第1章 1'-4 魔獣
「貴方…!一体、何をしているのですか!」
ユリエルとガーディウスは、剣を抜き放った。
「ストップ!ストーーーップ!!」
「貴様、魔王城から魔獣を持ち出したな。たとえ友人であろうと、このまま見過ごすわけにはいかん」
「待ってヨ!事情を聞いて!」
場の空気がピンと張り詰める。
魔種を外に放つことは、永遠に許されない。
人類は、魔王城を封印してから、外の世界での魔種の存在を絶対に禁じてきた。
その法を犯した者は、最上級の罪を犯したとされ、相応の罰を受ける。
魔王城の下層に投げ込まれ、食料としてその命を終えることが即決されるのだ。
ヴォルハウス卿は、二人の剣幕に割って入った。
「彼は戦えないヨ…もう」
「そういう問題ではない!」
ユリエルが言い放つ。
彼の言葉通り、魔獣は息をしているものの、その姿は息絶えそうなほどに衰弱していた。
「魔獣化」
ヴォルハウス卿は、まるで舞台の上の演者のように紙を壁から剥がし取り、優雅に指でそれをつまんで示した。
その紙には、幼い子供が描いたような粗雑な絵で「魔獣化」の過程が描かれていた。
「魔王チャンが封印されてから十年、ナラク城から漏れ出す魔力は日々増し続けている」
ヴォルハウス卿は誇らしげに両腕を広げ、まるで壮大な舞台演技の一部であるかのように語る。
「その魔力に取り込まれた人間は、各地で魔獣へと変貌していく。おお、悲しいかな。彼もその一人だ」
「つまり、魔王城の魔獣ではないということか?」
「ああ、陛下に誓って」
その言葉を聞いて、ガーディウスは怒りの矛を収めた。
「待ちなさい、魔獣化…?そんな報告、一度も…」
「そうでしょうなァー。魔獣化した人間はアークティカに拉致され、外にその情報が漏れ出すことはないでしょうから」
「なっ…」
ユリエルは、言葉を失った。
「アークティカの国王、シャムハザイはしたたかな男ダヨ。魔獣をオジさんの前に並べてみせて、技術を提供すれば、どんな見返りでも用意すると…」
「貴方…!」
「フフ、死ぬほど気持ちよかったなぁ…。ケド、もちろん断ったさ。オジさん、意外と義理堅いんだ」
ヴォルハウス卿は、ニヤリと笑ってみせた。
その顔に、ユリエルは苛立ちを覚える。
「せめてもの抵抗として魔獣化した子をこの街で見つけて一匹確保したってワケ。
まぁ、いくら魔獣がいても、魔力を抽出するにはオジさんくらいの天才がいないとできるわけないケドね!ハハハハハハ!」
その顔には勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「…手早く処分してしまいましょう。それもまた、彼のためです」
ガーディウスは再びユリエルに視線を向ける。
「ええ。」
「ダカラ!待って待って。ストップって言ったじゃん。オジさんがやるから。まったく、こっちの段取りも考えてほしいヨネ」
ヴォルハウス卿はニヤリと笑いながら、手に持った機械を高らかに掲げる。
「じゃんじゃじゃ~ん…新しい成果を見せたくてね。そのために来てもらったんだから」
ヴォルハウス卿が胸元から不思議な形をした器具を取り出した。
まるでどこか異次元から持ち帰ってきたかのような、奇妙なデザインだ。
「これが、新製品になりま〜す。」
「注射器…?」
「そう、注射器ダヨ!」
彼は、まるで手品を見せるかのような手さばきで、注射器を持って魔獣の元へと歩み寄る。
「ガ…」
魔獣は力なくヴォルハウス卿にもたれかかる。
彼は魔獣の胸をその手で貫いていた。
ユリエルは、魔獣とはいえ突如殺された生物を目の当たりにし、不快感を覚え少しだけ目を逸らした。
「これ、な〜んだ。」
「核、ですわね。」
「そう!」
注射器には、木製の器のような機構がついており、そこに核をあてがうと、宝石のように煌めく核が溶け、
液体となって注射器の中に吸い込まれていく。
