&T14.選択を間違えた
朝になって、洞くつを出てノスターに向かう。運が良いことに休んでいた洞くつからノスターまではそれほど遠くないらしい。何事もなければ今日中に辿り着けるとアイは言っていた。
「みーつけたっ!」
森の中を歩いている途中、突然木から人が出てきた。あのかお……小鬼族だ!
「ひっ」
鬼ごっこ中だってこと、忘れてた。捕まったらダメ。逃げなきゃ。でも、足が……動かない。
「リンカ!」
アイが叫ぶとリンカが飛んでいき、迫ってきた鬼族を斬った。
「――大丈夫かタロウ!」
動けなくて固まっていたおれの前にリンカが飛んできた。
「う、うん。ありがとう、リンカ」
「礼には及ばない。にしても、あれが小鬼族か……」
考え込むような声に首を傾ける。
「どうしたの?」
「いや、もしかしたら私を地面に刺したのは小鬼族かもしれないと思ってな。さっきの小鬼族の格好……私を刺した子供もあんな風に白かった気がする」
「そうなんだ。リンカはもし地面に突き刺した人を見つけたらどうするの?」
「どうする……か。うーん……どうもしない、かな。やられた時は腹が立ったけど……そうだな。どうしてあんな事をしたのかだけ聞けたら十分だ」
そっか。かおの小鬼族はたくさんいるから見つけるのは難しいけど、見つけれたらいいな。
「タロウ、先に進もう」
フワフワと浮いて戻ってきたアイの声に頷いて、また歩き始める。
「そういえば……昼なのにリンカ、動けてるね?」
「……本当だ」
リンカは言われて気がついたように驚く。リンカの話では夜しか動けないと言っていた。だからナイフと同じ存在ではないかとアイは予想していた。
ナイフは鬼綿が集まって作られる。その鬼綿はと言うと、毒鬼が死ぬと鬼綿になって辺りに拡散する。それが時間をかけて上空に浮上して、ナイフになってまた地上に落ちる。それが毒鬼の周期。
空に浮かぶ星に見えるものは全部その鬼綿って言われた時はビックリした。でも、星の数ほど毒鬼が死んでるわけじゃないって言われてホッとした。流れ星みたいなのがナイフだから気をつけてって言われたけど、何を気をつければいいの?
「着いた」
リンカと喋ってると先導するアイが呟いた。前を見ると森にはない石が積まれた壁があった。
「ドーム……か?」
いつもより高いところに浮いているリンカが呟いた。ドーム……知ってるよ。室内野球場でしょ。とにかく大きい建物。……行ったことないけど。よくドーム何個分の広さって聞くけど、結局どれくらい大きいのかよく分かんない。
「ここが堕鬼の住処、郭」
「ふーん、どこから入るの?」
どこかに入口はあると思うけど、ここから見えるところには入れるような入口はない。壁伝いに歩けば見つかると思うけど、もう夕方だから早いところ中に入りたい。
「――誰だ?」
「ッ!」
後ろから声がかけられて、ビクッと肩が跳ねる。胸を抑えて震えながら振り返る。後ろに立っていたのはすっごく日焼けしたように黒い男の子だった。
「え、えっと……」
「うわっ、えぇ? 竹刀が浮いてる? ……手品?」
その男の子は驚き戸惑う声を出す。
あれ? もしかして……。
「転生者?」
リンカが呟くと男の子がキョロキョロと辺りを見渡す。
「どこかから声が……」
「ねえ君、君も転生者なのか!?」
リンカが男の子に詰め寄る。
「そうだ……え? もしかして……竹刀が、喋ってる? 腹話術じゃ……」
男の子がおれを見る。ううん、と首を横に振ると震えるようにゆっくりと竹刀を見て、悲鳴を上げた。
「――取り乱してごめん。俺は狼谷誠人だ」
落ち着いたマサトが恥ずかしそうに頭をかいて頭を下げる。なんだか、リンカと会ったときを思い出す。やっぱり驚くよね。
リンカが言っていた転生者って言うのは、元の世界、地球で死んで、別の世界で生まれ変わった人のことをそう呼ぶ。マンガとかで流行ってる設定らしいけど、知らなかった。
マサトは堕鬼という鬼族だった。ちょうどクルワに戻るところだったらしく、案内してもらうことになった。
「マサトだったのか。私は一凜華。こっちはタロウと……」
