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第1章 1’-10 ジュディ

カゲが死んだ。

ヴォルハウス卿は部屋にこもり、魔方陣の解呪に没頭している。


ユリエルは泣きはらした目を乱暴に擦った。涙の痕が肌に焼きつくような気がする。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。


――それこそ、彼女に対して無礼だ。


「……行けばいいんでしょう! クソッ……行きますわ、行きますわよ!」


強引に王女の仮面を被り、ユリエルは外へと飛び出した。


*************************************


ユリエルは冒険者ギルドに到着した。


カゲは強かった。そのカゲをいとも容易く葬り去った勇者と、もし戦うことになれば――戦力は多いに越したことはない。


「クエストの発注を」


カウンターに立つと、職員が流れるような動作で応対した。


「はいはい、まずはお名前を――」

「ユリエル・グレイヴィア」

「ユリ……え?」


職員が固まった。


「し、少々お待ちください!」


彼女は慌ただしく奥へと走っていく。しばらくすると、ギルド長と思しき男が現れた。


「これはこれは……我がギルドへようこそ。この度は――」

「御託は結構ですわ」

「……別室へ参りましょう」


ギルド長は職員に何か指示を出すと、ユリエルを二階の応接室へと案内した。


「特別な依頼を発注します。グレイヴィア王国出身者の冒険者に限定して、私と共に極秘のミッションを遂行してもらいたい」


ギルド長の顔がわずかに曇る。


「姫、冒険者ギルドはいかなる国にも属しません。貴国内のギルドであれば、いくらでも依頼を受けましょう。しかし、ここはアクーティカ。あまり無理を通そうとすると、我々の立場も危うくなります」


