第1章 1’-10 ジュディ
カゲが死んだ。
ヴォルハウス卿は部屋にこもり、魔方陣の解呪に没頭している。
ユリエルは泣きはらした目を乱暴に擦った。涙の痕が肌に焼きつくような気がする。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。
――それこそ、彼女に対して無礼だ。
「……行けばいいんでしょう! クソッ……行きますわ、行きますわよ!」
強引に王女の仮面を被り、ユリエルは外へと飛び出した。
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ユリエルは冒険者ギルドに到着した。
カゲは強かった。そのカゲをいとも容易く葬り去った勇者と、もし戦うことになれば――戦力は多いに越したことはない。
「クエストの発注を」
カウンターに立つと、職員が流れるような動作で応対した。
「はいはい、まずはお名前を――」
「ユリエル・グレイヴィア」
「ユリ……え?」
職員が固まった。
「し、少々お待ちください!」
彼女は慌ただしく奥へと走っていく。しばらくすると、ギルド長と思しき男が現れた。
「これはこれは……我がギルドへようこそ。この度は――」
「御託は結構ですわ」
「……別室へ参りましょう」
ギルド長は職員に何か指示を出すと、ユリエルを二階の応接室へと案内した。
「特別な依頼を発注します。グレイヴィア王国出身者の冒険者に限定して、私と共に極秘のミッションを遂行してもらいたい」
ギルド長の顔がわずかに曇る。
「姫、冒険者ギルドはいかなる国にも属しません。貴国内のギルドであれば、いくらでも依頼を受けましょう。しかし、ここはアクーティカ。あまり無理を通そうとすると、我々の立場も危うくなります」
「では、発注者の名前を伏せても構いませんわ」
「……そういう問題ではありません」
「いいから!」
ユリエルは机を叩いた。
焦燥が露骨に滲む。
「……申し訳ありませんが、ギルドとしてはお請けできません」
「っ……!」
ギルドはどこの国にも属さず、政治的な介入を一切行わない。これはこの地域の国々で厳格に定められた法だ。
「ですが……姫。私個人としてなら、少しばかりですが協力できます」
「……どういうことですの?」
ギルド長は静かに微笑む。
「私はグレイヴィア王国の出身です。転勤続きで今はここにいますがね……王には、どうか成し遂げてほしいのです。人類の平和を」
そう言いながら、彼は小窓からギルドのロビーを見下ろした。
「タイミングよく、いるようですね。少々お待ちを」
そう言い残し、彼は部屋を出た。
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しばらくして、ギルド長が二人の冒険者を連れて戻ってきた。
「姫、この二人をお供にいかがです? 二人ともグレイヴィア王国の出身です。ギルド長としてではなく、私個人の紹介として、友人をお連れしましたよ」
「個人的に紹介~? 何言ってんだヒゲ! 金が出ねえならやんねえぜ!」
荒々しい口調の長身のエルフの女。そして、彼女の隣には子供…?の女の子。
「いや、確かに生まれはグレイヴィアだけどさぁ。国にはほとんどいなかったぜ?」
「国籍はグレイヴィアでしょう」
「国籍ってどこでわかんの?」
「ギルドの登録証に記載されているでしょう。ほら、ここ」
「あ、ほんとだ」
「はぁ……ララフィ。依頼主がポカンとしてるじゃないか」
「あ! 悪い悪い」
ギルド長はユリエルに向き直る。
「アサシンのララフィと、剣士のジュディです。二人とも五つ星クエスト達成の常連で、腕は確かです」
「ふふん!」
「ララフィ…そういう態度だから、ボクたち評判が悪いんだよ。やれやれ。それで、今回の依頼は?」
「この方はユリエル・グレイヴィア様だ。依頼内容は彼女から直接…」
