第1章 1’-8 勇者ガトー
「ほほぅ、勇者ガトーがねえ」
ヴォルハウス卿は豊かな口ひげをくるくるとひねりながら、しみじみと呟いた。
「この事象と魔獣の件が関わっているとは思えませんが、平時との大きな差と言えばこれくらいかと。調査してみましょう」
「昨日は休みって言っておいて、働き者だねぇ~。あたた……」
ヴォルハウス卿は昨夜、酒場をはしごしたらしい。二日酔いのせいか、額に手を当てて呻いている。
「もっと直接的な証拠がどこかにあるんじゃないかい? なんで清廉潔白そうな勇者サマをわざわざ?」
「直感ですわ」
ユリエルは涼しい顔で言い放った。
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カゲには勇者ガトーの尾行を命じ、ユリエルとヴォルハウスは彼の出入りしているという王宮へ向かっていた。
アクーティカ王国の王宮は、ただの王の住まいではない。図書館や資料館の公共施設、さらには交易の要となる施設が多数併設されており、国の開放的な気風を反映して一般市民でも出入りできる区画が多く存在する。
「ヴォルハウス卿」
「はいはいっと」
「てってけてー」と妙な効果音を口ずさみながら、彼は小汚い白衣のポケットを探り、眼鏡を取り出した。
「メガネ~」
ユリエルは無視。
ツッコミ役のガーディウスがいないせいか、ヴォルハウス卿は寂しげに俯いたが、すぐに調子を取り戻した。
「どれどれ、と」
彼の眼鏡は、魔力の流れや魔力が強く発生している箇所を可視化する特別製である。
「おっと、おっとっとっと?」
「どうですの」
「王宮の二階から下に向かって、すんごい魔力が漏れ出てるネェ」
「! ……やはりアクーティカは……」
ユリエルの疑念が確信に変わる。
「行きますわよ」
「行くって、どうやって!? ユリチャン!?」
ユリエルは王宮の裏手にある排水路を発見し、そこへ向かった。
「あのぉ、オジさん……すごーく嫌な予感が……くっさいしサァ……」
ユリエルは無言で南京錠を切り裂いた。
「ああ、ユリチャンこういうのヘーキなんだネ……」
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「くっさい! くっさいよお! オボロロロロ」
「うっさいですわ!」
ヴォルハウス卿は文句とゲロを垂れつつも、ユリエルの後をついていく。
「なんで排水路から入れるって知ってるのぉ~?」
「昔、クッキーとかくれんぼした時に……あのオバカ……手加減抜きでここに隠れたから、探し回るハメになったんですのよ」
「ああ、ここのお姫様と……」
30分ほど暗闇の中を進むと、脇に古びた階段が現れる。
「この階段が王宮の地下室とつながっていますわ。有事の際の脱出用ですわね」
ユリエルが重い扉に手をかけた瞬間、ヴォルハウス卿が彼女の肩をちょんちょんとつついた。
「これ、貸してあげるヨン」
彼は眼鏡を差し出した。
「オジさんがいたら足手まといでしょ? 流石に衛兵のいる中、二階まで行けるのはユリチャンだけでしょ」
「ええ、そうですわね。足手まといなので、ここでおとなしくしていてくださいませ」
「ひどっ! ……まあ冗談はおいておいて、魔力が強まっている場所は黒い粘り気のあるオーラみたいなものが見えるはずダヨン」
「冗談ではありませんけどね」
ヴォルハウス卿はガーン! と大げさにショックを受けた。
「ありがとう。行ってきますわ」
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ユリエルは己の全身に風魔法を纏い、一瞬のうちに一階の物陰へ移動した。
――流石に真昼間は人が多いですわね。
衛兵、給仕係、庭師……それぞれが仕事に勤しんでいる。
慎重にタイミングを計りながら、二階の物陰へ移動。
眼鏡をかけると、二階の廊全体が黒いオーラに包まれていた。
そして、その中でも特にどす黒く淀んだ一点を見つける。
――しかし、これでは近づけませんわね。
「まあ、まあまあまあ?」
「な——」
突如、真後ろから元気いっぱいな声が響いた。
「ユ! ——」
ユリエルは咄嗟に手で口を塞ぐ。
見上げれば、そこには幼馴染のクッキーが無邪気な笑みを浮かべていた。
クッキーは指をちょいちょいと動かし、近くの部屋を指し示す。
導かれるまま部屋に入ると、そこはピンク色の空間だった。
ぬいぐるみやおもちゃが散らかる、いかにも少女の部屋。
「むーむー!」
クッキーが腕を叩く。
「あそびにきたの!!?」
「ちがいます」
「久しぶりにかくれんぼもいいわねぇ! あ、お料理対決とか!!!」
「ちがいますわ!」
「むー、じゃあなんで王宮にいるのぉ。それもまたコソコソと?」
ユリエルは一瞬思考を巡らせ、クッキーが喜びそうな答えを捻り出した。
「……実は勇者ガトーのファンなんですわ」
「え!!! 本当なの!!?」
「クッキー! 声がデカいですわ!」
「わらわ、ユリエルの恋路、全力でサポートします! 皆さんと鬼ごっこしたくなってきたわぁ~!」
「ちょ」
クッキーは一気に駆け出した。




