ。最初だってノーフォの部屋にズケズケと立ち入ってたし。
「……安心するといい」
「あ゛あ?」
あ、イラつきだした。短気だなーもぉー。
「私もノーフォも、他の誰にも邪魔はさせない。だから思う存分……」
「余計なお世話だ!」
嬉しいくせに〜、とはさすがに言わなかった。それを言ったらブチ切れられそうだってぐらい空気は読める。私は賢いから、無駄な争いはしないのさ。
プンスカ怒りながら立ち去るノーワンに手を振ってから扉を閉める。振り返るとノーフォは不安で戸惑った顔をしていた。
「お待たせー。さっ、話の続きをしよう」
「ナギサ……っ」
ノーフォが何かを言いたげに口を開いて、でも何も言わずに口を閉ざす。まあ、誰が来たかは分かるよね。声デカかったし、鬼力も丸わかりだし。
「なあレフレフ。これって……オレたち最後まで付き合うパターンじゃないか?」
「レムレム……今更気付いたの?」
耳打ちしてきたレムレムにキョトンとした顔で答える。ここまで来てようやく気付いたらしい。本当に今更だ。
「はぁ〜魔王って女の子だったのね。魔族にしては可愛らしかったわ。……うん、悪くないわ。でも配下はダメね。野郎ばっかり。魔族って野郎しか居ないから嫌だわ〜」
「え? 女も居たぞ?」
レズレズの独り言につい口を挟んでしまった。しまったと思った時にはもう遅かった。レズレズにロックオンされて、物凄いスピードで距離を詰めてきた。
「どういう事、さめじぃちゃん! 詳しく! 教えて! 早く!」
迂闊だった。しくったー。言ったからにはなかった事には出来ない。くっそー。
「魔族は二種類いるんだよ」
「イト種とハリ種でしょ?」
イト種は町にいるような人の形をした人形で、ハリ種は森にいるような獣の形をしたぬいぐるみだ。
「そうだけどそれじゃない。魔族の生みの親……的な存在がいて、それがヤサンとカサン。ヤサンからは男体が形成され、カサンからは女体が形成される。カサンはイスリンにしか居ないし、カサンのイト種は外に出ないし、最近までは結界が張られていたからレズレズが知らないのも当然だろう」
「な、なんですって……」
ヨロヨロと頭を押さえながら後退する。そんな衝撃を受けるような内容か?
「その最近まで張られていた結界を壊したんですね」
「の、ノーフォ……」
痛いところ突くな。でも、調子が戻ったみたいで良かった。
「それと、フィト種も倒したのですか? 先に言ってくださればナギサは置いていったのに」
やっぱ良くない! 辛辣だぞ。上手く事が運んだからいいじゃないか。結果良ければ全て良し!
「だからぁ、本当に忘れてたんだってぇ。えーっと、あーノーフォに会う前。あん時にちょっとね。でもあっちから先にケンカ売ってきたんだよ。だから私は悪くない」
「硬玉はそのフィト種のだったんですね。ヒントはあったのに見落としていた私も浅はかでした」
そうだよ。これは誰も悪くない。だから気にしなーい気にしなーい。
ノーフォがジト目で見てきて顔を逸らす。き、気にしなーい……。
「ノーフォ。イスリンを守るって言ってもどうすりゃいいんだ? あんな広い場所、四人じゃムリだぜ?」
ナイス話題逸らしだレムレム。
「何も町全体を守る必要はありません。重要なのは閣と魔王です。建物一つと魔族一人なら十分だと思います」
「ダメよ!」
ノーフォの言葉にレズレズが反対の声を上げる。
「協力して魔族を守るわよ。出来るだけ多くのカサンちゃんを救いましょう!」
メラメラと燃えやる気に満ち溢れるレズレズ。スイッチが入ったようだ。
「ほらー、さめじぃのせいだぞ。難易度が跳ね上がっちまったじゃねぇか」
「えー、人のせいにするなよ」
「時間の問題だと思うよ。直前になって変更するよりかはいいでしょ?」
レフレフの冷静な意見にレムレムと一緒に頷く。レズレズの性格上、遅かれ早かれこうなっていたハズだ。それなら作戦を立てる現段階で暴露した方が精神的にもマシだ。
「四隅に陣取って範囲で守るか?」
「それだと集中した時に厳しい。んなぁー、せめてどうやって攻めてくるかだけでも分かれば楽なのにー」
地図を囲んで顔を突き合わせる。住宅街だから戦場にするには不得手だよなー。
「分かりますよ?」
頭を悩ませていたらノーフォがこともなく言った。
「んぇ?」
「は、マジ?」
はい、と強く頷く。相当自信満々だ。スパイとか送ってんの?
