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第1章 1-9 魔族

「やっぱ、トーマスっていい匂いする」


 リタがクンクンと僕の匂いを嗅ぐ。


「こんなこと言うのもなんだけど、水浴びだって数日おきにしかできないんだ。いい匂いってことはないと思うんだけど」

「ん~、なんだろうこれ」


 どこへ行くにもずっと嗅ぎ回られて、くすぐったい。

 ちらりと視界の端にジュディの姿を捉えたが、リタと一緒にいる僕を見て、軽く手を振るとどこかへ行ってしまった。


*************************************


 森へ入り、ケルピーを仕留める。

 リタは核を欲しがっていたので、収入源としては惜しかったが、一つ譲った。


 その時——地の底から響くような、鈍い地鳴り。


(まさか……ナベリウス!? こんな浅いエリアにまで!?)


 剣の柄に手をかけ、戦闘態勢を取る。 現れたのは大男——だが、ナベリウスではない。


 肩に獅子の頭。顔は人間に近い。毛皮のマントを羽織り、鎧をまとった巨漢。


「おん?」


 見た目の重厚さに反し、妙に軽い声。


「魔族とニンゲンが一緒とは、珍しい組み合わせだな」


 敵意は感じない。

 男はじっと僕を見つめ——


「お前……」


 大きな手が、僕の頭を覆った。


「……マジか。へえ」

「えっと、何ですか……?」

「ああ、悪ィ悪ィ。俺はヴィネだ。お前ら、名前は?」

「え……? あ、トーマスです」

「リタでぇ〜す!」


 ニヤニヤと笑いながら、ヴィネが口を開く。


「ツガイか?」

「違うわ!」


*************************************


 ヴィネはケルピーを捌きながら、楽しそうに話しかけてくる。


「ダッハッハ! それで監獄送り! ガッハハハハ!」


 僕がここに落とされた経緯を話すと、彼は腹を抱えて爆笑した。


「こっちはたまったもんじゃないんだけどね」

「魔種を助けるニンゲンなんて聞いたことねえよ。変わってんなぁ、お前」

「トーマスってば、すっごく変なんだよ! 食べても食べても減らないし!」

「あん? この嬢ちゃんは何言ってんだ?」


 リタがいきなり僕に抱きつく。


「いまはやめほぁあああああああああああああ!!!」

「ほらね」

「ありゃぁ……確かに今の吸収ドレインは、一般人パンピーなら死ねるな」


 息を切らしながら、僕はヴィネを睨む。


「ぜえ……ぜえ……アンタ、何者なんだ……?」

「俺? 俺はヴィネだってば。それ以上でも以下でもねぇ。ただの釣り好きな心優しい魔族よ」


 魔族か——。

 改めてその姿を見る。


 二メートルほどの長身。あり得ないほど巨大ではない。

 顔つきも人間に近い。肩の獅子の顔が装飾なのか、体の一部なのか……。


「俺は外にいた頃からニンゲンと仲良くやってたぜ? 魔族の中でも珍しく、ニンゲンを食う必要がねぇ体だからな」

「そっか、釣りしてるって言ってたね」

「魚、うめぇじゃん。まあ、こんな魔種は俺くらいしかいねぇけどな!」


 僕は串に刺したケルピーを焚き火で炙る。

 ヴィネに「食べる?」と聞くと、彼は目を輝かせた。

 そう言えば、昔リタにも勧めたことがあったが、全力で拒否されたっけ。


「おめぇさん、脱獄したいんじゃねぇか?」


 唐突な問い。

 ケルピーを頬張るタイミングで投げかけられ、僕は一瞬、動きを止める。


「そりゃ……ね」


(なぜ分かった?)


 しかし、囚人なら誰しも考えることか——と納得した。


「よっし! じゃあ俺が手伝ってやる!」

「は?」


 話が急すぎる。


「え? 何言ってるんだ? 会ったばっかりの僕に」

「いやいや、お前がな、昔死んだダチに似ててよ」

「んなアホな」

「いーからいーから。まずは今行き詰まってる部分を話してみ?」


「ヤダよ。アンタ魔族じゃないか。もしナベリウスに通じてたりしたら困る」


「ナベリウス? ああ、あのガキか。大丈夫だ! 俺、アイツより年上だから!」

「そういう問題じゃなくて……」


(いや、待て。ナベリウスってそんなに年食ってたのか?)


「ふふ、トーマス、ナベリウスを倒した後のことは考えてないくせに」

「あっ」


 言われて、僕は頭を抱えた。


*************************************


「ナベリウスを倒す?」

「うん」

「お前が?」

「うん」


 ヴィネは沈黙した後——


「……んふふふ」


 肩を震わせ始める。


「笑うなよ!」


「たしかにそれが出来れば、脱獄への一番の近道だ。だがアイツ、言っとくが死ぬほど強えぞ?」

「知ってる。一回殺されかけたから」

「マジか。ってことは、逃げ切れたんか?」

「命からがらね」


 ヴィネは顎に手を当て、考え込む。


「……ちょっとオメさんの実力、見せてみろや」


 そう言うや、腰の剣を抜いた。


「全力で来いよ」


 僕はヌエを仕留めた時の感覚を思い出し——


「死んでも恨むなよ!」


 振りかぶった刃が、空間を歪める——


「……ふぅん」


 ヴィネは空魔法により歪められた空間の斬撃を難なく消し去り、僕の胸に拳をポンと置いた。


「オメさん、弱ぇな!」


 ガーーーン。


 立ち直れないかもしれない——。



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