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第1章 1’-9 カゲ

「わらわは、今から街でお酒を飲んできま――――す!!!」


当然ながら未成年である。


クッキーが高らかに宣言すると、すぐさまドタドタと廊下を駆ける足音が響いた。彼女を止めようとする者たちの追跡の足音だ。


――なぜ急に協力的になったのかはとくわかりませんが…、そもそもクッキーの考えなど昔からよくわかりませんでしたわね。


ユリエルは無理やり納得しつつ、隙を見て廊下の様子を伺う。幸いにも、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。数人の影がちらほらと見えるが、さっきよりははるかにマシだ。


隙を伺い、慎重に歩みを進め、ドス黒いオーラを放つ異様な気配のもとへと近づく。


「ん...?」


そのオーラは壁から漏れていた。


――隠し部屋か!


ユリエルは即座にそう結論づける。


しかし、今この場で隠し部屋への入り方を調べ、突破するのは不可能。


今日は引くべき。


――クッキーには、いずれ何らかの形で恩を返さないと。


そう心に決め、ユリエルはその場を離れた。


****


「限りなくクロに近い、ですわね」

「ふぅん、隠し部屋ネェ」


夜、宿屋の一室でユリエルたちは密談を交わしていた。


「そのオーラの濃さなら、十中八九、中に魔獣がいるだろうネェ」

「そうですわね…」


次の一手を思案していると、突然、外が騒がしくなる。


「なんですの…?」


ユリエルが窓を開けようとした瞬間、部屋の扉が乱暴にノックされた。


「はいはーい」


ヴォルハウス卿が扉を開く。


そこには、胴に深い切り傷を負い、血を流しながら今にも倒れそうなカゲの姿があった。


「ユリエル、さま…」

「カゲ…!」


ヴォルハウス卿は瞬時に状況を察し、「医者を呼んでくる」とだけ言い残し、外へ駆け出した。


ユリエルはすぐに自分の服を裂き、即席の包帯としてカゲの傷口を押さえ、治癒魔法を実行する。


「すぐお医者様が来ますわ。今は横になってください。」


カゲは震える手で、一枚の紙をユリエルに差し出した。


「…勇者は…王宮の…秘密の部屋で…これ、を…」


その紙には、緻密に描かれた魔方陣が刻まれていた。


「ありがとう…確かに受け取りましたわ。でも、今は報告はいいですわ。お医者様が来るまで、頑張って」


ユリエルはカゲの手を握る。冷たくなっていく指先に、焦燥が胸を締めつける。


ヴォルハウス卿が医者を連れて戻った時、ユリエルは静かに涙をこぼしていた。


****


医者は、カゲの遺体を預かり、後日、グレイヴィア王国で埋葬する手続きを整えた。


ヴォルハウス卿は窓を開け、キセルの煙をくゆらせながらぽつりと呟く。


「そんなに、交流があったわけじゃないんだろう?」


ユリエルはじっと黙ったままだ。


「キミが命令を下して、人が命を落とす。珍しい事でもないでしょうに」


「黙りなさい!」


ユリエルはこれまで戦場を経験したわけではない。顔見知りの死というものを、こんなにも間近に感じたのは初めてだった。


彼女とカゲが深く関わっていたわけではない。


それでも。


長い年月、常に自分のそばにいた存在の喪失は、思いのほか深く心をえぐった。


「ごめん、ユリチャン。オジさんは無駄に年を取ったからね。慣れちゃっただけなのかもね」


ヴォルハウス卿はキセルを片付け、部屋を出ようとする。


そのとき、ユリエルは彼に一枚の紙を手渡した。


「これは?」


「カゲの死を無駄にすることは許しませんわよ」


ヴォルハウス卿は紙をじっと見つめ、口元に苦笑を浮かべる。


「流石カゲだね…。一瞬見ただけの魔方陣をここまで正確に写し取るとは。ま、二、三日もあれば解読できると思うよ」


彼が去った後、ユリエルは一人、拳を握りしめる。


唇を噛む。じわりと血がにじむ。


「わたしの、判断ミスで…!!」


悔やんでも悔やみきれない。


もう二度と取り返せない命。


「くそっ…! くそ!!」


衝動のままに、髪を掻きむしり、本を壁へ投げつける。


「二度と、二度とこんなことは繰り返さない…!」


怒りが、悔しさが、涙の代わりに燃え上がる。


ユリエルの決意は、静かに、しかし強く揺るぎないものとして、その心に刻み込まれた。



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