第1章 1'-2 小競り合い
「姫様が戦場に足を運ばれる必要はありません」
ユリエルの側近、ガーディウスが心配そうに言った。
「実際に感じてみなければ、本質は見えてこないものですわ」
ユリエルは馬から優雅に降りる。
国境近くの街。
その空気は、言葉にできないほどの重苦しさに満ちていた。
軍の拠点が設置されているが、頻繁に起こる小競り合いや、つねに物資不足の拠点、活気を失った街。
「まったく、卑劣なことです」
「本当に…」
言葉もなく、ユリエルは街を見渡す。
この惨状の犯人は山賊だったり、正体不明の遊牧民だったり。報告内容にはそう書かれている。
その背後に潜むのは……恐らくはアクーティカ王国。
だが、確固たる証拠は掴めぬまま今に至る。
「お父様は、この惨状を見ても、まだ『平和のため、人々は手を取り合おう』なんて言えるのでしょうか」
口元を噛みしめる。路地裏で動かぬ人々を見て、息が詰まりそうだった。
「…どこのカゲに誰が耳を傾けているのかも分かりませんぞ」
「構いませんわ。民の苦しみを想えば…王の責務を果たせぬお父様なんて…。わたくしが民の代弁をしましょうか?お父様など、」
「ユリエル」
ガーディウス爺が眉間に皺をよせ、子を叱るような語調がユリエルを諫めた。
ふぅ、と息をつきガーディウスは言う。
「私ごときには陛下の心中を推し量ることはできません。
しかし、人の親であった私の積み重ねから愚考するに、早く貴女に王座を継がせたいと考えていると感じますがな。陛下の姫様への期待と愛は本物です。ゆめゆめ忘れぬよう」
「知っていますわ」
ユリエルは淡々と答える。
第一王子は自由奔放、いつも遊びに興じ、無責任な日々を送る。
第二王女は、父の理想論を色濃く受け継いだが、それが仇となり、頭はお花畑。
まともなのはユリエルだけだ。
軍の構える前線の拠点での陣中見舞いを終え、ユリエルは兵団の宿舎へ。
用意された部屋でひとしきり事務仕事を終え、ベッドに腰を下ろす。すると、薄い壁越しに声が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか?この街のどこかに、あのヴォルハウス卿がいるんだって」
「マジかよ、あの《《ヘンタイ》》が?」
ヴォルハウス卿。
ユリウス王の古くからの友人で、魔法研究の最前線を走り続けた男。
だが、戦争終結後、ナラク城からの魔力抽出技術を完成させた彼は、様々な組織から命を狙われ続けた。
当然王国は彼の命を守ろうと手を尽くした保護の提案をしたが、ヴォルハウス卿はそのすべてを拒絶し、その姿を消した。
どうしてわざわざ、こんな国境の近くに?格好の的では?
「どうでもいい事ですわね」
ユリエルは灯りを消した。
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「んん~、懐かしい匂い…ユリウスの匂いがするネェ!」
月光を浴びながら、汚れた白衣を身にまとった初老の大男が道を歩く。
「さて、オジさんが友達の娘さんに、アイサツしちゃおっカナ!」