第1章 1-1 キモ鳥
ここ1ヶ月、僕の生活はまさに地獄そのものであった。
2、3日に一度現れるリタに生気を搾り取られ、その度に泥のように眠りに沈んでは目を覚ます。そしてまたリタ。その繰り返し。
というかアイツ、来る頻度がどんどん上がっていないか!?
幸か不幸か、その度に交わす会話で、なんとなくこの世界の事情がぼんやりと見えてきた。
『人類解放戦争』
10年前に終結した戦争だ。
その頃、魔種と人類はまだ住処こそ分かれていたものの、両種族は普通に外の世界で生活していたそうだ。
「魔種」というのは、魔族と魔獣の二種類を指す。
魔族はリタのように人語を操り、理性を持つ者。
魔獣は理性のない獣のような存在だ。あの鳥みたいな
。
共通しているのは、彼らの食料が「人間」であるということ。
とは言っても、魔族で人肉を食べる種族はそこまで多くはないらしい。
食べるのはリタのように生気が主だとか。
魔獣は普通に人肉が好みらしいが…。
この監獄にいる魔族のほとんどは人間の生気を食糧としている。
この人間の住処から囚人たちの生気を常に奪っているそうだ。
そう、この世界の食物連鎖の頂点に立つのは、人類ではなく魔種なのだ。
魔種からの解放を誓った人類は、魔種に戦いを挑んだ。
だが魔種は、人類には扱えぬ「魔法」を使う。
身体能力も人類を遥かに凌駕し、人類との能力の差は圧倒的だった。
では、どうやって人類がその魔種に勝利したか。それは簡単な話、数の力だ。
魔種の数は意外にも少ない。
たとえ強力な魔種であろうとも、数人がかりで戦士が戦えば、倒せる。
人類はひたすらそうやって、そうやって、戦い続けて魔種の戦力を削っていった。
また人類にとって希望となる存在が生まれる。
「勇者」だ。彼らが各地に現れ、魔種を超える力を得る。
勇者たちは、魔種にしか使えないとされる「魔法」を使いこなし、身体能力も魔種を超えていた。
人類は、魔種打倒のために進化を果たしたのだ。
長い戦いを経て、ついに戦争は終結を迎える。
「勇者が魔王を封印した」との報が各国を駆け巡った。
魔王はその拠点である魔王城の最深部に封印されたのだ、と。
だが、魔王を封印した=魔種が滅ぶわけではない。
そこで、生き残った魔種に人類は提案した。
罪人を食料として差し出す代わりに、魔種には一つの拠点に寄り集まっておとなしくしていてもらえないかという条件だ。
魔種は魔王を失い戦意を失っており、この条件を受け入れた。
そして、魔種の敗北で彼らの戦争は幕を閉じた。
魔王が封印された魔王城に魔種たちは追いやられ、今この瞬間も、その魔王城に留まっているのだ。
捉えたニンゲンを食らいつくす蟻地獄のような地下大迷宮。
それがここ、ナラク城だ。
「僕、ここにいたら食べられちゃうじゃん!」
「今まさに食べられてるじゃない」
「そうでしたああああああああああああ!!」
体力が、やる気が、どんどん消えていく…!
「ぜえ…ぜえ…」
「ふぅ…お腹いっぱい」
恍惚とした表情で、彼女は頬に手をあてる。
「絶対脱獄してやる…異世界ファンタジーで大冒険するんだ…」
「あら、そんなことアタシの前で言っていいの?チクっちゃうわよ」
悪戯っぽく微笑んだ彼女に、思わず顔が引きつる。
悔しいが顔はいいんだよな。
「今日も食べさせてあげたんだから、情報をくれよ」
「ハイハイ、何が知りたいの?」
「そうだなぁ…ここって、脱獄した奴とかいるの?」
「いないわね。アタシが知る限り」
警備らしい警備もないこの城で、どうして誰も脱獄できないのだろうか。
「それはね、魔獣がウヨウヨいるからよ。人間のレベルじゃ無理だもの」
「心読まないでくれる?」
「読んでなんてないわ。アンタがわかりやすいだけ」
ここに収監されている者たちは皆、この牢獄の外のサキュバスを含む魔獣や魔族から常に生気を吸われ続けている。
つまり、常にデバフをかけられたような状態だ。
元々強い者でも、たまったものじゃないだろう。
元々弱い僕にはあんまり関係ないが。
「それにしても、お腹減ったな。もう何ヶ月も食べてないよ」
「買えばいいじゃない」
「金がないんだよ…」
外には魔獣が本当に「ウヨウヨいる」。
魔獣を倒せば、地上の冒険者ギルドから派遣された商人が買い取ってくれるらしいが、僕には戦闘経験がほとんどない。
唯一の戦闘経験は、肉ダルマを花瓶で殴った事だけだ。
さらに、武器もない。
またもや詰んでる。
余談だが、人間が住む洞窟には結界のようなものが張られており、魔種は中に入って来れないらしい。
それなのに、リタだけは入ってくる。どうしてだろう…。
魔種は近くにいるだけでオートで生気を吸い取るらしいので、リタのように直接食事をしなくても、本来腹は満たされているらしい。
リタは特別燃費が悪いらしく、こうやって直接の食事をしていると言っていた。そういう部分は個人差があるんだね。迷惑な限りである。
「あーあ、もしリタが手伝ってくれたら、美味しいご飯が食べられて、生気ももっと美味しくなると思うんだけどなぁ」
「そんなの、乗せられないわよ。魔獣だって一応同族なんだから」
「あの鳥とか、人間にとっての豚とか鶏みたいなもんじゃないの?」
「…そうね。暇つぶしに魔獣は狩るときもあるケド…」
