第1章 1’-11 勇者
ジュディとララフィと契約を交わしてから、早くも三日が過ぎた。
だが、ヴォルハウス卿は依然として部屋にこもりきりだった。
「ヴォルハウス卿、進捗を報告なさい」
扉をノックする。
――無反応。
「ヴォルハウス卿?」
返事がない。
魔方陣の解析に没頭しすぎて、寝てしてしまったのかもしれない。
時間を改めるべきかと、ユリエルは踵を返そうとした――その時。
廊下の奥に、見覚えのある大男の姿。
「あれェ? ユリチャン~らぁにしてるの~?」
「……何もなにも……うっ、臭っ……」
明らかに酔っぱらっている。
鼻を刺す酒気がひどい。
「ヴォルハウス卿、魔方陣の解析は?」
「え? もうとっくに終わってるけど」
――ブチ。
ユリエルの眉間から、危険な音がした。
「あんなの、紙をもらって二、三時間で終わっちゃったよぉ。それより聞いてよ~! 三番街の鳥串がもう絶品で! なんでも東のぶべら!」
――無音。
「オイ、姫様って。嫌われてるのか?」
「南無四……」
「三な」
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ヴォルハウス卿を部屋に蹴り入れ、顔に水をかける。彼を起こすためにユリエルは殴る蹴る●●●!!!×××!!!
「ぐはっ!? 何すんのさ!?」
更に殴る、蹴る、踏みつける。
怒りが収まらないユリエルの猛攻撃に、ジュディとララフィは震え上がった。
完全に目を覚ましたヴォルハウス卿は、ずぶ濡れのまま妙にキリッとした表情を作る。
「初めまして、お嬢さんがた。オジさんの名はヴォルハウス卿……史上最強の頭脳の持ち主ダヨ……」
「報告なさい」
「はい」
「早く!」
「はいいぃぃい!」
ヴォルハウス卿は、しょんぼりと内ポケットから一枚の紙を取り出した。
「解析の結果、予想通り“扉隠し”の魔法だったネ。扉自体を偶然見つけたとしても、何重にもロックが施されていたよ」
「で、開くんですの?」
「オジさんを誰だと思ってるの」
「ヘンタイですわ」
「辛辣ゥ!?」
クネクネと身をよじる姿が実に気持ち悪い。
「それで、その紙は?」
「これを例の場所に張り付けて魔力を流すだけでOKさ」
ユリエルはそれを受け取り、慎重にポケットへとしまった。
「そろそろ依頼内容を教えてくんネェか? 護衛とは聞いてるけどよぉ」
「そうですわね」
ユリエルはソファに腰かけ、静かに言葉を紡ぐ。
「アクーティカ王宮の、とある部屋に忍び込みます」
「「は!?」」
二人の声がハモった。
「アクーティカは魔獣を秘密裏に保有している可能性が非常に高い状況ですわ。その拠点を、ここで潰します」
「まて、まてまてまて。スマン、理解が追いつかねえ」
「ふふ、ララフィは頭が悪いですね。スパイ作戦ってことですよ」
「お前ほど単純じゃねえんだよ!」
ララフィは爪を噛み、逡巡する。
「割に合わねえ、帰る……つって、もう帰れる状況じゃないってことだな」
「察しが良くて助かります」
「ふふ、ララフィは頭が悪いですね。私たちは何時でもおうちに帰れるじゃないですか」
「こんのぉ…ノー天気がぁ…」
ジュディはララフィにヘッドロックされている。
「10倍だ。こんなリスクまみれの作戦に付き合ってやるんだ。それくらい貰っても、ばちは当たらねえだろ」
「もちろん、それ以上の報酬を約束しましょう。」
「はぁ、年貢の納め時ってやつか…」
ララフィは深く息を吐き、肩を落とした。
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夜中。
三人は下水道を歩いていた。
「おえっ……くせぇ……」
「握手……」
「悪臭な……」
暗がりの中、扉の前に立つ。
「風魔法を付与しますわ」
「問題ねえ。アサシンだっていったろ」
「ボクも自分でできるから大丈夫ですよ」
流石は五つ星の冒険者だ。
彼らは階段を上り、慎重に王宮の内部へと進む。
監視の目をかいくぐり、ついに目的の地点へ。
「くれぐれも視界に入らぬよう」
ユリエルは自分の魔力の残量を確認し、2人はエーテルを飲んだ。
「おい、廊下にいつまで突っ立ってんだよ。ヤバイって」
ユリエルは例の紙を貼り付け、魔力を込め続ける。
「……開きましたわ!」
隠し扉が姿を現す。
三人は中へ飛び込み、階段を下りる。
深く、深く。
そして、目の前に広がったのは――
「魔獣……」
「うっわ、本当にいるよ」
「あれが、魔獣なんですね…」
そこには、十体ほどの異形の存在。
まだ人間の面影を残す者すらいる。
彼らは、ヴァルハウス卿の研究室と同じように戦意すら失っていた。
「……ごめんなさい」
ユリエルは剣を額に当て、目を閉じ、覚悟を決める。
そして、一息に振り下ろした。
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全ての魔獣を討ち、遺品を回収する。
「依頼自体は楽ちんだったな」
「油断大敵」
「おっ、合ってんじゃん、珍し」
その時だった。
「避けろ!」
ララフィの叫びに、ユリエルは咄嗟に飛び退いた。
次の瞬間、彼女のいた地面が大きく裂ける。
階段の上から、ゆったりとした足取りで降りてくる男。
黄金の聖剣を携えた、特徴的な民族衣装の男。
「無窮の勇者ガトー……!」
最悪の状況。
ララフィとジュディがとっさに近づき戦闘態勢を取る。
「正直雇われたばっかだし、アンタのためにタマァ張る気はねえぜ。…気はねえが、まぁー…アイツなんとかしねえと、どっちにしろだけどなァ。ああ、割りにあわねえ!」
「強敵、ボクが、殺る…!」
――この状況で物怖じしないのは助かりますわね。
「この地に足を踏み入れたが最後……貴様らの命運は尽きたものと思え」




