&0.記憶の最後
多くは望まなかった。
望みがないと言えば嘘になるが、望むことが許されない環境に居た。同時に、少しの事に目を潰れば、何不自由ない生活を送れる。それはとても恵まれていたのだろう。
それでも私の心は悲鳴を上げた。不満を抱き、反発心を持ち、奥底に本心を隠した。
そうして抗う私に、世界は残酷だった。
些細な日常の、小さな幸せが、ずっと続くことが私の唯一の願いと言えよう。
人によっては「そんな事」と言ってしまうような、本当に小さな願いが私にとっては一番の願いだった。
キミと一緒に居る。
ただそれだけで良かった。他に何も要らないから、キミが居てくれれば良かった。
けれど、その小さな願いですら叶ってはくれなかった。
手を伸ばしても触れられない遠い場所に離れていく。掴もうとしても砂のように手からこぼれ落ちる。
熱い吐息とともに私の名前を呼ぶ。
まっすぐ私を見る瞳が僅かに細まる。
私に触れる温かい手は優しくて。
どうしようもなく、締め付けられているみたいに胸が苦しい。それなのに、私は動くことが出来なかった。声すら、出せなかった。
それが私の記憶の、最後のキミ。
* * *
二月末日。この日は平日で、学生は学校に行く日だった。特別な事と言えば、うるう年だから二月が一日多いぐらい。何の記念日にもならない、ごく普通の日だった。
いつも通りの一日になるはずだった。
昼過ぎ、多くの人が満腹になって眠気を抱える時間带。何の前触れもなく、停電した。
日中の時間、この日は快晴だった事もあって指して大きな問題にはならなかった。ともすれば、停電に気付かなかった人も少なからず居たぐらいだ。程なくして電気は復旧し、元に戻った。
しかし、その少しの間に、永遠の暗闇に閉ざされた人がいた。停電が引き金となった死亡と全くの無関係な死亡。
そして、奇しくもその停電の時、とある高校の教室が爆発した。その教室に居た生徒教師は死亡。生還者は一人も居なかった。原因不明の爆発は人々を震撼させた。
だが、当事者たちはその事を知る由はない。
だって、もうこの世には居ないのだから……