第1章 1’-1 第三王女
グレイヴィア王国の第三王女、ユリエル・グレイヴィアは、心の中で次々と湧き上がる苦悩に頭を抱えていた。
人類解放戦争の終結から10年。魔種との壮絶な戦争は終わり、人類は魔種を打倒した。
確かにその瞬間は、人類は一つになっていた。
しかし、時が経つと、次第にその絆は薄れていった。
現国王であるユリウス・グレイヴィアは、周辺国に対して友好的な姿勢を貫いているが、その周辺国の動きは一筋縄ではいかない。
戦争には至っていないものの、国境付近での小規模な衝突が頻発しており、グレイヴィア王国の機密を探ろうとする諜報活動も増えてきているであろう報告を受けている。
先ほどの会議でも、国王は強硬策を取る気配は見せず、友好的な調整を続ける方針を示していた。
「はぁ…」
ユリエルは深いため息をつきながら、長く美しいブロンドの毛先をくるりと回す。
グレイヴィア王国は「ナラク城」という火種を抱えている。
この大きすぎる課題の前に、できれば悩みの一つでも解消したいものだ。
「姫様」
その時、ユリエルは部屋のドアをノックする音に思考を中断された。
「どうしました?」
「今月の1層、4層のエーテルの生産量に関する報告資料をお持ちしました」
「ああ…助かりますわ。机の上に置いておきなさい。後で目を通します」
ユリエルの心は依然として重く、ナラク城の問題から離れることはできなかった。
「ナラク城」―それは争いの火種。
原因は「魔族から抽出した魔力で人は初めて魔法を使うことができる」こと。
先天的に魔法を扱える勇者という名の天才を除いて。
ナラク城を保有する我が国は、魔力というエネルギーにおいては独占している状態にある。
「魔種という化け物を押し付けておいて、有効活用できるとなったら途端に返してほしいなどと。どれだけ恥知らずな…」
1人きりの部屋でポツリとユリエルは悪態をつく。
グレイヴィア王国が独占しているのはエネルギーだけではない。「ナラク城」から魔力を抽出し、人間に取り込むことのできるエーテルを生成する技術も独占している。
周辺国はその技術・魔種の提供を何度も何度も交渉してきた。
このままではグレイヴィア王国のみが魔力を独占し、パワーバランスが崩れる。
周辺国が一丸となってグレイヴィア王国を敵とみなすことが起こり得てしまうと。
その話を王は全て「魔種は廃滅する。人類平和のために」と言い魔種も技術も一切渡さない姿勢を貫いている。
エーテルの輸出で利益を出し続けている現実からは目を背けて。
「人類平和」の理想が悪いわけではない。
だが、あまりにも理想論が過ぎる。
「非現実的すぎますわ…。もしお父様が少しでも強硬姿勢を取れば…。」
周辺国はナラク城から、魔種でも技術でもよいからと、何かを奪おうと様々な策を仕掛けていることはユリエルの耳にも入っていた。
国境付近では、どこの勢力ともわからない者たちから嫌がらせのように村や街を襲われ、軍を常駐させている。
山賊の類と報告は受けているが、彼らの裏で糸を引いている存在がわかれば、最悪の場合、戦争が勃発するかもしれない。
「ふぅ…頭が痛い…」
再度ノックがあり、部屋に直属兵の声が聞こえる。
「ユリウス陛下がお呼びです」
「お父様が…?」
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要件は姉上の縁談の相談であった。
周辺国の中で最も勢力の強いアクーティカ王国の王位継承が決まっている第一王子との。
ユリエルの見解を聞きたいとのことだった。
政略結婚自体悪い手ではない。
だが…。あの国はダメだ。
「お父様のやり方では、グレイヴィア家が乗っ取られてしまう」
ユリエルは壁に掛けられた肖像画に目をやる。それは、魔種との戦いの末に命を落とした母の姿だった。
「母様、私は…母様が守ったこの国を守る戦士でありたい」
ユリエルの瞳には灯がともっていた。