「えっ、委員長!?」
マサトが驚いてリンカを見る。
「なんで竹刀なの!?」
「聞くな。私も分からない」
「へー、大変……だね?」
クラスメイトだからか、とても気安い雰囲気だ。間に割って入る気にはなれないし、少し離れて二人について行く。
「アイ、アイのことはナイショなの?」
「私の声はタロウ……と、タロウと繋がっているリンカにしか聞こえない。話を複雑にする必要はない」
そっか。アイがそう言うなら、分かった。自己紹介のとき、リンカの言葉がさえぎられたからマサトはアイを知らない。だから、そのまま言わなければいい。それでいいだけど、なんだかだましてるような気持ちになる。
「 タロウはどうして市松人形なんか持ってるんだ?」
突然話しかけられてビックリした。
「ぅえ!? え、えーっと……市松人形? って何?」
「今持っている人形だよ。大事そうに抱えてるけど、なんで?」
アイのこと? これ、市松人形って言うんだ。アイそっくりの人形。アイの家にもあった、アイの大事なもの。
「これは……大事なもの」
ギュッと抱きしめる。アイが大切にしているのを知っている。だから、傷付いたりなくなったりしたら悲しむ。
「ふーん、変なの」
一瞬、マサトが言った言葉が理解できなかった。
「え?」
「だって人形遊びって女子の趣味だろ? 男ならもっとかっこいいロボとか……」
「マサト! 人の趣味をバカにするな。誰が何を好きでもいいだろう」
「いやだって委員長、男が人形遊びとか気色悪いじゃん」
「コラッ!」
リンカがマサトを打つ。リンカは庇ってくれた。でも本心は?
「タロウ……大丈夫」
「……うん」
俯いてるとアイに励まされる。抱きしめて返事をしたけど、気持ちは晴れなかった。
『はぁ、嫌だわ。ねえあなた、タロウの面倒はいつまで見なきゃいけないの?』
『そんな言い方しないで。どうしたんだ?』
『だってあの子……両親が亡くなったのにずっと笑ってるのよ? ずっと笑ってて、気色悪いわ』
ああ嫌だ。嫌な記憶を思い出してしまった。
何がダメだったんだろう。悲しい顔するより笑っていた方が心配かけなくて済む。笑っていれば、みんなが幸せになる。……ハズ、なのに…………何がいけなかったんだろう。それじゃあおれはどうするのが正解だったの?
「狼谷、誠人……」
アイが低い声で名前を呟く。
「た、タロウっ! そんなに落ち込むな! 他人に何を言われようと気にするな。君の好きは君だけものだ。誰にからかわれどんなにバカにされようと君の好きを、気持ちを偽ってはいけない。胸を張って、堂々と、君は君の思うままに生きればいい」
「リンカ……うん、ありがとう」
リンカにも励まされてしまった。心配かけちゃった。ダメだダメだ。顔をあげて笑おう。全部、大丈夫だから。
「マサト! 言って良い事と悪い事の区別もつかないのか。マサトだって自分の好きな物を他人にバカにされたら嫌だろう。自分がされて嫌な事を、他人にならやっていい道理はない!」
「イテ、イテテ……ごめん悪かった! 謝るから叩かないでくれっ……委員長! ……ごめんタロウ。言い過ぎた」
「う、ううん。大丈夫、です……」
モヤモヤは晴れない。でも、謝られたんだから許さないと。仲直りした方が、いいから。
「一凜華、ありがとう」
「い、いやっ! れ礼を言われるほどでもないさっ。うん、うん。………………はぁ、怖かった」
人知れずクラスメイトの危機を救った竹刀の最後の言葉は、誰の耳に届くこもなかった。
* * *
あれから誰も口を開いてない。どんよりと重い空気が流れている。楽しそうに話していたリンカもマサトも今は静かだ。心なしか足取りも重い感じがする。
ど、どうしよう。おれのせいだ。おれのせいで仲が悪くなっちゃった。仲が良かった二人の空気を壊してしまった。
「つ、着いたよ!」
どうにか空気を戻す方法はないか考えているとマサトが声を張り上げた。顔をあげて見ると目の前に大きな門が立っていた。
「ここがクルワの入口だ。ようこそ、クルワへ。中を案内するよ」
一歩踏み入れたら景色が変わった。思わず声が漏れ出た。すごい……。
