第1章 1'-5 かわいそうな山賊
「姫様!救援ありがとうございます!」
兵士たちの声は、驚くほどに真摯だった。
彼らの敬礼は、単なる義務感からではなく、ユリエルの実力を心から認めている証拠だった。
その目は、確かな信頼と敬意を示していた。
「目標は?」
ザバル兵長が、地図を広げ、低い声で言う。
「現在、我々が把握しているのは、森を越えた先にある廃村です。」
「わかりました。」
「姫様?」
ユリエルは兵団の拠点を背にして、馬にまたがる。その身に纏った甲冑が、風を切るように音を立てる。
「姫様!まさかお一人で?」
「ガーディウスも共に行かせますわ。」
「せめて、我らもお供させてください!」
「だめですわ。貴方たちが動けば、ここが手薄になります。」
「しかし!」
その声を無視し、ユリエルは馬を駆け出す。風を切り裂きながら、彼女の姿は瞬く間に消えていった。
「数が多ければ、即撤退しますぞ」
「ええ」
「オジさん、ユリチャンの活躍が見れるの楽しみだなぁ~」
「そのキモチワルイ呼び方今すぐ改めなさい」
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森の中、馬を隠し、慎重に茂みをかき分けながら廃村に接近する。
目視できる盗賊団の数は、30人ほど。
その周囲には、不穏な空気が漂っている。
「ふむ、姫様と私ならば、問題ないかと…姫様、姫様?」
ガーディウスが気づくと、いつの間にかユリエルが姿を消していた。
「貴様たちの雇い主は誰ですの?」
突然、ユリエルの声が静寂を破った。
その声は、冷徹にして力強く、まるで空気そのものが震えるかのように響く。
「なんだオメェ」
リーダー格の男が、ユリエルの前に立ち、威圧的に問いかける。
「ユリエル・グレイヴィアですわ。」
「ユリ…?………ぷっ、ははは。だーっはっはっは!グレイヴィアのお姫様がこんなところにいるかよ!!」
その瞬間、盗賊たちは大声で笑い出し、ユリエルを取り囲んだ。
その嘲笑の中で、ユリエルの冷徹な瞳だけが、彼らを見据えていた。
「マズい。」
ガーディウスが素早く動こうとした瞬間、ヴォルハウス卿がその手を制した。
「少し、数を減らしましょうか?」
ユリエルが穏やかな笑みを浮かべながら、剣を握る。
だが、その動きに一瞬の躊躇もない。
盗賊たちには、ユリエルが鞘から剣を抜くことなく、左右に立つ男たちが、赤い霧に変わったかのように見えた。
「雇い主は、誰?」
「な…?」
「まだ、話してくれませんか?」
言葉を交わす暇もなく、盗賊たちが次々と霧に変わっていく。
「あれが…あれが姫様なのか?」
「素晴らしい…」
ガーディウスは、恐怖と感嘆の入り混じった表情でその光景を見守り、ヴォルハウスは無邪気に歓喜の笑みを浮かべている。
ついに、リーダー格の男一人が残った。
ユリエルはその男の喉元に冷たい剣先を突きつけ、静かに問いかけた。
「雇い主は、誰ですか?」
「あ、あ、アクー…」
「なっ!?」
男は動揺し、声を震わせながら答えようとしたが、その途中で突然、泡を吹いて絶命した。
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「いやぁ~!すごいじゃない、ユリチャン!」
「まだ、魔力を使い切れていませんわ。」
「大丈夫大丈夫!これくらいなら問題ないって!」
「貴方…不快ですわね。」
ヴォルハウスの軽薄な言葉に、ユリエルは心の中で苛立ちを覚える。
「風魔法による超高速での剣戟、ですかな?」
「さすが、剣聖ですわね。」
「元、ですよ。しかし…上級の風魔法でも、ああはなりますまい。」
「エーテルゲートで魔力を取り込んだ時、固有魔法が流れ込んできましたの。」
「あの男の…?」
「違いますわ。あの男が取り込んだ、風の精霊の魔力ですわね…」
「そう!」
ヴォルハウスが嬉しそうに手を叩きながら、声を弾ませる。
「エーテルゲートで取り入れた魔力は、過去の記憶を辿る!こんな不思議なことも起きちゃうんだネ!」
「…」
ユリエルは黙り込んだ。
魔獣化した男が、魔王城から抽出されるエーテルを摂取すれば魔種の固有魔法を我々が習得できる可能性がある。
では、魔王に絞って魔力を抽出して、そのエーテルを魔獣に取り込ませて、その核でエーテルゲートを使ったら…?
あの男が気づいていないはずがない。
「不思議、ですわね…」
それに気づいているかどうか、聞くのは簡単だ。
しかし、ヴォルハウス卿の意図が、今は掴みきれない。
――ヴォルハウス卿、貴方は一体…。
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何はともあれ、これで尻尾は掴んだ。ユリエルは急ぎ足で王の元へと向かった。
王は報告を受けると、顔をしかめた。
「山賊は、アクーティカの…?」
「はい、お父様。あの国は魔獣の研究を行っております。」
「…よい。」
「は?」
王は額を押さえ、深くため息をついた。
「お父様、アクーティカに対して申し入れをしましょう。これは人類の誓いに対する裏切りです!
それに、彼らが拉致しているのは我が国の退役した兵士たち。
不当にもアクーティカに捕らわれ実験生物のように扱われているのです」
「ユリエル、お前はそれを見たのか?」
「見て…はいませんが。繋ぎ合わせれば、明らかです。」
「本日の報告は聞かなかったこととする」
「何故です!父様!」
「下がれ。」
それ以上、問い詰める雰囲気はなかった。
「……………………失礼します。」
ユリエルは唇をかみしめ、悔しさを抱えて謁見の間を後にした。
「何故ですの…このままでは、グレイヴィアは再び戦火に…!」
涙をこらえ、書斎へ戻る。ガーディウスを中心に、ユリエルの直属の騎士団が軍議を開いていた。
「お帰り、ユリエルチャン。」
ヴォルハウス卿は、興味なさそうに椅子を揺らしながら、ユリエルを迎える。
「そこは、わたくしの椅子です。殺しますわよ。」
「おお、ご機嫌ナナメですわ~。」
その口調に、ユリエルの苛立ちはさらに募る。
どうしてヴォルハウス卿は、こんなにも人をイラつかせるのだろう。
「ダメだったでしょ、アクーティカへのけん制の提案。」
「……それ以前の問題でしたわ。」
ユリエルの思考は、もう次の段階へと進んでいた。もっと決定的な証拠を突きつけるべきだ。
「ユリチャンの求める答え知るきっかけが、アクーティカにはあるヨン」
「……は?」
「それは、きっとキミの野望にも役立つ。」
ヴォルハウス卿が立ち上がり、にやりと笑う。
「ま、興味が出たら声かけてね~。」