「では、発注者の名前を伏せても構いませんわ」

「……そういう問題ではありません」

「いいから!」


ユリエルは机を叩いた。

焦燥が露骨に滲む。


「……申し訳ありませんが、ギルドとしてはお請けできません」

「っ……!」


ギルドはどこの国にも属さず、政治的な介入を一切行わない。これはこの地域の国々で厳格に定められた法だ。


「ですが……姫。私個人としてなら、少しばかりですが協力できます」


「……どういうことですの?」


ギルド長は静かに微笑む。


「私はグレイヴィア王国の出身です。転勤続きで今はここにいますがね……王には、どうか成し遂げてほしいのです。人類の平和を」


そう言いながら、彼は小窓からギルドのロビーを見下ろした。


「タイミングよく、いるようですね。少々お待ちを」


そう言い残し、彼は部屋を出た。


*************************************


しばらくして、ギルド長が二人の冒険者を連れて戻ってきた。


「姫、この二人をお供にいかがです? 二人ともグレイヴィア王国の出身です。ギルド長としてではなく、私個人の紹介として、友人をお連れしましたよ」

「個人的に紹介~? 何言ってんだヒゲ! 金が出ねえならやんねえぜ!」


荒々しい口調の長身のエルフの女。そして、彼女の隣には子供…?の女の子。


「いや、確かに生まれはグレイヴィアだけどさぁ。国にはほとんどいなかったぜ?」


「国籍はグレイヴィアでしょう」

「国籍ってどこでわかんの?」

「ギルドの登録証に記載されているでしょう。ほら、ここ」

「あ、ほんとだ」

「はぁ……ララフィ。依頼主がポカンとしてるじゃないか」

「あ! 悪い悪い」


ギルド長はユリエルに向き直る。


「アサシンのララフィと、剣士のジュディです。二人とも五つ星クエスト達成の常連で、腕は確かです」

「ふふん!」

「ララフィ…そういう態度だから、ボクたち評判が悪いんだよ。やれやれ。それで、今回の依頼は?」

「この方はユリエル・グレイヴィア様だ。依頼内容は彼女から直接…」


「「「ユッ!?」」」


二度目の驚愕。ユリエルはクスリと微笑んだ。


「ここからはギルドは関与しません。どうぞご自由に」


ギルド長はそう言い残し、部屋を後にした。


「で、依頼ってなんだ!? 姫様直々の依頼だ、トクベツなモンスター討伐か?」

「いやいや、ララフィ。君は船長ですね。きっとダンジョンの攻略ですよ」

「浅慮な」

「どちらでもありませんわ」


ユリエルは意味深な笑みを浮かべる。


「依頼は単純です。わたくしの護衛。ただ、それだけ。運が良ければ戦闘すら発生しないでしょう。報酬は、あなたたちが普段受ける依頼の倍をお約束いたしますわ」


ユリエルは含みを持たせる。


「依頼内容を伝える前に、あなた方の腕と、信頼に足る人物かをテストさせてくださるかしら」

「ちょっと待てよ、戦闘がないんじゃ、アーシらの腕を試す場もねぇだろ?」

「テストォ~?」


ララフィとジュディが眉をひそめる。


「戦闘がないって言ったよな? じゃあ、試される要素なんざねぇだろうが」

「『運が良ければ』と申し上げたでしょう?」

「ハァ…。あのヒゲ。面倒な仕事押し付けやがった。パスだパス。アーシは帰るぜ」

「すみませんが、ボクも。テストってのが難問だったら解ける気がしないし、ハハ…」

「怖いんですの?」

「「あ?」」


二人の足がピタリと止まる。


――思った通り。冒険者というものは負けず嫌いだ。


「わたくしに負けるのが怖いんですのね? ああ、止めませんわ。そのままお帰りになって。わたくしは選ぶ立場。選ばれたくないのなら、ご自由に。もっと優秀な冒険者を探しますわ。ご・き・げ・ん・よ・う。チ・キ・ン・ズ」

「おい、ジュディ。この温室育ちの金ぴかチューリップ、ちょっとブチ抜いていいか?」

「ハア。ララフィは短所だなぁ」

「短気な…」


二人は拳を握りしめ、肩を回す。


「「ぶっ殺す!!」」


轟音が響き、ギルドの壁が爆散し、三人は街の屋根に飛んだ。


*************************************


町はずれの廃墟街。

ジュディとララフィは無残に転がっていた。


「ハハッ…何で…お姫様が…こんなに強ぇんだよ…クッソォ!」


ララフィは肩で息をしながら、地面を拳で殴る。


「ショックで立てません…」

「立ち直れませんな…」


ジュディは棒のように仰向けのまま、天を仰ぐ。


「実力は大体わかりました。では、質問にいくつか答えていただきますわ」


ユリエルは壁に背を預けながら、二人を見下ろす。


「あなた方、グレイヴィア王国は好き?」

「ハッ! 正直に言っていいのか?」

「もちろん」


ララフィは寝転んだまま、ユリエルを睨む。


「でえーっきれえだ! 平和、平和ってよ。王都のど真ん中なら世迷言も言えるだろうが、現実はそうじゃねぇ!」

「ボクもララフィに同じです」


ユリエルが続ける。


「では次の質問。あなた方の一番大事なものは?」

「金!」

「剣技」


即答。


「では、仮にあなたたちが王になったら、国をどうする?」

「母さんを殺したフォグル神国をブッ潰す!」

「とりあえず『平和』とかいう幻想をブチ壊しますかね」

「……あなたたち、本当にギルド長とお友達なの?」

「ああ! マブだぜマブ! 寝たこともある! ラブ&ピース!」

「ええ!?そうなの!?いつの間に…。まぁ、彼がいなかったら…ボクたち食べていけないし…友達…だよ」

「なァにわかりやすく落ち込んでんだよ!嘘に決まってんだろ!」


ジュディがララフィの横腹を小突いた。


「では最後の質問……いや、これは質問ではありませんわね」


二人がユリエルをじっと見つめる。


「あなたたちの望みを、必ず果たします。だから、わたくしにその命を預けなさい」


夕陽が彼女の背を照らし、その姿を金色に神々しく染め上げる。


「拒否権は、ありませんけど?」


ユリエルは微笑んだ。



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