クルワの中は夜だった。屋根があるからか夜みたいに暗い。ドームの中なのに家があって、その明かりや提灯の灯りで明るかった。賑やかでとても楽しそうな声が聞こえてくる。まるで夏祭りみたいだ。
「クルワには店が立ち並んでて、それぞれにゲームが置かれているんだ。思い思いに店に入って対戦して遊ぶんだ」
住宅街みたいな通りがある。通りに面している方の壁がなくてゲームで遊んでる様子が丸見えになっている。……魔族もいる。
「随分、賑やかだな」
後ろでリンカが驚いたように言う。リンカはフシギに思われるからって、今はおれの背中にくっついてる。ヒモはないけど斜めに背負ってるように見えると思う。
「人が多いからはぐれないように気を付けて。せっかくだし二人も何か遊ぶ? 将棋、ベーゴマ、かるた……あっちでやってる丁半は簡単だよ」
マサトがゲームの名前を言うけど、知らない遊びばっかりだった。外の遊んでばっかだったから、中の遊びは全然知らない。一緒に遊ぶ人もいなかった。アイも遊ぶ方じゃなかったし。
「よっ、ヒトデビル。新しいお客さんか?」
マサトに似た人がやってきた。同じ堕鬼の人だと思う。反射的に身構えてしまった。鬼ごっこ中だから、鬼族に見えるハズだから大丈夫。それに魔族もいるからいきなり襲ってくることはないと思う。
「ホシデビル。ああ、そうだよ。今は案内しているところ」
マサトが会話している間、少し後ろに下がる。なんとなく距離を取ってしまった。はぐれないように離れすぎないように気をつければ大丈夫だよね。
「マサトはヒトデビルって呼ばれてるのか。そういえばタロウはこっちではなんて呼ばれてるんだ?」
「おれは……」
「そうだ。これから広場ですもうが始まるんだ。良かったら見ていけよ」
リンカの質問に答える前にホシデビルの声にさえぎられた。
「おっ、タイミング良かったな。すもうは一大イベントなんだ。見なきゃ損だよ」
マサトも乗っかって誘ってくる。
「そ、そうなんだ。それなら見に行こうかな」
良い返事に二人がニカッと明るく笑う。
「そうだよな! よっしゃ、広場はこっちだ。特別に特等席に案内してやるよ」
そうして目にした光景に選択を間違えたと思った。
「なに、これ……」
リンカが震えた声で呟く。おれは声が出なかった。
広場という開けた場所に床が少し高い小屋が立っていた。特等席は広場に近い建物の屋根の上だった。二人は跳躍で飛び乗って、おれはマサトに抱えて運んでもらった。そこからは小屋がよく見えた。小屋に土俵はなかった。
小屋の真ん中に小鬼族がうちわを持って立っていた。そこにちょうど魔族が二人、小屋に上がった。距離を取って立ち、顔を合わせると拳を構えた。
このときに、気付くべきだった。相撲では土俵に拳をつけた状態を手合、つまり構えとする。けれどこのすもうはファイティングポーズ、ボクシングなどの格闘技での構えだった。
小鬼族がうちわを前に突き出すと「はっきよーい!」と声をかける。しんと静かになると、うちわを上にあげて「のこった!」のかけ声で魔族が同時に動き出した。
そこから始まったのは殴り合いだった。殴って蹴って、それはとてもではないが楽しいゲームには見えなかった。片方が小屋から押し出されると勝敗がついて歓声が湧いた。
でも、それで終わりじゃなかった。小鬼族がうちわを上げるとうちわがパタパタとちょうちょのように羽ばたいた。それが負けた魔族の上に舞い降りた。
「はっきよい、はっきよい」
小鬼族が小躍りすると負けた方の魔族が悲鳴を上げる。歓声をかき消すほどの咆哮に空気がひりつくようで、それなのに盛り上がりは増す一方だ。
「なに、これ……」
耳を塞いでいるのに、リンカの声が鮮明に聞こえた。あっ、と何かに気づく声で、もう一度広場に目を向ける。
負けた魔族はどこにもいなくて、うちわがフワフワと羽ばたいて小鬼族の元に戻っていく。勝った魔族は小屋から降りて、次の二人が入れ違いで登っていく。
すもうはまだ終わらない。
これが100話です。コレが100話なんです!(´・∀・` )アラマァ




