第1章 1’-13 報告
「姫様ー。りんごたべたい」
「ユリエル、本読んで」
「え、ええ。わかりましたわ」
ララフィとジュディは、グレイヴィア王宮の華やかな客室に広がるベッドを占拠し、
ユリエルに次々とお願いを投げかける。
二人の顔には甘えた笑顔が浮かんでおり、その言葉はまるで無邪気な子どものようだった。
「姫様~、ミルクがのみたいにゃー」
「ユリエル、ユリエル。このゲームやってみたい。ボードもってきて」
「…………わかりましたわ」
責任感の強いユリエルは、彼女たちの負傷に心を痛めていた。「この償いを…」と呟くユリエルに2人の瞳はギラついた。
相手は冒険者。流石というべきか「こんな内容契約になかった!」と詰めることはせず、「一日言う事、聞いてくれるよね?」という条件を提示してきた。
その一言をユリエルは即座に受け入れ、今、メイド服を着て、何とも不本意そうに命令に従っている。それを廊下で見ている執事やメイドたちの目には、混乱と驚きが交じり合った表情が浮かぶ。
「はー。あんときゃ、さすがのアーシも死んだと思ったわ」
「ボクも三途の川をわたりましたよ」
「じゃあなんでここにインだよ。渡ってねーよ」
ユリエルはきゅっと唇をつぐむ。
「姫様のせいじゃねーよ。アーシらが弱かった。それだけだ」
「うん、全然勝てる気しなかったです」
意外にも、あっさりとした反応が返ってきた。
「本当に、申し訳ございませんでした」
ユリエルは頭を下げる。
「やめろやめろ!つい今さっき、いったじゃねえか!アーシらが弱かっただけって。この罰ゲームでチャラだ。チャラ」
「それでも、わたくしは、わたくしの国の民が傷つくたびに…いえ、言い直しましょう。わたくしの身近な人間が傷つくのが嫌なのです」
ララフィは肩をすくめる。
「そんなん、戦争になったら、いやっちゅーほど起きるぜ?」
「それは…わかってるつもりです」
「ハハ、やっぱ王様の子供だよ、アンタ」
彼女の言葉は、まるで針のようにユリエルの胸を刺した。
「でも、気に入った。こーゆーのは直感だからな。これからもよろしくな。雇われだなんだって気にしたくねえから、こう呼ばせてもらうぜ。ユリエル」
「ええ、ボクからも。お願いしますね。ユリエル」
ララフィとジュディは拳を突き出してきた。
「ええ。よろしくお願いいたしますわ、ララフィ、ジュディ。」
その拳にユリエルは自分の拳をぶつけた。
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「ユリエル様、王はまだお休みになられてますが」
「構いません」
王室の衛兵が必死に制止しようとするも、ユリエルはそれを無視して王室の大扉を開ける。
「ユリエル、どうしたのだ」
「アクーティカに行ってまいりましたわ」
「何…?」
ユリウスはユリエルの顔を見、察したように額を押さえた。
「アクーティカ王国は王宮に魔獣を飼っていました」
「何…!?」
「お父様!これは明確に人類への裏切りですわ。アクーティカに何らかの布石を打つべきです!」
「…、それが、それが本当だったとして、誰がそれを信じる。どう信じさせる」
「わたくしがこの目でみたのですわよ!?それに、この書類だって…!」
ユリウスにヴォルハウス卿からもらった書類を王に渡す。
「ユリエル。聡いお前がわからぬ筈があるまい。仮に全てが本当だったとしても、お前ひとりが言ったところで、事態は動かない」
「それは…!わかっていますが…」
ユリエルはなにも、この調査で議会の人間の納得まで得たかったわけではない。
肉親であるユリウスに、少しでも自分の考えを理解してほしかった。
肉親ゆえの甘えであり、わがままな感情。
しかし王たる彼の考えは揺るがない。
この論争において二人はずっと平行線で、相容れることはない。
「お前の抱える葛藤や苦悩、理解しているつもりだ。だがユリエル、お前はまだ若い。若いのだ。今はまだ世界の在りようや魔種など考えず、自由に人生を謳歌してほしい。」
「…っ!!」
ユリエルは王室を飛び出した。
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――少しでも早く、お父様に認められたい。
ユリエルの真意は王とは異なる。
魔王城を有効活用し、グレイヴィアの民を護り、グレイヴィアがこの世界の覇権を握る。
そのために、ユリエル・グレイヴィアは何だってする。
そのエゴは次第に大きく、暴走していく。
ユリエルはあの書類を握っていた。