「シュドンドゥーシもノロイスト種が横槍を入れてくる事は察してるハズです。ですので、これを機にノロイスト種の一掃も視野に入れてると思います。戦力の大部分は戦争に投入するハズです」
不仲過ぎるだろ。殺伐としてるな〜。
「戦場はサスマーとイスリンの間にある平野だろ? じゃあ、そこから撃ち漏らしたオークを警戒しておけばいいのか」
「いいえ、撃ち漏らしはありません。魔族には別動隊を向かわせるハズです。どちらかといえばノロイスト種より魔族の方が優先度が高いです。シュドンドゥーシは慎重な性格をしています。必ず魔族魔王を滅ぼすために、より確実な戦力を向かわせるでしょう。そして、シュドンドゥーシが最も信頼出来るのは己だけです」
「……は?」
「じゃあなんだっ、戦鬼王が直々に攻めてくるってのか!?」
レムレムの問いにノーフォは頷く。マジか……いやマジか。それは……ズルくね?
「「ムリ」」
レムレムと被った。いやだって、そうだろ。私だって勝てる気しないぞ。戦場にいろよー。ノーワンが……あれ?
疑問に思ってノーフォを見ると察したように頷かれた。
「これは推測に過ぎませんが可能性としては高いと思います。仮にそうでなくても上位種は間違いなく向かわせると思います」
「そんな……」
レムレムがノーフォの言葉に怖気付く。
「それでも戦場に多くを投入させるはずです。少数精鋭ならば四人でも対処は可能だと思います」
期待されてるねー。信頼されるのは嬉しいけど、うーん? なんか悪い予感がするのは私だけだろうか。
「うーん……とりあえず魔王は閉じ込めて一人付くのが一番か?」
「三人だけで守るのはムリだと思う」
レフレフの意見に共感するようにみんなが深ーく頷いた。
「もし魔族をも守りたいのなら、やはり魔族の協力が必須になります。ですが、私でも魔族の実力は分かりかねます。魔力がどのようなものか。オーク種相手にどれほど通用するのか。足手まといだと邪魔になりますし」
「さめじぃは魔族と戦った事あるんだろ? どうだった?」
デルタとの勝負を思い起こす。どうだったって言われても……。
「まあまあ、かなぁ? 攻撃?は危ない感じがして受けてないけど……呪文?だけじゃあどんな効果か察する事は出来なかった。動きは悪くないけど思考が稚拙で攻撃が単調。読みやすいから次手を封じる事は簡単だね。オークぐらいだったらなんとかなると思うけどって感じ?」
ただこれは単体で魔王が誕生する前での話。今はどうかは分からないから、やっぱりノーフォの言う通り未知数。それに相手もオークではなくその上位種。本当にどうなるんだろ。ただまあ、過度に期待しない方がいいだろう。
「ダァーっ! どうすりゃいいんだよ〜」
「喚くなレムレム。こういうのはな、たいていなんかなんとかなるもんだ」
「そんな投げやりな……」
「そうよレムレム。アタシたちでなんとかするのよ! そのためにここにいるんだから、いい加減腹を括りなさい」
「いやオレはっ! 強引に連れてこられて……」
「あら? レムレムはアタシとレフレフを守ってくれるんじゃないの?」
往生際の悪いレムレムにレズレズが首を傾げる。レズレズと、レフレフにも見つめられてレムレムはたじろぐ。
それをニヤニヤと眺めているとノーフォが寄ってきて、抑えた声で名前を呼ばれる。ノーフォは不安そうな顔をしていた。
この期に及んで迷いがあるらしい。いや、ここに来て不安になったのか。緊迫した状況から少し余裕を持てるようになった。そのせいで色々考えれる時間が生まれてしまったのだろう。考えないようにしていた不安や恐れが襲いかかってきた。
俯くノーフォの頭に手を置く。ゆっくりと顔が上がって目が合う。心配する必要はないと口の端を上げて笑いかける。