「新型エーテルだよ。試してみるかい?」
ヴォルハウス卿がパチリとウィンクをして、注射器をユリエルに差し出す。
ガーディウスがその手を静止しようとするが、ユリエルはそれを受け取った。
「たかがエーテルでしょう。爺は心配性ですのね。」
「しかし…この阿呆は、若いころ何度も何度も失敗を…」
「ああ、ガーディが小指サイズになった時は本当に笑えたヨネ」
ガーディウスがギラリと視線を向けるが、ヴォルハウス卿は平然としている。
「首に押し当てるだけで、あとは自然に体内に取り込まれるよ。」
ユリエルは、わずかに躊躇しながらも、それを首筋に押し当てた。
瞬間、鋭い針が突き刺さるような痛みが走る。
次いで、熱い奔流が血管を駆け巡り、体の奥底へと沈み込んでいく。
「ぐっ…!」
「姫様!」
膝が崩れる。床に手をつきながら、ユリエルは激しく息を吐いた。
「ヴォルハウス…貴様…!」
「安心して。成功しているよ。」
その言葉に応じるように、ユリエルの体が震え始める。
――何かが違う。
今まで感じていた魔力とは根本から異なる。
これまでのエーテルは、あたかも霞のようにぼんやりと広がる膜だった。それこそが魔力なのだと信じていた。
だが、今流れ込んでいるのはまるで別物――沸騰するような熱量、脈打つ奔流、骨の髄まで浸透する確かな実感。
ユリエルは、手を震わせながら見つめる。
内側から力が溢れてくる。
「気分はどうかな?お姫様。」
ゆっくりと立ち上がりながら、ユリエルは小さく息を呑んだ。
「これは…すごいですわね。」
剣を抜く。
試しに、一閃。
――ドンッ!!!
机が、粉々に砕け散った。
「おいおい!オジさんのオキニの机!」
ヴォルハウスの情けない声が響くが、ユリエルの意識はすでに別のところにあった。
「これは…身体能力の強化ですの?」
しかし、違う。
言葉にするよりも、ユリエルの中で確信が生まれる。
「これは…この魔獣…いや、彼の魔力ではありません。
もっとずっと深いところに繋がっている、「魔法」…。」
ヴォルハウスの口元が吊り上がる。
「そう!」
彼は楽しげに髭を撫でながら語り出す。
「核から魔力を直接抽出することで、より多く、より純粋な魔力を得ることを目指した機械。
それが「エーテルゲート」だ! そして、その過程で予期せぬ副産物が生まれた。」
ヴォルハウスは高揚した声で続ける。
「魔種が脈々と受け継ぐ、彼ら固有の魔法…
この「エーテルゲート」を使えば、それすら習得できるんだよ!
ハーッハッハッハ! どうだ、すごかろう!?」
だが、その高笑いを遮るように。
――ドスッ!
ユリエルの手がヴォルハウスの襟首を掴み、壁へと叩きつけた。
「げふっ…!?」
ヴォルハウスの口から情けない呻きが漏れる。
ユリエルの瞳には、激しい怒りと動揺が渦巻いていた。
――流れ込んでくる。
彼の思念。
記憶。
無念の感情。
ユリエルは震える唇を噛みしめながら、ヴォルハウスを睨みつける。
「…なんてことをしてくれたの!」
彼の記憶から、ひとつの事実を知る。
「彼のエーテルを使い、繋がって、わかった。
彼が、なぜ魔獣化したのか。」
ユリエルの声が低く沈む。
「彼は…退役軍人ですわね。
エーテル漬けのまま軍を辞め、膨大な魔力を抱えたまま、魔王の魔力に晒され…」
ヴォルハウスは胡散臭い笑みを浮かべる。
「過度にエーテルを溜め込まなきゃ、大丈夫ですよぉ。」
その軽薄な言葉に、ユリエルの拳がさらに強く握り込まれる。
「あなた…
わかっていて…わかっていて、わたくしにも…《彼にも!》」
ヴォルハウスは肩をすくめる。
「ハッハッハ。
対策はありますとも。
魔力を使い切っちゃえばいいんですとも。」
ユリエルは眉をひそめる。
「…?」
ヴォルハウスはニヤリと笑い、外を指さす。
「適度に発散すればいいだけですよ。
ほら、都合よくこの辺りで賊が出るらしいでしょう?」




