第1章 1-16 脱獄-2-
「約束、したじゃないですか」
月明かりに照らされた彼女の顔に、静かに涙が伝う。
その瞳は、ただひたすらに悲しみを宿していた。
「…ごめん」
言い訳のしようもない。
僕は彼女の約束を破った。
彼女は彼女の理念に従ってヴィネを殺した。
そこを攻めることもできない。
リタが僕の腕を掴み、カタカタと震えおびえている。
「その魔種を前に出してください」
「…それはできない」
リタの前に立ち、彼女を守る覚悟を決める。
僕の選択で、今この状況がある、この責任は僕が果たすべきだ。
「ジュディ、虫のいい話はとはわかってる、でも、今からでも監獄に戻ったら見逃してくれないか」
「…」
沈黙。無言の空気が二人の間に重く降り積もる。
「トーマスが…わたくしについてきてくれるなら、いいですわよ」
「え…?」
聞きなれない口調。あまりにも優雅で、あまりにも冷徹で。
「固有魔法「変身」解除」
その瞬間、ジュディの姿が、光に包まれ、その姿が変貌する。
現れたのは、全く別の人物――見覚えのない、王族のような装いの女性だった。
「この姿では初めまして。ユリエル・グレイヴィア、ですわ」
僕の頭の中は混乱に包まれる。全てが支離滅裂だ。リタが目を見開き、驚愕に震える。
「誰…、だ…?」
「王女…サマ…!?」
リタの言葉が信じられなかった。
「…トーマス、貴方をわたくしが「身請け」します。どうやったかはわかりませんが、ナベリウスに深手を負わせる実力、作戦、申し分ありません。わたくしの配下に加わってほしい。貴方の罪、このわたくしが消し去って見せましょう」
彼女が優しく手を伸ばす。慈愛の表情で。
「さぁ、手を取って」
優しく、優しく彼女は微笑む。
「その手をとったら、本当にリタは生きて返してくれるんだな」
「ええ」
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嘘、ついてるヨ
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脳裏にヨルヨルの声。
館の窓ガラスに彼女が映った気がした。
優しく僕に微笑む彼女の顔が。
「ごめん、リタ」
僕はユリエルの手を払った。
「お前嘘ついてるだろ」
「よくわかりましたわね」
彼女の表情は酷く冷たいものとなった。
「お前が魔種を見逃すわけないだろ!」
その言葉が合図となり、僕はリタの手を取り走り出す。
「走るぞ!」
「うん!」
奇しくも僕が転生してきた時と全く同じ構図だ。
「召喚」
だが、ユリエルは手を空にかざす。
暴風が僕たちを襲う。
荒れ狂う暴風に僕たちは立つことすらできなくなった。
ユリエルの手には、禍々しい剣が握られている。
「あ」
不可視の刃が、僕を無視してリタの胴を引き裂く。
「リタ!!」
その一瞬、全ての時が止まったかのように感じられた。ユリエルが冷ややかな目で僕を見つめながら、足を一歩ずつ踏み出す。近づいてくるその足音が、まるで鋼のように響く。
「さあ、手を取りなさい」
「お前…お前ええ!!」
僕は拳をユリエルに振るう。
彼女はなんの抵抗もなく、その拳を顔面に受ける。
「気はすみましたの?」
「っ…!!……お前!お前!お前!」
心の中で、リタとの過去が蘇る。
最悪の日々だった。だけど、彼女はこの世界で初めての僕の――友達だったんだ。
「お前!お前ええええええええ!!!」
わかってる、自分の選択が招いたことだって。
「なんで、反撃しないんだよ…」
「わたくしは、わたくしの国の民を傷つけることはしません。それがたとえ罪人であっても」
「くそっ、くそおおおおおおおおおお!!!」
感情が爆発する。怒り、悲しみ、絶望。その全てが一気に押し寄せる。僕は、踏みとどまることができなかった。
その暴走が、呼び起こしたのか、足元が、赤く、黒く染まる。
「貴方…!?」
ユリエルが目を見開き、後ろに一歩下がる。
「魔種…!」
その言葉と同時に、ユリエルは魔剣で僕を切り裂いた。
僕はその一撃で、足元が崩れ、リタの手を必死に掴もうとする。
エントランスの中央の魔方陣が光る。
「堕としなさい」
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長い、長い転落。覚えがある。
これはヨルヨルの領域だ。
落ちる、落ちる。堕ちる。
水の中に落ちた。
リタを抱きしめ、必死に地を目指す。
「リタ…!リタ!」
「ん…、トーマス…?」
弱々しく目を開けた彼女の声が、僕の耳に届く。
「よかった、生きてる」
「え、へへ。ダメみたい」
彼女の傷跡が痛々しく、そこから見える割れた核が、僕の目に焼き付いていく。
「…嬉しかったよ、トーマス。守ってくれて。」
「ダメなんて言うな」
「…核、もし。…できたらでいいんだけど…あの子に…」
「死ぬな!!」
その言葉が最後となり、リタはもう、二度と口を開くことはなかった。
「なんで、僕は生きてるんだよ…」
地面を叩きながら、僕は必死で言葉を絞り出す。
「自由になりたいばっかりで、周りをふりまわして、その結果がこれかよ!!」
体を引きずりながら、地を這う。
「なあ!ヨルヨル!お前なら僕を殺せるだろ!!」
空に叫ぶ。
〔「〈【殺せない、殺せないヨ〕】」〉
言葉が返ってくる。
「なんでだよ…」
僕は泣きながら真っ暗な空をみつめる。
「なんなんだよ…」
「殺してくれ…」
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どれだけ時がたっただろうか。
長い時がたったことだけ、わかる。
ヨルヨルはただ静かに、僕に寄り添ってくれていた。
「自由になりたかったんだ」
〔「〈【うん〕】」〉
「それだけ、だったんだ」
〔「〈【うん〕】」〉
取り留めもない言葉。
〔「〈【トーマスは…まだ、自由になりたい?〕】」〉
ヨルヨルが問いかける。
「…ああ」
〔「〈【じゃあ、いいよ〕】」〉
ヨルヨルのそばに引き寄せられる。
〔「〈【ヨの全部、あげる〕】」〉
「なっ」
ヨルヨルの胸に真っ黒な核が浮き上がる。
〔「〈【これからは、ずっと一緒にいよう?〕】」〉
導かれるように僕はその核に触れ、彼女が僕の中に流れ込む。
僕とヨルヨルはその言葉通り一つとなった。
何もなかった僕は、ここから異世界転生を始める。