「イスリンは私たちに任せろ。だからノーフォは、思う存分暴れてやれ! オーク共に目にもの見せてやるんだ」
不安に揺れていた赤い瞳が大きく見開かれる。
「あの時のノーフォちゃん、とってもかっこよかったわ」
「頑張れ〜」
「オレらが力を貸すんだから、ゼッテー勝てよな」
「大丈夫。ノーフォは強いよ。それに、独りじゃない。……な?」
「レズレズ、レフレフ、レムレム、ナギサ……ありがとうございます」
小さくでも笑みを浮かべたノーフォの頭を撫でる。
「あっ、ずるーい! さめじぃちゃんアタシも! アタシも撫でて〜」
断る前に私の手を取って自分の頭の上に置いた。上から手を押さえて頭を左右に振る。嬉しそうに笑ってるけど、それでいいのかレズレズ。
視界の端でレムレムがレフレフの頭を撫でていた。するとレフレフもお返しとレムレムの頭を撫でる。お互いの頭を撫でて何やってんだ? アイツら。
「のーふぉ」
今まで空気だったシズクちゃんが声を発した。みんな静かにしろ! シズクちゃんの可愛い声が聞こえないだろっ!
ゴクリと固唾を呑んで見守る。シズクちゃん、一体何を言うんだろう。めちゃめちゃ気になる。
「かわいい」
………………え。
「待ってダメやだっ……シズクちゃん!? なんでノーフォなの。私は? ねえ私は!? シズクちゃんは私の事どう思ってるの? まだシズクちゃんの口から聞いた事ないんだけど。ねえシズクちゃん。私よりノーフォが大事なの? 同じ種族だから? 私よりノーフォが優先なの? イヤだよ。ダメだよ。シズクちゃんは私と一緒にいるんだから。一緒にいてくれるんだよね。約束したもんね。約束は破っちゃダメなんだよ。ねえシズクちゃん。シズクちゃん、私を見てよ」
「ちょっ、痛ッ……さめ、さめじぃちゃん……手、手ぇ! イ"ダっ、イ"ィ"ィ"頭が潰れるー!」
「さめじぃ!? 手を離してっ、て……力強ー!? レフレフも手伝え。さめじぃ〜……レズレズを殺す気かー!?」
「シズクちゃんシズクちゃん。なんでずっとノーフォを見てるの。なんでなの。そんなにノーフォがいいの。ねえシズクちゃん。笑いかけるなら私を見てよ。お願いだから私を見て。じゃないとノーフォを殺したくなるの。知ってる? 私はノーフォを殺す事が出来るんだよ。でもノーフォを殺すとシズクちゃんも死んじゃうからやりたくないの。だからほら、シズクちゃん。私との約束を守ってくれるんなら私を見て? シズクちゃん。シズクちゃん」
「……つくもしずく、ありがとう。――……ッ! 皆さん、オーク種が動き出しました。イスリンをお願いします」
………………ふぅ。心を落ち着かせる。大丈夫大丈夫。シズクちゃんはそんな子じゃない。さっきの言葉だって意味も分からずに言ったんだ。だから深い意味はない。きっとそうだ。そうだよ。私がちゃんと教えてなかったから……うん。うん。
掴まれた手を振り払ってノーフォと対面する。
「うん。ノーフォ…………シズクちゃんは渡さないから」
「は……い?」
ノーフォがポカンとした顔をする。うー、強気に出やがって〜。
ノーフォが何かを言ってくる前に振り返る。
「行くぞお前ら! ……あ? 何やってんだ? 遊んでないでフープを出せ。ふざけてる時間はないんだぞ」
レムレムたちを叩き起してせっつく。なんかぶつくさ言ってる。口じゃなくて手を動かせ。
「帰りたい……」
泣きそうな顔でレムレムがフープを使う。何かあったのか?
レズレズとシズクちゃんがノーフォに手を振る。
ノーフォは深く頭を下げて見送った。
私は、シズクちゃんを離さないようにドクロを押さえていた。
フープがなければ地獄の行程。




