第1章 1-4 帰還
〔「〈【いっぱいお話できて楽しかった〕】」〉
「そうだね」
僕はヨルヨルと長い長い時間、語り合った。
この空間で眠りについた回数は、もう五回を超えたあたりから数えていない。
一週間以上はここにいる気がする。
話せば話すほど、彼女がただ純粋に魔種の未来を願う少女だということが分かった。
なぜ魔王になったのか――その事だけには触れないように。
幼いころの魔族の友人とのバカ話や、僕の前世での鉄板ネタなどを心ゆくまで語り尽くした。
〔「〈【ふふ、もっと早くお友達になっていたかった〕】」〉
「光栄です、お姫様」
――しまった。
不用意に「姫」などと呼んでしまった。
「魔王」と同義と捉えられたか?
〔「〈【怖がらなくてもいいヨ、わかってるから。ねえ、こっちにきて〕】」〉
「はいはいっと」
腰を上げた途端、まるで袖でも引かれるように彼女に吸い寄せられた。
〔「〈【抱きしめて、くれる?〕】」〉
「お、おう…」
なんで?!とおもったが、人恋しかったのだろう。
僕はまんざらでもない顔をしながら、そっと彼女を抱きしめた。
僕の肉を裂くように、彼女の身体に刺さった槍や剣が僕の腕を傷つける。
〔「〈【はい〕】」〉
「ん?」
彼女がそう言うと、ふっと優しく僕の体が離れていく。
〔「〈【’上’に戻るのが怖いって言ってたから、ちょっとヨをあげたの〕】」〉
「ヨルヨルを…あげた?」
〔「〈【安心して、怖いことはしてないから〕】」〉
足元がぼうっと光る。
〔「〈【またね、トーマス。楽しかったヨ。ぜったい、また会いにきてね〕】」〉
「あ、待――」
言葉が終わる前に、視界がぐにゃりと潰れるように歪む。
――あれ?僕、自己紹介したっけ?
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「トーマス、トーマス!」
「ん…?」
「何惚けてるんだい?」
後ろからジュディの声がする。
「僕、ここに入ってどれくらいたった?」
「どれくらいって、今君が呼んだんじゃないか」
どうやら精神と時の部屋的なアレだと理解する。
ヨルヨル、また会おう。絶対に。
僕とジュディは横穴を洞穴にし、休息を取った。
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目を覚ますと、隣で美少女がスゥスゥと寝息を立てていた。
落ち着け。
こいつは大量快楽殺人鬼だ。
……あ、背筋がゾクッとした。
「うう、もるもる…」
そっと洞穴を抜け出し、木の脇でお花を摘む。
ふぅーーー、今日も調子ヨシ!
大きな葉っぱに溜まった水で手を洗い、清々しい気分で伸びをする。
さて、ジュディでも起こして、監獄に戻る作戦を立てるか──。
「グルルルル…」
……。
「僕ってば、このパターンばっかりだよね…」
目の前には、虎のような獣。
滴るヨダレ、ぎらつく牙、狩りの快楽に震える金色の瞳。
「ゴアアアア!」
「どわ!」
咄嗟に横に飛ぶ──
反応できた。
しかも、ちゃんと飛べた!?
獲物に避けられた獣は機嫌が悪そうに低く唸り、
ゆっくりと弧を描くように僕の周りを周回する。
──気を抜けば、死。
僕は腰からリタにもらったナイフを抜き、構えた。
ザザッ、ザザッ。
獣が草木に溶けるように姿を消す。
──音もやむ。
静寂。
「後ろ!!」
反射的にナイフを振るった。
刹那、肉を裂く感触。
振り向けば、獣の瞳と顔の一部が裂けていた。
「ギャッ!」
獣は血を滴らせながら、怯えたように森へと消える。
パチパチパチ。と手を叩く音。
「全然弱くはないじゃないか」
ジュディの声。
「ボクほどじゃないけど」
彼女は獣の皮をポイッと僕に投げてきた。
「ヌエの毛皮は高く売れるんだよ」
鵺?
……ケルピーに続き、またもやイメージ違うけど、まあいいか。
それより、自分の動きに驚く。
明らかに強くなっている。
ヌエが直感的に後ろからくることもわかった。
──これが、ヨルヨルの言っていた“あげる”なのか?
遠くからビィィイー! と警告音が響く。
『規定人数になりました。4時間後に監獄に戻します』
「タイミングがいいね」
ジュディがニヤリと笑い、木の枝をこちらに投げる。
「案外やれるみたいだし、時間まで付き合ってくれない?」
「……剣聖みたいに〇されるのはちょっと…」
「手加減はするよ!」
ジュディはプリプリしていた。かわいい。
僕の戦績は、まあ…お察しの通り全敗。
彼女の強さは尋常ではなく、手も足も出なかった。
気づけば、後半の二時間は剣術指導の時間になってしまっていた。
再度、ビープ音が鳴る。
ジュディが手を振り微笑むと、
僕たちの視界は暗転し──
見覚えのある監獄へと戻っていた。
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「あ、生きてんじゃ〜ん」
自分の独房に戻ると、リタがゴロゴロしていた。
「ん? んんん?」
僕に近寄り、匂いを嗅ぐ。
「なんか、すっごくいい匂いする! おいしそうなような、懐かしいような…」
ひとしきり匂いを嗅ぎ終わった彼女は
「ま、いっか!おかえり、ダーリン♡」
「ちょ、待──」
くたくたに疲れた今は、マズいって!!
「うおおおおおおおおおおおおおおん!」