付き合いが長くなって気づいたが、リタは案外素直な奴だ。
質問には割と普通に答えてくれる。転生者の僕にとってはありがたい存在だ。
「俺のビンビンの生気、食べてみたくないか?」
アハ~ンと、服をはだけてみせる。
「キモい」
「あふん」
尻尾で顔をはたかれる。
「ねぇ、何か食べたら本当に生気美味しくなるの?」
「え、お、オウ」
「ふうーん」
生気が美味しくなるのかどうかなんて、わかるわけないが適当に同意してみた。
「ちょうどいい機会だし、ひと狩りいっちゃう?」
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僕たちは牢獄を出て、外の広大な草原に立っている。
「あれ、見て」
数日前に見た、奇怪な三つ目の鳥のような生物が一群となって歩いている。
「囚人たちは魔獣を狩って、核や有用な部位を冒険者ギルドに売ってるの」
「いいのか?同族なんだろ?一応」
「ちょっとワケアリなの。一匹、あの子の核がほしいわ」
リタがポケットからナイフを取り出し、僕に渡す。
「《魅了》でオスを引き寄せるわ。サクッとやって」
「えっ?おい、ちょっと待て!」
リタは背中から小さな羽を広げ、風のように軽やかに空へと舞い上がる。
「翼なんて生えてたんだな…」
空の彼女を眺めていると彼女は呪文を唱えた。
「《魅了》」
鳥のような生物たちが、魅了されたかのように怒涛の勢いでこちらに向かって来る。
「やるしかないか!」
覚悟を決めてナイフを握りしめる。だがその瞬間、
「石化!」
「あれ?」
突然、1匹の鳥が完全に静止する。
正直、全速力で迫ってくる鳥をナイフで仕留めるなどできる気がしなかったので、有難いのだが、
初めての異世界でのバトルがこれでは少し拍子抜けだ。
もう1匹の鳥は、まるで訳も分からず、あらぬ方向に走り去っていった。
「ほい、サクッとよろしく~」
「うう…」
リタがあまりにも軽く言う。
しかし、見たそのキモいとはいえ鳥を殺すのは、日本生まれの僕にはキツいぜェ~…。
生き物の命を奪うことに体が拒絶反応を示すけれど、これも美味しいご飯のため…。スマン。
覚悟を決めた。
昔、父さんと一緒に釣りに行った日のことを思い出す。
「せいっ!」
思い切って首に深く刃を食い込ませる。鳥から生気が失われていく感触。
「助かったわ」
空からリタが降りてきた。
「キミ一人でよかったんじゃないの?」
「無理よ、石化してる間はアタシも動けないんだもん」
手慣れた様子でその血まみれのナイフを取り、腹を裂いていく。うーん、グロテスクだなぁ…。
「これこれ」
血の中から、キラリと光る宝石のようなカケラを取り出す。
「それが、核?」
「ええ、これは一部だけどね。アンタらの心臓と同じようなものよ」
リタは手際よく処理を進めながら、さらりと言う。
血まみれの手で次々に作業を進め、ついにその核を取り出すと、満足そうに見せてきた。
「ほい」
「うわっ、うわっ…」
恐る恐るその手渡されたものを受け取ると、途端に気持ち悪さが襲ってきた。血まみれの鳥の爪、
しっかりと金になりそうだと教えてくれるリタ。
「じゃあ、私は水辺で血を洗い流すから。気をつけて帰りなさいよ」
「え?魔獣除けしてくれたじゃん」
「気を付けるのはニンゲンをよ、アンタ、トロそうだから。パクられんじゃないわよって言ってんの」
彼女は水辺に向かって足早に去っていった。
失礼なやつだ。
僕はそのまま囚人の洞窟に戻り、中央の市場を目指した。
今まで無一文だったので意識もしなかったが、ここにはさまざまな商店が軒を連ねている。
武器、食料、見たこともない不思議な商品まで。
「これ、買い取ってもらえますか?」
「ん?ああ、ケルピーの爪か。4枚あるね。銀貨1枚で買うよ」
…ケルピー…?あれが?!
…僕の知ってるケルピーではなさそうだな。
「はい、ありがとうございます」
銀貨を受け取ると、急にモノが買えるという実感が湧いてきた。
お腹も急激に減ってきた。
「あの…食べ物って、どこで?」
「食い物なら、あっちだよ」
腹が…減った!
指を指された先では、何かを串に刺して焼いている男が見える。
露店には謎の植物や、見たこともない食べ物が並んでいる。どうでもいい、今は暖かいものが食べたい。
「その串、銀貨1枚で買えるだけください!」
「ほいほい、ケルピー串ね。銀貨1枚なら10本だな!」
あのキモ鳥かよおおおおおおおおおお。
食べた。
ウマい!
ケルピー、意外に美味しいじゃないか。ほんと、バカにしててゴメンやで。
さばいた肉を回収してこればよかったと後悔。
牢獄に戻ると、リタが待っていた。
「ふふ、おめかししてきちゃった」
「うげ…」
たしかにいつも見ている格好ではない。
異世界情緒満載の服に身を包んだリタ。
ん?まてよ、おめかし?まさか、僕に気が?言ってくれよ、ふふふ。
「おかえり、ダーリン」
リタが抱きついてきた。なにこれ?うわ、二度目の女の子にハグされたよ!
…もしかして、本当に僕の事が好…!?
「ですよねえええええええええええええええ!!」
生気を死ぬほど吸われて僕は気絶した。
なんでおめかししてきたの。
どういう情緒なのかトーマスわかんない。
後日聞いたのだが、食事をした方が生気はおいしかったそうな。しらんがな。