「「「ユッ!?」」」
二度目の驚愕。ユリエルはクスリと微笑んだ。
「ここからはギルドは関与しません。どうぞご自由に」
ギルド長はそう言い残し、部屋を後にした。
「で、依頼ってなんだ!? 姫様直々の依頼だ、トクベツなモンスター討伐か?」
「いやいや、ララフィ。君は船長ですね。きっとダンジョンの攻略ですよ」
「浅慮な」
「どちらでもありませんわ」
ユリエルは意味深な笑みを浮かべる。
「依頼は単純です。わたくしの護衛。ただ、それだけ。運が良ければ戦闘すら発生しないでしょう。報酬は、あなたたちが普段受ける依頼の倍をお約束いたしますわ」
ユリエルは含みを持たせる。
「依頼内容を伝える前に、あなた方の腕と、信頼に足る人物かをテストさせてくださるかしら」
「ちょっと待てよ、戦闘がないんじゃ、アーシらの腕を試す場もねぇだろ?」
「テストォ~?」
ララフィとジュディが眉をひそめる。
「戦闘がないって言ったよな? じゃあ、試される要素なんざねぇだろうが」
「『運が良ければ』と申し上げたでしょう?」
「ハァ…。あのヒゲ。面倒な仕事押し付けやがった。パスだパス。アーシは帰るぜ」
「すみませんが、ボクも。テストってのが難問だったら解ける気がしないし、ハハ…」
「怖いんですの?」
「「あ?」」
二人の足がピタリと止まる。
――思った通り。冒険者というものは負けず嫌いだ。
「わたくしに負けるのが怖いんですのね? ああ、止めませんわ。そのままお帰りになって。わたくしは選ぶ立場。選ばれたくないのなら、ご自由に。もっと優秀な冒険者を探しますわ。ご・き・げ・ん・よ・う。チ・キ・ン・ズ」
「おい、ジュディ。この温室育ちの金ぴかチューリップ、ちょっとブチ抜いていいか?」
「ハア。ララフィは短所だなぁ」
「短気な…」
二人は拳を握りしめ、肩を回す。
「「ぶっ殺す!!」」
轟音が響き、ギルドの壁が爆散し、三人は街の屋根に飛んだ。
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町はずれの廃墟街。
ジュディとララフィは無残に転がっていた。
「ハハッ…何で…お姫様が…こんなに強ぇんだよ…クッソォ!」
ララフィは肩で息をしながら、地面を拳で殴る。
「ショックで立てません…」
「立ち直れませんな…」
ジュディは棒のように仰向けのまま、天を仰ぐ。
「実力は大体わかりました。では、質問にいくつか答えていただきますわ」
ユリエルは壁に背を預けながら、二人を見下ろす。
「あなた方、グレイヴィア王国は好き?」
「ハッ! 正直に言っていいのか?」
「もちろん」
ララフィは寝転んだまま、ユリエルを睨む。
「でえーっきれえだ! 平和、平和ってよ。王都のど真ん中なら世迷言も言えるだろうが、現実はそうじゃねぇ!」
「ボクもララフィに同じです」
ユリエルが続ける。
「では次の質問。あなた方の一番大事なものは?」
「金!」
「剣技」
即答。
「では、仮にあなたたちが王になったら、国をどうする?」
「母さんを殺したフォグル神国をブッ潰す!」
「とりあえず『平和』とかいう幻想をブチ壊しますかね」
「……あなたたち、本当にギルド長とお友達なの?」
「ああ! マブだぜマブ! 寝たこともある! ラブ&ピース!」
「ええ!?そうなの!?いつの間に…。まぁ、彼がいなかったら…ボクたち食べていけないし…友達…だよ」
「なァにわかりやすく落ち込んでんだよ!嘘に決まってんだろ!」
ジュディがララフィの横腹を小突いた。
「では最後の質問……いや、これは質問ではありませんわね」
二人がユリエルをじっと見つめる。
「あなたたちの望みを、必ず果たします。だから、わたくしにその命を預けなさい」
夕陽が彼女の背を照らし、その姿を金色に神々しく染め上げる。
「拒否権は、ありませんけど?」
ユリエルは微笑んだ。




