第1章 1-9 魔族
「やっぱ、トーマスっていい匂いする」
リタがクンクンと僕の匂いを嗅ぐ。
「こんなこと言うのもなんだけど、水浴びだって数日おきにしかできないんだ。いい匂いってことはないと思うんだけど」
「ん~、なんだろうこれ」
どこへ行くにもずっと嗅ぎ回られて、くすぐったい。
ちらりと視界の端にジュディの姿を捉えたが、リタと一緒にいる僕を見て、軽く手を振るとどこかへ行ってしまった。
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森へ入り、ケルピーを仕留める。
リタは核を欲しがっていたので、収入源としては惜しかったが、一つ譲った。
その時——地の底から響くような、鈍い地鳴り。
(まさか……ナベリウス!? こんな浅いエリアにまで!?)
剣の柄に手をかけ、戦闘態勢を取る。 現れたのは大男——だが、ナベリウスではない。
肩に獅子の頭。顔は人間に近い。毛皮のマントを羽織り、鎧をまとった巨漢。
「おん?」
見た目の重厚さに反し、妙に軽い声。
「魔族とニンゲンが一緒とは、珍しい組み合わせだな」
敵意は感じない。
男はじっと僕を見つめ——
「お前……」
大きな手が、僕の頭を覆った。
「……マジか。へえ」
「えっと、何ですか……?」
「ああ、悪ィ悪ィ。俺はヴィネだ。お前ら、名前は?」
「え……? あ、トーマスです」
「リタでぇ〜す!」
ニヤニヤと笑いながら、ヴィネが口を開く。
「ツガイか?」
「違うわ!」
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ヴィネはケルピーを捌きながら、楽しそうに話しかけてくる。
「ダッハッハ! それで監獄送り! ガッハハハハ!」
僕がここに落とされた経緯を話すと、彼は腹を抱えて爆笑した。
「こっちはたまったもんじゃないんだけどね」
「魔種を助けるニンゲンなんて聞いたことねえよ。変わってんなぁ、お前」
「トーマスってば、すっごく変なんだよ! 食べても食べても減らないし!」
「あん? この嬢ちゃんは何言ってんだ?」
リタがいきなり僕に抱きつく。
「いまはやめほぁあああああああああああああ!!!」
「ほらね」
「ありゃぁ……確かに今の吸収は、一般人なら死ねるな」
息を切らしながら、僕はヴィネを睨む。
「ぜえ……ぜえ……アンタ、何者なんだ……?」
「俺? 俺はヴィネだってば。それ以上でも以下でもねぇ。ただの釣り好きな心優しい魔族よ」
魔族か——。
改めてその姿を見る。
二メートルほどの長身。あり得ないほど巨大ではない。
顔つきも人間に近い。肩の獅子の顔が装飾なのか、体の一部なのか……。
「俺は外にいた頃からニンゲンと仲良くやってたぜ? 魔族の中でも珍しく、ニンゲンを食う必要がねぇ体だからな」
「そっか、釣りしてるって言ってたね」
「魚、うめぇじゃん。まあ、こんな魔種は俺くらいしかいねぇけどな!」
僕は串に刺したケルピーを焚き火で炙る。
ヴィネに「食べる?」と聞くと、彼は目を輝かせた。
そう言えば、昔リタにも勧めたことがあったが、全力で拒否されたっけ。
「おめぇさん、脱獄したいんじゃねぇか?」
唐突な問い。
ケルピーを頬張るタイミングで投げかけられ、僕は一瞬、動きを止める。
「そりゃ……ね」
(なぜ分かった?)
しかし、囚人なら誰しも考えることか——と納得した。
「よっし! じゃあ俺が手伝ってやる!」
「は?」
話が急すぎる。
「え? 何言ってるんだ? 会ったばっかりの僕に」
「いやいや、お前がな、昔死んだダチに似ててよ」
「んなアホな」
「いーからいーから。まずは今行き詰まってる部分を話してみ?」
「ヤダよ。アンタ魔族じゃないか。もしナベリウスに通じてたりしたら困る」
「ナベリウス? ああ、あのガキか。大丈夫だ! 俺、アイツより年上だから!」
「そういう問題じゃなくて……」
(いや、待て。ナベリウスってそんなに年食ってたのか?)
「ふふ、トーマス、ナベリウスを倒した後のことは考えてないくせに」
「あっ」
言われて、僕は頭を抱えた。
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「ナベリウスを倒す?」
「うん」
「お前が?」
「うん」
ヴィネは沈黙した後——
「……んふふふ」
肩を震わせ始める。
「笑うなよ!」
「たしかにそれが出来れば、脱獄への一番の近道だ。だがアイツ、言っとくが死ぬほど強えぞ?」
「知ってる。一回殺されかけたから」
「マジか。ってことは、逃げ切れたんか?」
「命からがらね」
ヴィネは顎に手を当て、考え込む。
「……ちょっとオメさんの実力、見せてみろや」
そう言うや、腰の剣を抜いた。
「全力で来いよ」
僕はヌエを仕留めた時の感覚を思い出し——
「死んでも恨むなよ!」
振りかぶった刃が、空間を歪める——
「……ふぅん」
ヴィネは空魔法により歪められた空間の斬撃を難なく消し去り、僕の胸に拳をポンと置いた。
「オメさん、弱ぇな!」
ガーーーン。
立ち直れないかもしれない——。




